2026年6月3日、米国(FBI)・英国(MI5)・カナダ(CSIS)・オーストラリア(ASIO)・ニュージーランド(NZSIS)の5か国からなるFive Eyes諜報同盟は、「Safeguarding Our Secrets(我々の秘密を守れ)」と題したFive Eyesとして史上初の合同公開ブリーフィングを発表しました。
中国の軍諜報機関がLinkedIn・Indeed・Upworkなどのオンライン求人プラットフォームを使い、政府関係者・軍人・セキュリティクリアランス保有者・研究者・ジャーナリスト・シンクタンク員を採用名目で勧誘し、機密情報を収集しようとしているという警告です。
今回の合同ブリーフィングは従来の個別国による警告とは性格が根本的に異なります。
5か国の諜報機関が同日に名義を連ねて公開した合同警告は今回が初めてであり、スパイウィットネスニュースが「前例のない諜報同盟の対中カウンターインテリジェンス姿勢の強化」と評するように、Five Eyes全体での対中警戒レベルの引き上げを意味します。
ブリーフィングが強調する重要な点は「標的は機密情報を持つ人だけではない」ということです。非機密の政府政策情報・軍の戦略・施設の情報も収集対象であり、直接のアクセス権を持たない例えばアカデミア・ジャーナリスト・コンサルタントでも十分に攻撃対象になりうるとされています。
本記事では工作の手口・標的・使用プラットフォーム・識別方法・法的リスク・日本への示唆を解説します。
サマリー
- 2026年6月3日、Five Eyes諜報同盟(FBI・MI5・CSIS・ASIO・NZSIS)が合同警告「Safeguarding Our Secrets」を史上初めて発表
- 中国の軍諜報機関(関連機関・代理人を含む)がLinkedIn・Indeed・Upwork等の求人プラットフォームで採用担当者・コンサルタントを装い工作を展開
- 標的:セキュリティクリアランス保有者・インド太平洋駐留の軍人・政府関係者(現職・元職)・防衛企業関係者・研究者・学者・ジャーナリスト・シンクタンク員
- 手口の核心:従来の「直接スカウト」から「求人広告→被勧誘者からの自発的応募」への転換。これにより工作の検知・帰属が困難に
- 5段階のエスカレーション:採用募集→履歴書のスクリーニング(機密アクセスの可能性でランク付け)→オンライン面接で政府コネクション・軍の部隊活動を聞き出す→試験レポート(戦略的な課題)→暗号化メッセージアプリへ移行→報酬は「1件数百〜数千ドル」
- 「非機密情報でも高価値」:個人の「見識と人的ネットワーク」が他の情報と組み合わさって「ジグソーパズルの重要なピース」になるとMI5のNPSAが警告
- Five Eyes各機関はすでにこの工作に関与した個人を特定・起訴しており、雇用喪失・セキュリティクリアランス失効・刑事訴追の実例がある
- 中国外交部:「いわゆる中国スパイ脅威の申し立ては完全に捏造であり、悪意ある中傷だ」と否定
目次
Five Eyes合同警告とは何か——史上初の5か国同時公表の意味
Five Eyes(ファイブ・アイズ)は1941年の「UKUSA協定」を起源とする米・英・加・豪・NZの5か国による世界最大の情報共有同盟です。各国の国内安全保障・防諜機関(FBI・MI5・CSIS・ASIO・NZSIS)が情報と分析を共有し、サイバー脅威・スパイ活動・テロリズムへの対応を協調しています。
これまでも各国は個別に中国の諜報活動への警告を発してきましたが、「Safeguarding Our Secrets」はFive Eyes全機関が一つの文書に連名で名義を掲げた初めての合同公開ブリーフィングです。防衛ジャーナリスト誌(UK Defence Journal)は「これはFive Eyes全体が同日に合同で名義を連ねた公開警告であり、これまでに発せられた何よりも大きな対中諜報活動への協調的な公開宣言となった」と評しています。
工作の手口——求人広告から暗号化メッセージへの5段階
MI5公式ページが案内するブリーフィングの内容および複数メディアの報道を総合すると、中国軍諜報機関の工作は以下の5段階で進行します。
第1段階:偽装企業による求人広告の大量掲載
中国軍諜報機関の工作員(または代理人)が、私的なコンサルティング会社・シンクタンク・人材紹介会社の従業員を装い、LinkedIn・Indeed・Upwork等のプラットフォームに外交政策アナリスト・防衛アナリスト等の職種の求人広告を「数千件規模」で掲載します。これらは中国国外に本社を置く架空の「フロントカンパニー」の求人として投稿されます。
第2段階:戦術の転換——直接接触から「応募者が自ら来る」構造へ
重要な変化として、ブリーフィングは「工作員がターゲットに直接コンタクトする従来の手法から、求人広告を見てターゲット自ら応募してくる構造への転換」を指摘しています。これにより「どうやってこの人物にコンタクトしたか」という証拠が残りにくく、工作の検知・帰属が格段に困難になります。
第3段階:履歴書のスクリーニングとオンライン面接
工作員は応募者の履歴書を「機密情報へのアクセスの可能性の高さ」に基づいてランク付けします。その後のオンライン面接で、候補者は政府コネクション(現役軍人であれば所属部隊・任務内容)について自然な形で聞き出されます。
第4段階:「試験レポート」の要求
選別を通過した候補者は「クライアントが特定のトピックについてリポートを求めている」と言われ、中国の戦略的関心事に関するトライアルレポートの執筆を依頼されます。この段階でも「機密情報の入手」と明示されることはなく、公開情報の範囲でも進行します。
第5段階:暗号化メッセージへの移行とエスカレーション
試験レポートへの報酬が支払われると、連絡手段がLinkedIn等から暗号化メッセージングアプリに移行します。その後、より機密性の高い情報が求められ、報酬も段階的に上昇します。報酬は「1件あたり数百〜数千ドル」で「非典型的な支払い方法」が使われます。
標的とされる人物は「機密情報保持していなくても対象になる」
Five Eyesブリーフィングが最も重要な警告として発しているのは、「機密情報を直接保有していない人物でも標的になりうる」という点です。
MI5傘下の国家防護セキュリティ機関(NPSA)は付随する「Applicant Beware(応募者への警告)」ガイダンスで「求められる情報は必ずしも『機密』でも諜報活動の明らかな標的でもない場合がある」と指摘し、「個人の見識(insights)と人的ネットワーク(contacts)は他の情報と組み合わさることで価値ある『ジグソーパズルのピース』になり得る」と警告しています。
高リスクとされる標的の範囲は以下のとおりです。
| カテゴリ | 具体的な対象 |
|---|---|
| 最高リスク | セキュリティクリアランス保有者・インド太平洋駐留の軍人 |
| 高リスク | 現職・元職の政府関係者・防衛企業関係者・情報機関関係者 |
| 中リスク | 外交政策アドバイザー・防衛政策アナリスト |
| 注意対象 | 大学研究者・学者・ジャーナリスト・シンクタンク員 |
ブリーフィングが明示するように、非機密の政府政策情報・軍の戦略・施設・能力に関する情報でも、「収集・組み合わさることで包括的な作戦上の全体像を形成できる」とされています。
特定のデータは最前線の軍人を危険にさらし、経済的繁栄を弱体化させ、民主的なプロセスへの干渉を可能にするとも警告されています。
具体的に名指しされたプラットフォーム
今回のブリーフィングで Five Eyesは以下のプラットフォームを実名で挙げました。
LinkedIn(プロフェッショナル向けSNS):中国諜報機関の主要な工作プラットフォームとして最も頻繁に言及される。2025年11月にもMI5が議会議員への警告を別途発出している。
Indeed(求人検索サイト):フロントカンパニーの架空求人掲載の主要チャネル。
Upwork(フリーランスプラットフォーム):コンサルティング・調査・レポート執筆という形式を装うのに適した構造を持つ。
これらのプラットフォームは求職者・企業の双方に広く普及していることから、工作への参入コストが低く規模の拡大が容易な環境を提供しています。
法的リスクと実際の摘発——「すでに起訴された事例がある」
Five Eyes機関はブリーフィングの中で「すでにこの工作活動を行った個人を特定しており、刑事訴追・雇用喪失・セキュリティクリアランス失効という結果に至っている」と明示しています。
各国の国内法(スパイ法・国家秘密法・外国代理人登録法等)に基づく起訴が実際に行われており、求人広告への応募が最終的には国家への利敵行為として刑事責任を問われる可能性があることを強調しています。日本においても不正競争防止法(営業秘密の漏洩)・自衛隊法(防衛秘密の漏洩)・特定秘密保護法が適用される可能性があります。
日本への示唆—Five Eyes非加盟でも標的になりうる
日本はFive Eyesの正式メンバーではありませんが、今回の警告は以下の点で日本にも直接的な関連があります。
インド太平洋における軍の存在:ブリーフィングは「インド太平洋に駐留する軍人」を最高リスクグループとして明示しており、同地域に展開する海上自衛隊・航空自衛隊の隊員も同様の接触工作の対象となりうる構図があります。
防衛・安全保障関連企業:日本では防衛装備移転三原則の改定(当サイト関連記事)を受けて防衛産業が活性化しており、その企業の技術者・営業担当者がLinkedIn等を通じたアプローチの標的になりうる可能性は高まっています。
Glasswing参加企業・Mythos利用機関:当サイトが報じたProject Glasswingへの参加企業(日立・トレンドマイクロ等)の社員も、先進的な防衛AI・脆弱性情報へのアクセスを持つという理由で標的とされうる属性を持っています。
公安調査庁の関連警告:当サイトの職業的活動家と影響工作記事でも取り上げた公安調査庁の「内外情勢の回顧と展望」は、中国によるシンクタンク・学術機関・沖縄関連活動家への接触工作を記録しており、今回のFive Eyes警告と整合します。
識別と対応—「怪しい求人」を見分けるサイン
NPSAの「Applicant Beware」ガイダンスおよびブリーフィングの内容から、工作的な求人接触のサインとして以下が挙げられます。
自分の専門背景に対して「不自然なほど的確に」絞り込まれた求人やスカウトメッセージが届く場合は注意が必要です。
正規の採用プロセスとは異なり、オンライン会話が急速に暗号化メッセージングアプリへの移行を求めてくる場合も警戒サインです。また「クライアントについては機密」「詳細は守秘義務がある」というあいまいな説明が続く場合、所属組織・業務内容・コネクションについて詳細な質問が繰り返される場合も注意が必要です。
FAQ
Q. 日本人はFive Eyesの警告の対象ですか? A. 今回のブリーフィングはFive Eyes加盟国の政府・軍・関係者を主対象としていますが、「インド太平洋」という地域設定、日本が急速に拡大している防衛産業・安全保障の文脈を考えると、日本人の防衛関係者・研究者・ジャーナリストも類似した工作の対象になりうることを示唆しています。
Q. 求人広告に応募しただけで罪になりますか? A. 応募・面接そのものが直ちに犯罪になるわけではありませんが、工作に加担して非公開・機密情報を提供した場合は各国の国家秘密・スパイ法が適用される可能性があります。ブリーフィングは「すでに起訴された事例がある」と明示しています。
Q. 怪しいアプローチを受けた場合、どこに相談すればよいですか? A. 日本の場合、公安調査庁・警察庁・防衛省のセキュリティ担当部署への相談が考えられます。自衛官や政府職員の場合は所属組織のセキュリティ担当者への報告が最初のステップです。企業の場合は所属会社のセキュリティ・コンプライアンス担当部門に相談してください。
Q. 中国政府はこの警告を否定していますか? A. はい。中国外交部は「いわゆる中国スパイ脅威の申し立ては完全に捏造であり、悪意ある中傷だ。Five Eyesこそが世界最大の諜報ネットワークであり、平和を愛する国々への真の脅威だ」と否定しています。
参考情報
- MI5公式「Five Eyes Joint Bulletin – Safeguarding Our Secrets」(2026年6月3日)
- Five Eyes合同ブリーフィングPDF「Safeguarding Our Secrets」
- NPSA「Applicant Beware」ガイダンス
- UK Defence Journal「Five Eyes warn of Chinese spies posing as job recruiters」(2026年6月4日)
- 当サイト関連記事:職業的活動家(プロ市民)と権威主義国家の影響工作——米英韓日4か国の公式記録が示す中国・北朝鮮による市民運動への浸透実態
- 当サイト関連記事:Project Glasswing第2フェーズ——AnthropicがMythos Previewを150組織・15か国以上に拡大
- 当サイト関連記事:サイバー攻撃・情報漏えい最新事例まとめ2026







