
フィナンシャル・タイムズ紙によるとは、EUは公式出張で米国を訪問する職員に対し「バーナーフォン(使い捨て携帯電話)」および「ロックダウン済みのノートパソコン(バーナーラップトップ)」の提供を開始したと報じられました。
これは通常、中国やロシアなど、電子監視が常態化している国家を訪問する際の安全対策として知られてきたものであり、欧州連合がアメリカを事実上「監視国家」と同列に扱い始めたことを意味します。
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背景:悪化する米欧関係と拡大する警戒
今回の措置は、2025年4月に予定されている世界銀行および国際通貨基金(IMF)春季総会へのEU職員の渡米に先立って導入されたものです。複数の関係者によると、EUは米国滞在中のサイバー諜報リスクを正面から認識し、機密情報を保護するための厳格な指針を新たに導入したといいます。
EUのスポークスパーソンはこの件に関するコメントを出し、公式な通達はしていないとしながらも「国別の渡航情報の事実関係はアップデートされた」と認めました。これには「サイバーセキュリティ上の脅威の世界的な増加」が反映されているとされています。
一方で、EC内の匿名関係者はFTの取材に対し、「米国がECシステムへのアクセスを試みることへの懸念」が高まっていると述べており、バーナーデバイスの導入は単なる予防措置ではなく、“米国の実質的な敵対国扱い”への一歩であるとの指摘も出ています。
デジタルセキュリティの視点から見る懸念
欧州委員会が米国に対してまでバーナーデバイスを導入する理由は、単なる地政学的緊張にとどまらず、米国のサイバー諜報能力への警戒です。
米国家安全保障局(NSA)がかつてドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)の携帯電話を盗聴していた件が暴露された際、同盟国間でもスパイ活動が行われる現実が浮き彫りになりました。今回の対応はその延長線上にあるものと見ることができます。
国際政治学者ルーク・ファン・ミデルラー氏(ブリュッセル地政学研究所)はフィナンシャル・タイムズ紙の取材で「ワシントンは北京やモスクワではないが、国益を守るために超法規的な手段を辞さない国家である」と述べ、今回の対応は「現実を直視した欧州委員会の選択」としています。
渡航時の監視・検閲リスク:市民レベルにも影響か
この種の懸念は政府職員に限った話ではありません。最近では、米国の入国審査で携帯端末の検査が行われ、フランスの研究者が反トランプ的な投稿”を理由に入国拒否されたという事例も報じられています。これに対しフランスの高等教育・研究大臣は正式に抗議を表明しました。
こうした一連の動きは、米国内における表現や思想の自由に関する“越境的な監視”への疑念を高める結果となっています。また、LGBTQ+を含む一部の渡航者に対して入国制限が強化されているとされ、欧州諸国の外務省が相次いで米国への渡航勧告を見直す事態に発展しています。
注視すべき3つのポイント
国家間のサイバー監視は同盟の外にも存在する
これまで企業や政府機関は、主に中国・ロシアといった特定国のサイバー脅威を想定していました。しかし今回のEUの措置は、米国のような「友好国」においても高度な監視・諜報リスクがあることを示しています。
出張用端末や使い捨て端末の導入は対策の“現実解”
情報システム部門としては、海外出張時に使用する端末やネットワークへのアクセス制御をより厳格にする必要があります。VPNの使用、ゼロトラスト設計、さらには出張専用端末(バーナー)の導入が、今後ますますスタンダードとなっていくでしょう。
情報管理の“境界”は国境ではない
欧州委員会のような組織であっても、国際移動においてデジタルデータが“検問所”となる現実がある以上、業務データや機密情報は物理的な境界を超えて標的になり得るという視点が必要です。
終わりに:信頼と監視の狭間で
一部のアナリストは、今回の対応を「過剰反応」と見るかもしれません。しかし、サイバーセキュリティの視点からはむしろ、国家間の信頼関係がサイバー空間では成立しづらいことを示す象徴的な事例といえるでしょう。
企業や官公庁の情報システム担当者は、「どこの国に渡航するか」ではなく、「どのリスクをどう管理するか」を軸に対策を講じていく必要があります。サイバーセキュリティの境界線は、もはや“同盟国”と“敵対国”で引ける時代ではなくなっているのです。