セキュリティクリアランスとは 日本の法案も交えて解説

セキュリティクリアランスとは 日本の法案も交えて解説

経済安全保障上、重要な情報へのアクセスを国が信頼性を確認した人に限定するセキュリティクリアランス制度導入に向けた「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案(以下「法案」)」が2024年4月17日の参議院本会議で審議入りしました。本国会での成立が確実視されている同法案ですが、成立した場合は企業にとっても大きな影響があると考えらます。以下、セキュリティクリアランス制度の概要及び日本での影響について解説していきたいと思います。

セキュリティクリアランスとは わかりやすく

なお、セキュリティ・クリアランス制度導入は本法案が初ではなく、日本でも既に「防衛」「外交」「特定有害活動(いわゆるスパイ活動等)防止」「テロリズム防止」の4分野について、必要な情報を特定秘密と指定し、取扱者の適性評価の実施や漏えいした場合の罰則などを定めた「特定秘密保護法」が存在します。

今回の法案は、特定秘密保護法が対象とする4分野以外の経済や技術に関する情報、いわゆる経済安全保証に関する情報にまで秘密指定の対象を拡大するものになります。

諸外国におけるセキュリティクリアランス制度

特に米国では大統領令に基づき、国防・インテリジェンス分野以外でも経済・技術事項や重要インフラ等の国家安全保障に関連幅広い分野の情報を機密指定し、取扱者に対し適性評価を実施することが可能となっています。

また、米国の場合、機密情報を国の安全保障にもたらされる損害のレベルに応じて

「機密(Top Secret)」「極秘(Secret)」「秘(confidential)」の3区分で指定するようになっています。

米国以外では、英国は政府内のセキュリティ基準等により、「機密(Top Secret)」「極秘(Secret)」の2段階で区分し、英国経済への長期的な損害に関する情報も指定の対象としています。

またフランス、カナダ及びオーストラリア等も同様の制度を保持しています。
参考:諸外国における情報保全制度の比較(内閣官房資料)

セキュリティクリアランス制度導入の背景と必要性

セキュリティクリアランス制度導入の必要性に関し、政府見解は、安全保障の概念が防衛・外交分野に留まらず、経済・技術分野にも拡大したことを受け、国家安全保障の観点から経済安全保障分野においてもセキュリティ・クリアランス制度を導入し情報管理に万全を期すことが必要、としています(内閣官房資料)。

民間企業からは「資格がないため海外企業との商談や説明会に参加できないことがあった」と早急な対応を望む声が強まっていました。
今回の制度の拡充で官民の情報共有がよりスムーズになるほか、すでに関連制度が整っているほかの先進国との協力がしやすくなる効果が期待されており、こうした経済界からの後押しが本国会での法案提出の背景にあったと考えられます。

重要経済安保情報とは

重要経済安保情報とは、法案中では「重要経済基盤保護情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿する必要があるもの(特別防衛秘密及び特定秘密に該当する情報を除く。)」とされています(法案第3条4項)。

文言からは具体的なイメージがしづらいですが、重要経済基盤とは、簡単に言えば、基幹インフラや重要物資のサプライチェーン等が該当し、重要経済基盤保護情報とは、重要経済基盤の脆弱性情報や保護措置等に関する情報、あるいは革新的な技術に関する情報とされ、サイバー脅威・対策等に関する情報等も含まれます。

これらの情報の中で、特に経済安全保障上重要なものが「重要経済安保情報」として各行政機関の長等により指定されることになります。

適合事業者の要件及び適性評価の実施

事業者が行政機関から重要経済安保情報の提供を受けるためには、政令で規定される適合事業者の基準を満たした上で、行政機関と契約を締結する必要があります(法案第10条1項)。現段階では政令案は未公表ですが、特定秘密保護法にも同様の規定があり、管理者や取扱者の指定、取扱いを許可する場所の指定や物理手段含むアクセス制限等が求められるものと考えられます。 

※詳細は特定秘密の保護に関する法律施行令13条を参照

さらに、重要経済安保情報を取り扱う適合事業者の従業者は、あらかじめ各行政機関の長による適性評価を受けることが義務付けられています。ただし、特定秘密保護法とは異なり、適性評価を行うための調査は内閣府で一元的に実施され、評価のみ各行政機関が実施することになっています。

セキュリティクリアランスの適性評価項目

適性評価の項目は以下のように示されています。

① 重要経済基盤毀損活動(=外国の利益を図る目的で行われ、かつわが国や国民の安全を害するおそれのある政治的活動など)との関係に関する事項 ※評価対象者の家族および同居人の氏名・生年月日・国籍(過去に有していた国籍を含む)・住所を含む

② 犯罪および懲戒の経歴に関する事項
③ 情報の取り扱いに係る非違の経歴に関する事項
④ 薬物の濫用および影響に関する事項
⑤ 精神疾患に関する事項
⑥ 飲酒についての節度に関する事項
⑦ 信用状態その他の経済的な状況に関する事項
(法案11条2項)

今後の課題

1:ビジネス機会の拡大や国際共同研究開発の推進の可能性

前述の通り、本法案の成立により国外におけるビジネス機会拡大につながる可能性があります。一方で、日本のセキュリティ・クリアランス制度がそのまま国外でも評価され、ビジネス機会拡大に直結するかどうかは確実とは言えない点には注意が必要です。

例えば米国ではセキュリティ・クリアランスの取得を米国市民に限っており、日本のクリアランスが米国で直接通用するわけではありません。

政府を通さない企業間でのビジネスや共同研究開発等においても日本のセキュリティ・クリアランス制度が有効に評価されるためには、商業協定の締結等、日本政府による更なる外交的努力が必要となる可能性は否定できません。

2:事業者の負担増

最も大きな懸念は企業側の負担増です。
まず、適合事業者の指定を受けるためには、政府が指定する基準を満たす必要があり、設備投資を始めとした負担が生じる可能性があります。また、適性評価受験にあたっては、企業はまず従業員に対し、行政機関に提出する名簿掲載への同意を得る必要があります。

予め本人に対して、行政機関による調査内容など、同意の判断に必要な説明を実施するほか、同意の拒否や取下げを理由とする不当な取扱いを行わないことを担保するなど、人事上の処置を含めたコミュニケーションコスト増大も無視できない問題です。上記で述べた通り、ビジネス機会の拡大に結びつかなければ、かえって企業の競争力低下を招く可能性があります。

3:個人情報及びプライバシー保護への懸念

新たな制度における個人の信頼性確認にあたっては、幅広い項目にわたり個人情報等を調査することが想定されます。特に、内閣府で一元的に調査を行うことは、効率性の向上の観点で望ましいものですが、膨大かつ極めてセンシティブなプライバシー情報や個人情報が内閣府に集約されることになります。調査にあたり収集された個人情報等は厳格に管理され、目的以外利用や第三者への提供が行われていないか等を国民が確認できる制度的枠組みを設けることが必要と考えられます。

TOPへ