
2025年5月19日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、人工知能(AI)によって生成されたポルノ画像や「リベンジポルノ」などの非同意の性的画像のオンライン公開を禁止する「Take It Down Act(テイク・イット・ダウン法)」に署名し、同法が正式に成立しました。
トランプ大統領夫人のメラニア・トランプ氏が強力に推進したこの法律は、上院で全会一致、下院では409対2という圧倒的多数で可決された bipartisan(超党派)法案です。
目次
非同意ポルノの「連邦犯罪化」、AI生成物も対象に
同法の最大のポイントは、非同意で投稿された性的画像や動画を、実写・AI生成問わずに連邦犯罪として処罰する点にあります。
これにより、これまで州ごとに対応が異なっていた「ディープフェイクポルノ」や「リベンジポルノ」に対し、連邦レベルで初めて明確な枠組みが設定されました。
違反者には刑罰(懲役刑や罰金)が科されるほか、被害者への損害賠償(restoration)も義務付けられます。また、加害者が「画像を公開するぞ」と脅迫する行為も、犯罪として処罰の対象となります。
SNSやサイト運営者には「48時間以内の削除」義務
法案ではさらに、ウェブサイトやSNSなどのプラットフォームに対しても新たな義務が課されます。
被害者から通報があった場合、サイト側は48時間以内に当該コンテンツを削除しなければならず、同一コンテンツのコピー削除にも努めることが求められます。連邦取引委員会(FTC)がその執行を監督します。
これは、これまで多くのプラットフォームが「表現の自由」や「自社ポリシー」を理由に、被害者の申し立てに対して迅速な対応を取ってこなかった点への対抗策とされます。
背景にはAIディープフェイクによる女性被害の急増
今回の法案成立の背景には、近年急速に進化したAIによる画像生成技術が、著名人や一般女性の顔をポルノ画像に合成する「ディープフェイクポルノ」の急増という現実があります。
メラニア・トランプ氏は「若い女性や少女たちが、悪意のあるオンラインコンテンツによって深く傷ついている」と述べ、子どもたちのデジタル空間の安全を守る必要性を強調しました。
また、大統領自身も「これは非常に悪質な行為であり、今まで見たことのないほどの深刻な被害を生んでいる」と語り、法の重要性を訴えました。
一部からは「表現の自由」侵害との懸念も
一方で、デジタル権利保護団体や表現の自由を訴える一部の擁護団体からは、「定義が広すぎる」「正当なコンテンツまで削除される可能性がある」など、過剰規制への懸念の声も上がっています。
特に、合法的な性的表現やLGBTQ+に関するコンテンツが「誤って削除される」リスクや、政府による通信監視の拡大につながる可能性については、今後の運用次第で議論を呼ぶとみられています。
法案成立の意義─「被害者中心」のネット社会へ
本法案は、連邦レベルで初めて明確に「ディープフェイク」「リベンジポルノ」などの非同意ポルノを違法と定めた法律であり、テクノロジーの負の側面と戦う姿勢を明確に示した象徴的な立法と評価されています。
共同提案者である上院議員テッド・クルーズ(共和党・テキサス州)は、「この法律によって、被害者はようやく声を上げ、加害者は法の裁きを受けることになる。プラットフォーム企業も、これまでのように放置できなくなる」とコメントし、技術悪用への強い警告を発しました。
おわりに─今後の課題は「実効性」と「バランス」
Take It Down Actは、インターネット上の性的被害に対し国家が本格的に介入する最初の事例として、画期的なステップといえるでしょう。しかし今後は、実際の運用において誤検出や削除の乱用をどう防ぐか、プラットフォームがどこまで対応可能なのかといった、実効性と権利のバランスを問われるフェーズへと移行していきます。
ディープフェイク技術がさらに巧妙になる中で、法整備だけでなく、教育や啓発、技術的対抗策といった総合的なアプローチが必要です。AI時代における個人の尊厳とプライバシーをいかに守るか——その問いへのひとつの答えとして、この法律は大きな意義を持っています。
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