グリコのシステム障害のまとめ
2024年4月5日に江崎グリコは「当社基幹システムトラブルに関するお詫び」として、わずか5文のニュースリリースを当社HPに掲載しました。内容としては「切り替えを実施した当社の基幹システムにおいて、システム障害が発生しており、現在一部の受発注及び出荷業務に影響が出ております。」と記載されています。
今回の記事では2024年10月時点においてもまだ再開の見通しが立っていない江崎グリコのシステム障害について紹介していきます。
目次
SAP導入によるシステム障害の概要
江崎グリコは2019年12月、基幹システムについて独SAPのクラウド型ERP「SAP S/4HANA」を使って構築した新システムへ切り替えるプロジェクトを推進してきました。
同プロジェクトは、これまで生産・営業・会計など部門ごとで分かれていた古いシステムを統合型システムに置き換えるという大がかりなものであり、かつ、難易度が高いものでした。
2024年4月3日に江崎グリコが基幹システムの切り替えを実施した際に障害が発生し、一部の受発注、出荷業務に影響が出ました。同年4月5日のリリース自体は短いものでしたが、影響は拡大の一途をたどることになります。
同年4月14日には、乳製品やプリンなどの洋生菓子、果汁飲料、清涼飲料などの冷蔵品について全国の物流センターでの業務が一時的に停止となりました。
また、同年4月18日に一部業務を再開するものの、物流センターでの出荷に関するデータ不整合等が発生したほか、想定した受注に対して処理が間に合わないことから、出荷停止を判断しました。
具体的には、システム上の在庫数と実際の在庫の数が異なるなどの不整合、全国からの受注量は想定の範囲内であったもののシステムエラーが続いたために処理が間に合わないと言ったものでした。
「プッチンプリン」「カフェオーレ」が一時出荷停止に
出荷停止となった商品については、消費者の方にも馴染みが深い「プッチンプリン」「カフェオーレ」「アーモンド効果」をはじめとする大半のチルド食品などが再び出荷停止になりました。出荷停止となった商品一覧は下記の通りです。
- BifiX
- 朝食りんごヨーグルト
- ヨーグルト健康
- おいしいカスピ海
- プッチンプリン
- とろ~りクリームon
- カフェゼリー
- カフェオーレ
- スイーツ系飲料
- 幼児のみもの
- 100%果汁飲料シリーズ
- 野菜足りてますか?
- 機能性乳飲料・他
- グリコ牛乳
- アーモンド効果
- 高原特選牛乳
- グリコJA牛乳さが生まれ
同年4月24日、販売受託先のキリンビバレッジのチルド食品も一部出荷停止になるなど、システム障害の影響は他社にも拡大しました。
当初は5月中旬での出荷再開を目指してシステムの復旧作業を続けていましたが、5月1日のリリースにおいて、システム障害の特定は進んだもののその解消に時間を要するとのことで、商品の安定供給に向け万全を期すため、出荷停止期間の延長を決定しました。
同年6月25日に一部商品の出荷を再開するまでに、常温の商品や冷凍品についてはデータを修正しながら出荷を継続しましたが、冷蔵品は取引先から受注後に即時出荷するために対応不能となり、結局、合計79品目が出荷停止に追い込まれました。
「BifiX ヨーグルト」「カフェゼリー」冷蔵8商品が11月5日以降に出荷再開
11月5日から以下8商品が順次出荷されると発表されました。
・「カルシウムと鉄分の多い低脂肪ミルク 1000ml」
・「BifiX ヨーグルト すっきりアロエ 330g」
・「BifiX ヨーグルト 華やか白桃 330g」
・「BifiX ヨーグルト 手摘み苺 330g」
・「BifiX ヨーグルト 芳醇マンゴー 330g」
・「おいしいカスピ海 特選生乳100% 400g」
・「おいしいカスピ海 脂肪ゼロ 400g」
・「カフェゼリー 100g+10g」
グリコのSAP構築ベンダーはデロイトか
今回のプロジェクトの主幹ベンダーは「デロイトトーマツ コンサルティング」であるとダイヤモンド・オンラインで報じています。
システム障害による江崎グリコの決算への影響
江崎グリコは8月14日に2024年12月期第2四半期(24年1~6月)決算を発表しました。売上高は1540億2400万円(前年同期比0.6%増)、営業利益は88億6900万円(同9.7%増)、経常利益は96億2500万円(同5.6%減)でした。国内チルド食品以外の事業が好調であったため、売上高および営業利益は前年同期比水準を維持しましたが、システム障害の影響により、売上高ベースで150億円、営業利益ベースで36億円の押し下げ要因となりました。また、特別損失として56億円を計上し、純利益は同53%減と半減し36億円となりました。
システム障害は引き続き江崎グリコの決算に影響を与え、2024年12月期の売上高を従来予想の3,510億円から3,360億円(計画対比▲150億円)に下方修正しました。
基幹システム統合プロジェクトの背景
2019年12月に開始した基幹システム刷新プロジェクトは、2022年の40年ぶりの社長交代に向け江崎(悦朗)社長の肝いりのプロジェクトでした。江崎社長はデータ志向の企業に変革すべく、デジタル戦略を前面に打ち出しました。そのような戦略の中で、新しい基幹システムへの移行は欠かせないものでした。
新基幹システムの総投資額は340億円とも言われています。グリコは2014年に完全子会社であったグリコ乳業を吸収合併しました。会計などシステム統合している分野はあったものの、生産関係で異なるシステムを利用しており、システム統合の必要がありました。新システムでは、社内プロセスをシステム上でつなげ、属人性をなるべく排除することを目指しました。最終消費者となる顧客から、研究開発、調達に至るまで、データと業務を紐づけること、全社レベルでのデータの可視化を行い、課題の発見や経営判断のスピードを上げることを目指しました。
システムトラブルの原因
新基幹システム刷新プロジェクトの一次請けとなっていたのが大手コンサルティング会社でした。もともとこのプロジェクトはスムーズには進んでおらず、当初の計画から1年以上延長していました。このような背景から、十分なトラブル対策がとられないまま切り替えを行い、システムトラブルの火消しができないまま、被害が拡大したとも考えられています。
今回のプロジェクトは合併に伴い、部門ごとに切り分けていたシステムを、SAPのパッケージソフトを使って一つに統合するプロジェクトですが、極めて難易度が高く、段階的に新システムに移行する措置も取れたとも言われていますが、結局それがなされませんでした。
細かい原因は定かではありませんが、今回のシステムトラブルにおいて、江崎グリコは訴訟を視野に入れいていると考えられます。
CIO不足も原因か
また、江崎グリコにはプロジェクトを統率するCIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)的な位置づけの役員がいなかったことも、プロジェクトがうまくいかなかった原因の一つだった可能性もあると考えられています。
失敗するシステム開発プロジェクトの傾向
失敗するプロジェクトが発生する時はユーザー企業側とベンダー企業側のどちらかが一方的に問題の原因がある場合は少なく、双方に問題があると言えます。
ユーザー企業側の問題として挙げると、ユーザー側のIT部門が要件を取りまとめられず、体制を整えられないというケースが多い傾向にあります。また、基幹系システムの更新などの大規模なプロジェクトでは多くの部門が関係してくるため、プロジェクトマネージャーが各部門の協力を得ながらこのような作業を行うには膨大な労力を要しますが、それを実行できるだけの体制が取れない点などが挙げられます。
また、ユーザー側のプロジェクトリーダーは、報酬に対して役割の負担が大きく、心身を壊して休職などするケースも散見されます。
グリコで発生したシステム障害の時系列
今回の江崎グリコの新基幹システムの障害の経緯を時系列で並べてみました。
- 2019年12月:基幹システム刷新プロジェクト開始
- 2024年4月3日:基幹システムの切り替えを実施
- 2024年4月5日:基幹システムで障害発生
- 2024年4月14日:全国の物流センターでチルド食品の物流業務を一時停止
- 2024年4月18日:一部、物流業務を再開。しかしながら、問題が発生し再度停止
- 2024年4月19日:子会社の乳製品工場において、製造業務の大半が停止
- 2024年4月24日:販売受託先のキリンビバレッジのチルド食品も一部出荷停止
- 2024年5月1日:出荷停止期間を延長する旨を発表
- 2024年5月8日:決算発表において、システム障害の影響により売上高・純利益の下方修正を発表
- 2024年6月25日:一部商品(アーモンド効果)の出荷を再開
- 2024年7月3日:出荷停止していたチルド商品(販売受託先のキリンビバレッジ分も含む)を7月16日以降に出荷再開する旨を発表。
- 2024年8月6日:「カフェオーレ」一部商品の出荷を順次再開
- 2024年8月13日:「Bigプッチンプリン」の出荷を順次再開
- 2024年8月14日:6月中間連結決算を発表。純利益が前年同期比53.1%減の36億円に
- 2024年8月21日:「朝食りんごヨーグルト」など20品目を順次再開すると発表。10月下旬に71品目が戻る見通し
復旧費用や訴訟費用
復旧費用について
日経クロステックが江崎グリコの基幹システムの投資額などをまとめていますが、江崎グリコの2021年12月期の有価証券報告書によると、投資予定額は215億円、既支払額は118億円、完了時期は2022年12月とされていました。しかしながらプロジェクトは予定通りにいかず、翌2022年12月期の有価証券報告書では、投資予定額は218億円の微増な一方、既支払額は193億円と増加、完了時期は未定となりました。この時点で何らかの問題が発生したことが伺えます。
翌年2023年12月期の有価証券報告書では投資予定額は342億円と約130億円も増加し、既支払額も271.8億円と当初の予定額を超過しました。完了時期も2024年3月に延長されました。
明確に復旧費用について触れられている資料は見当たりませんが、引き続き被害が拡大するようであれば、更なる投資額の増加が見込まれます。
先にも触れた通り、江崎グリコは損害賠償も視野に入れているものと考えられます。今回のプロジェクトの大手コンサル会社は大規模なSAP案件に強いデロイトであるとダイヤモンド・オンラインで報じています。
システム作業に障害はつきものであり、また障害は複合的な要因で起きるケースが大半なため、デロイトにどこまで責任があるかは判断できないものの、プロジェクト全体を推進する立場にある主幹ベンダの場合は、一定の責任は免れない、と言われています。
損害賠償について
損害賠償については、ビジネスジャーナルの記事を参照にすると、システム更新の総投資額が当初予定の1.6倍の340億円で、その増加幅は100億円以上。加えてシステム障害による減益分が60億円となると、トータルの損失額は計200億円近くと試算。プロジェクトの遅延とシステム障害の責任がグリコとデロイトのどちらにあるのか、またどちらの責任割合が大きいのかは不明であるため、責任割合が争点となる可能性があります。
今回の事案において、できるだけ発注元企業もベンダも訴訟を避けようとしますが、外資系ベンダの場合は訴訟もいとわず非を認めない傾向があるため、江崎グリコとデロイトも裁判という流れになる可能性もあります。
過去の大規模システムの開発中止をめぐっての発注元企業とベンダが訴訟に発展したケースを参考にすると、野村ホールディングス(HD)と証券子会社・野村證券は10年、社内業務にパッケージソフトを導入するシステム開発業務を日本IBMに委託したものの、作業が大幅に遅延したことから野村は開発を中止すると判断し、13年にIBMに契約解除を伝達した事案があります。同年に野村がIBMを相手取り損害賠償を求めて提訴した一方、IBMも野村に未払い分の報酬が存在するとして約5億6000万円を請求する訴訟を起こし、控訴審判決で野村は約1億1000万円の支払いが命じられました。
上記事案など過去の事例を参考にすると、契約後に最初に行う「要件定義」がしっかりなされていないことなどが挙げられています。裁判では「要件定義」が重視され、この「要件定義」通りにシステムが設計されていなければ開発業者に帰責性があると判断されるようです。