【基準日:2026年4月14日】 本記事は法務省・法制審議会の公式資料(「民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案」令和8年1月20日決定)、日本公証人連合会の公式案内、および第二東京弁護士会等の専門家解説に基づきます。本記事は情報提供を目的とするものであり、法律上の助言ではありません。具体的な遺言書作成については法律の専門家にご相談ください。
「スマートフォンで遺言書を作ってもよいのだろうか」「デジタル化されたといっても、なりすましが心配ではないか」——こうした疑問を持つ方が増えています。2025年10月に公正証書遺言のデジタル化が施行され、2026年4月3日には新たな遺言方式「保管証書遺言」を盛り込んだ民法改正案が閣議決定されました。
本稿では、デジタル遺言書の現状と制度設計、そしてセキュリティの観点から最も重要な「なりすまし対策(本人確認・真意確認・改ざん防止)」の具体的な仕組みを、法務省・法制審議会の一次資料に基づいて解説します。
目次
現行法における「デジタル遺言」の位置づけ:今すぐ使えない理由
まず押さえておきたい大前提があります。2026年4月14日時点では、パソコンやスマートフォンで私的に作成した電子データに遺言としての法的効力はありません。
現行の民法第968条は、自筆証書遺言について「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と規定しています。「自書」とは手書きを意味し、タイピングや音声入力、動画・メール・LINEのメッセージなどはいずれもこの要件を満たしません(法務省・法制審議会民法(遺言関係)部会資料)。
法的に有効な遺言書は、2026年4月時点で以下の3方式のみです。
| 遺言の方式 | 概要 | デジタル化の状況 |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言 | 遺言者が全文を手書き・日付・氏名を自書し押印。証人不要で費用がかからない | 手書き要件は現行法で維持。民法改正案では押印要件の廃止が予定される(自書要件は維持) |
| 公正証書遺言 | 公証人が遺言者の口述を文書化し、公証役場で原本を保管。証人2名が必要 | 2025年10月1日より手続きのデジタル化施行(ウェブ会議での作成・電子署名・原本の電子保管が可能に) |
| 秘密証書遺言 | 遺言者が作成・封印し、その存在のみを公証人が証明する方式 | 現時点でデジタル化の対象外 |
出典:法務省「法制審議会 民法(遺言関係)部会」資料、日本公証人連合会
民間企業が「デジタル遺言サービス」として提供しているアプリやクラウドサービスも存在しますが、現行法上これらは法的な遺言書としての効力を持ちません。終活ノートや意思表示のメモとして活用することは可能ですが、財産分与などに法的拘束力を持たせるためには法律に定められた方式による遺言書が別途必要です。
公正証書遺言のデジタル化(2025年10月1日施行)
何が変わったのか:4つのポイント
2023年6月に成立した「デジタル社会の実現に向けた関係法律の整備法」(公証人法等の改正)に基づき、2025年10月1日から公正証書の作成手続きがデジタル化されました(法務省「公正証書に係る一連の手続のデジタル化の概要」、日本公証人連合会)。
| 項目 | 従来 | 2025年10月以降 |
|---|---|---|
| 申請(嘱託)方法 | 原則として公証役場への出頭が必要 | 電子情報処理組織(オンライン)での申請が可能に。電子署名を付与して申請 |
| 公証人との面接(口授・意思確認) | 公証役場または出張による対面のみ | 公証人が相当と認める場合、ウェブ会議(Microsoft Teams)で遠隔面接が可能に |
| 原本の形式 | 紙の文書に公証人が署名・押印 | PDF形式の電子データとして作成・保管。公証人が官職証明書を埋め込んだ電子署名を付与(改ざんが検知可能) |
| 正本・謄本の交付 | 紙のみ | 電子データでの交付も選択可能(CD-R等での交付)。紙での交付も継続可能 |
出典:日本公証人連合会「2025年10月1日から公正証書の作成手続がデジタル化されます!」、第二東京弁護士会解説
ウェブ会議を利用できる条件
ウェブ会議(リモート方式)を利用できるのは無条件ではありません。以下の条件をすべて満たす必要があります(日本公証人連合会・法務省資料)。
- 遺言者または代理人からリモート方式利用の申出があること
- 複数の嘱託人がいる場合、他の嘱託人に異議がないこと
- 公証人が「相当」と認めること(本人確認・真意確認・判断能力の確認がウェブ会議でも適切に行えるかを総合判断)
- パソコンとタッチパネル対応ディスプレイまたはペンタブレットを準備できること(スマートフォン・タブレット不可)
- メールアドレスを所持していること
判断能力の確認が困難と公証人が判断した場合などはリモート方式が認められず、対面が求められます。ウェブ会議による面接ができないと判断された場合の公証人出張による対面作成は従来通り維持されています(第二東京弁護士会)。
「保管証書遺言」の新設:民法改正案の概要(法制審議会要綱案・2026年1月20日)
制度化に至る経緯
自筆証書遺言のデジタル化(PCやスマートフォンでの作成)については、2022年の規制改革実施計画(閣議決定)を起点に検討が始まりました。2024年4月16日、法務大臣の諮問機関である法制審議会に「民法(遺言関係)部会」が設置され(第1回会議)、2025年7月15日に中間試案(甲案・乙案・丙案)が取りまとめられてパブリックコメントが実施されました(法務省・法制審議会 民法(遺言関係)部会)。
2026年1月20日、同部会第17回会議において「民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案」が決定。2026年2月12日に法制審議会総会で承認・答申され、2026年4月3日に民法改正案が閣議決定されました。2026年4月時点で国会審議中です。
保管証書遺言とは何か
要綱案(法務省・令和8年1月20日決定)によれば、「保管証書遺言」は自筆証書・公正証書・秘密証書に次ぐ第4の遺言方式として民法第967条に追加される新制度です。
従来の自筆証書遺言における「手書き(自書)」要件が廃止され、電磁的記録(電子ファイル)での遺言作成が可能になります。ただし法的効力を生じさせるためには以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- ①署名または電子署名:遺言全文が記載・記録された証書に署名または電子署名(電子署名法第2条第1項に規定するもの)を付与すること。電磁的記録の場合は電子署名が要件とされる(法務省令で詳細を規定予定)
- ②法務局での口述:遺言書保管官(法務局)の前で遺言の全文を口述すること(ウェブ会議による遠隔口述も申出があり保管官が相当と認める場合は可)
- ③法務局への保管申請:法務局(遺言書保管官)に保管申請を行い、保管が開始されて初めて遺言書としての効力が生じる
作成できる媒体と形式
要綱案の注釈(注5)によれば、電磁的記録の場合はファイル形式・拡張子・データサイズ等を法務省令で規定する予定です。書面の場合は無封のものとし、余白のサイズ等の様式が規定される見込みです。現行の自筆証書遺言における「財産目録はパソコン作成可」のルールとは異なり、遺言全文を電子ファイルで作成することが可能になります。
なりすまし対策:法務省の要綱案が定める3層の本人確認・真意確認の仕組み
デジタル遺言書が直面する最大のセキュリティ課題は「なりすまし」「強迫・誘導による意思歪曲」「改ざん」の3点です。法務省の要綱案(令和8年1月20日)はこれらに対してどのような設計をしているのか、条文と注釈から読み解きます。
第1層:電子署名による作成者の真正性確保
保管証書遺言では、遺言全文の証書に「電子署名及び認証業務に関する法律(平成12年法律第102号)第2条第1項に規定する電子署名」を付与することが要件とされています(要綱案・注2)。
この電子署名の仕組みは次のとおりです。
- 遺言者が保有するマイナンバーカード等の電子証明書を用いて電子署名を付与する
- 電子署名は特定の秘密鍵(マイナンバーカードに格納)がなければ生成できないため、本人以外が署名することを技術的に困難にする
- 電子署名後にデータを改ざんすると、検証時に改ざんが検知される(改ざん防止機能)
なお、書面で作成する場合で遺言者が署名できない場合は、証書への氏名の記載を要件としつつ、遺言書保管官がその旨を遺言書保管ファイルに記録する代替措置が設けられています(要綱案・注2)。
第2層:法務局の遺言書保管官による本人確認(対面またはウェブ会議)
電子署名だけでは「マイナンバーカードを取得した本人が作成したか」は証明できるものの、その場で誰かに強制されていないか、判断能力があるかなどを確認することは困難です。そこで要綱案は、遺言書保管官(法務局職員)による直接の本人確認と口述を必須要件としています。
要綱案第1⑵エ(ウ)に定める本人確認手続きの要点は以下のとおりです。
- 遺言書保管官は申請人に対し、顔写真付き本人確認資料(マイナンバーカード・運転免許証等)の提示または提供を求める(注6では「個人番号カード等の顔写真付きの本人確認資料」と明示)
- 遺言者は保管官の前で遺言の全文を口述(読み上げ)することが必要(単に「はい」と答えるだけでは不十分)
- 申請人の申出があり、かつ保管官が相当と認める場合は、ウェブ会議(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識できる方法)での本人確認と口述も可能
第3層:ウェブ会議でのなりすまし防止——「他人の存在が疑われる場合の対応」
要綱案の注7は、ウェブ会議を通じた口述手続きにおけるなりすまし防止の運用として、以下の重要な規定を設けています。
「遺言書保管官において、遺言者の周囲に介助者・機器の操作補助者以外の他人がいないことを求め、遺言者の周囲に介助者・機器の操作補助者以外の他人が存在することなどがうかがわれる場合には、ウェブ会議の利用を中止し、遺言者に出頭させるものとする運用を想定している。」(要綱案・注7)
これはオンライン本人確認(eKYC)の分野で「スーパーバイズ問題」と呼ばれる脅威——本人の背後に第三者が控えていて発言を誘導するリスク——に対処するための措置です。保管官が映像上で不自然な言動・視線・第三者の存在を察知した場合は、ウェブ会議を打ち切り対面出頭を求めることで、強制・誘導による意思歪曲を防ぐ設計になっています。
なりすまし対策の3層構造:まとめ
| 対策の層 | 手段 | 対応する脅威 |
|---|---|---|
| 第1層(技術的対策) | 電子署名(マイナンバーカード等)による電磁的記録への署名 | 遺言書の改ざん・第三者による文書作成の防止 |
| 第2層(手続き的対策) | 法務局の遺言書保管官による顔写真付き本人確認資料の確認と遺言内容の口述 | なりすまし・遺言能力の欠如・形式不備の防止 |
| 第3層(運用的対策) | ウェブ会議中に第三者の存在が疑われる場合のウェブ会議中止・出頭要請 | 強迫・誘導による意思歪曲・バックグラウンドでの操作の防止 |
出典:法務省「民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案」(令和8年1月20日決定)注2・注6・注7
公正証書遺言のデジタル化における本人確認の実際
すでに施行されている公正証書遺言のデジタル化(2025年10月~)における本人確認の実際の手順は、日本公証人連合会の資料および第二東京弁護士会の解説によれば以下のとおりです。
- ウェブ会議(Microsoft Teams)に参加後、公証人が映像・音声の確認を行う
- マイナンバーカードや運転免許証などの顔写真付き本人確認書類をカメラ越しに提示し、公証人が確認。提示された画像はキャプチャされ記録として保存される
- 公証人が遺言書案文を画面共有しながら読み上げ、遺言者が自分の言葉で内容を確認・口授(口頭で伝える)する(単に「はい」と答えるだけでは無効のリスク)
- 案文確認後、公証人から電子サイン用メールが送付され、列席者全員が電子サインを実施
- 最後に公証人が電子サインと官職証明書を埋め込んだ電子署名を付与し、公正証書原本として完成
公証人が「なりすましの恐れがある」「意思確認が難しい」と判断した場合は、ウェブ会議方式は認められず、対面での作成が求められます(第二東京弁護士会・OWL行政書士事務所)。
制度上の限界と今後の課題
法務省の要綱案および各専門家の分析から、以下の課題が指摘されています。
高齢者・非デジタルネイティブ層へのアクセス障壁。マイナンバーカードの取得・カードリーダーの準備・パソコン操作(スマートフォン・タブレット不可)・メールアドレスの所持という複数のデジタル要件を満たす必要があり、ITに不慣れな高齢者がかえって利用しにくくなるリスクがあります。
ウェブ会議での遺言能力判断の難しさ。認知症初期など遺言能力に疑義がある場合、ウェブ会議越しで判断することは対面よりも困難です。公証人・保管官が「相当でない」と判断した場合はウェブ会議が使えないため、結局対面が必要になります。
施行後の運用整備。保管証書遺言の電磁的記録のファイル形式・データサイズ等の詳細は法務省令に委ねられており、民法改正成立後の省令整備を待つ必要があります。公正証書遺言のデジタル化でも、2025年10月の施行当初は対応可能な公証役場が限定されていた経緯があります。
「デジタル化≠民間のデジタル遺言サービスへのお墨付き」。市場に流通している民間のデジタル遺言アプリやクラウドサービスは、民法改正が成立・施行されても「保管証書遺言」の要件(電子署名+法務局口述+法務局保管)を満たさない限り法的効力を持ちません。
デジタル遺言制度化の全体タイムライン
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2020年7月 | 自筆証書遺言の法務局保管制度が施行(遺言書保管法) |
| 2022年 | 規制改革実施計画(閣議決定)にデジタル遺言制度の検討が明記される |
| 2023年6月 | 「デジタル社会の実現に向けた関係法律の整備法」(公証人法等の改正)成立。公正証書遺言のデジタル化が決定 |
| 2024年4月16日 | 法制審議会「民法(遺言関係)部会」第1回会議。自筆証書遺言のデジタル化に向けた検討が正式スタート |
| 2025年7月15日 | 「中間試案」取りまとめ(甲案・乙案・丙案)。パブリックコメント実施(〜同年9月27日) |
| 2025年10月1日 | 公正証書遺言のデジタル化施行。ウェブ会議での作成・電子署名・原本の電子保管が開始 |
| 2026年1月20日 | 法制審議会民法(遺言関係)部会第17回会議で「要綱案」取りまとめ(保管証書遺言の新設等) |
| 2026年2月12日 | 法制審議会総会で要綱案を承認・法務大臣に答申 |
| 2026年4月3日 | 民法改正案が閣議決定(国会審議中) |
| 施行時期(未定) | 民法改正成立後、保管証書遺言制度の詳細を定める省令等の整備を経て施行予定 |
出典:法務省「法制審議会 民法(遺言関係)部会」開催記録、おくりびとジャーナル(法制審議会資料・政府発表をもとに作成)
よくある質問(FAQ)
現在(2026年4月時点)、パソコンやスマートフォンで作成した遺言書は法的に有効ですか?
法的効力はありません。現行民法第968条は自筆証書遺言に「自書」を要件としており、電子データ・動画・メール等で作成した遺言書は無効です。2026年4月3日に民法改正案が閣議決定されましたが、国会審議・成立・施行を経るまでは現行法が適用されます。
公正証書遺言のデジタル化とは何ですか?いつから使えますか?
2025年10月1日に施行された制度で、これまで公証役場への出頭が必要だった公正証書遺言の作成手続きがデジタル化されました。ウェブ会議での遠隔作成、マイナンバーカードを用いた電子署名、原本の電子データ保管が可能になっています。ただしウェブ会議による作成は公証人が「相当」と認めた場合のみで、すべての公証役場で対応しているわけではありません。
「保管証書遺言」とは何ですか?
2026年1月20日に法制審議会民法(遺言関係)部会が取りまとめた「要綱案」で新設が提案された遺言の方式です。自筆証書・公正証書・秘密証書に次ぐ第4の方式として、電磁的記録(電子ファイル)での遺言作成を可能にするものです。電子署名の付与と法務局の遺言書保管官の前での口述(またはウェブ会議)を必須要件とし、法務局への保管申請で初めて効力が生じます。2026年4月3日に民法改正案として閣議決定されましたが、国会審議中です。
デジタル遺言書のなりすまし対策はどのような仕組みになっていますか?
法務省の要綱案(令和8年1月20日)によれば、「保管証書遺言」では①電子署名(マイナンバーカード等を使用)②法務局の遺言書保管官の前での口述(ウェブ会議も可能だが周囲に関係者以外がいないことを確認)③顔写真付き本人確認資料(マイナンバーカード等)の提示、という3層の対策が設けられています。ウェブ会議中に遺言者以外の人物の存在が疑われる場合は保管官がウェブ会議を中止し、出頭を求める運用が想定されています。
出典・参考資料
法務省・政府公式
- 法制審議会 民法(遺言関係)部会 – 法務省
- 「民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案」(令和8年1月20日決定)- 法務省
- 民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案【PDF】 – 法務省
- 遺言制度のデジタル化に関する調査研究報告書の公表について – 法務省








