AIの利活用が広がる中で、企業には「信頼されるAI」の運用が求められるようになっています。
AIによる判断の不透明性や差別的な出力、誤った意思決定など、AI特有のリスクは企業の評判や法的責任にも直結します。こうしたリスクを組織的に管理し、説明責任や透明性を担保する枠組みとして登場したのが「AIマネジメントシステム(AIMS)」です。本記事では、その国際規格であるISO/IEC 42001の概要と、2025年から日本国内でも始まったAIMS認証制度について詳しく解説します。
目次
AIマネジメントシステムとは
AIマネジメントシステム(AIMS:Artificial Intelligence Management System)とは、AIを活用・提供する組織において、そのリスクと責任を適切に管理し、信頼できるAIの運用を実現するための管理の仕組みです。
従来の情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)や品質マネジメントシステム(QMS)と同様に、国際規格であるISO/IEC 42001をベースとして、組織全体でPDCAサイクルを回しながらAIに関わるプロセスを継続的に改善していく枠組みを提供します。
AIの活用は、画像認識や自然言語処理、需要予測やレコメンドなど、さまざまな業務で急速に広がりつつあります。
一方で、AIの出力に対する説明責任の曖昧さ、不適切なデータに基づく判断、差別的なアルゴリズム、不透明な意思決定プロセスなど、多様なリスクが顕在化しています。これらは、企業の信頼失墜や法的責任、社会的批判につながりかねません。
そこで求められるのが、AIに関する設計・開発・導入・運用の各フェーズにおいて、責任の所在を明確にし、リスクを管理し、透明性や説明可能性を確保するための仕組みです。
AIMSは、こうしたAI特有のリスクに対して、組織的に備えるための「ガバナンスのフレームワーク」と言えます。
AIマネジメントシステムの対象
AIMSは、AIを開発している企業だけでなく、外部の生成AIツールを業務活用している企業にも有効です。
例えば、顧客対応で生成AIを使っている、社内業務の一部をAIで自動化している、AIを含むSaaS製品を提供している、などが挙げられます。
こうした企業にとって、AIの出力結果に対する説明責任や、プライバシー保護の観点から、AIMSの導入は大きな価値を持ちます。
また、AIMSは単なる内部統制の枠を超え、社外への信頼アピールやコンプライアンス強化の証明手段としても期待されています。特に生成AIの社会的インパクトが注目される中、社内外に対して「自社はAIを責任ある形で活用している」というメッセージを伝えることが、ブランド価値や取引継続の観点で重要性を増しています。
AIMSは、単にAIをどう使うかを管理するのではなく、誰が、何のために、どういった前提や責任のもとでAIを使うかを明確にする取り組みです。企業がAIの利便性と信頼性を両立させるための基盤として、今後さらに注目が集まる領域と言えるでしょう。
2025年7/8から国内でAIマネジメントシステム(AIMS)が認証開始
AIマネジメントシステム(AIMS)に関する認証制度が、いよいよ国内でも本格的に始動しました。
2025年7月8日、情報マネジメントシステム認定センター(ISMS-AC)がAIMSに関する認証機関の認定スキームを正式に開始したことで、国内企業も第三者認証を通じて、AI活用における信頼性・透明性・説明責任を対外的に示せるようになります。
https://isms.jp/topics/news/20250708.html
この認定開始の背景には、同年7月7日に発行されたISO/IEC 42006:2025の存在があります。ISO/IEC 42006は、AIマネジメントシステム(AIMS)の第三者認証を行う認証機関に対して、どのような基準で審査すべきかを定めた国際規格です。
たとえば、審査員の力量要件や、審査プロセスの透明性・一貫性の確保、リスクベースアプローチの取り扱いなどが規定されており、ISO/IEC 17021-1(マネジメントシステム認証全般の要求事項)とともに、AIMS認証の信頼性を裏付ける重要な要素です。
これにより、ISMS-ACがISO/IEC 42001に基づくAIMS認証を行う認証機関を国内で認定できる体制が整いました。つまり、日本国内の企業が国内認定の枠組みで正式なAIMS認証を取得する選択肢ができたことになります。
実は、ISO/IEC 42001自体は2023年12月に国際規格として発行されており、海外ではすでにいくつかの認証取得実績も報告されています。
例えば、欧州の一部AI開発企業や、米国のテック企業などが先行して認証を取得し、AIガバナンス強化の取り組みを打ち出してきました。また国内でもテック系スタートアップ企業である株式会社Godotが認証取得したことが、SGS社で発信されています
しかしながら、当時はまだ正式な認定制度が確立されておらず、実質的には暫定的な認証や独自審査の延長として扱われるケースも見受けられました。
英語での審査ということもあり、国内では言語の壁や海外から審査員を渡航させることによるコストから、見送られることも少なくなかった状況でした。
今回のISO/IEC 42006発行およびISMS-ACによる認定制度開始は、こうした状況を根本的に変える大きな転換点となります。制度的な裏付けが整ったことで、日本企業も安心して認証取得を検討できるようになりました。
国内で日本語による審査が可能となり、費用もこれまでに比べて抑えられるようになることから、今後、大手企業や公共性の高い業種を中心に、AIMS認証の取得が加速していくと見込まれています。
特に、すでにISMS(ISO/IEC 27001)やPマーク、QMS(ISO 9001)などのマネジメントシステム認証を取得している企業にとっては、
AIMSの導入・認証も比較的スムーズに進めやすい土壌があります。AIの利活用を本格化させたいと考える企業にとって、今回の国内認証開始はまさに追い風と言えるタイミングでしょう。
ISO42001の要求事項の特徴
AIマネジメントシステム(AIMS)に関する国際規格である ISO/IEC 42001:2023 は、従来の情報セキュリティや品質管理では十分に捉えきれなかった「AIの説明可能性・影響評価・透明性」といった要素を組織的に扱える国際規格です。
AIの開発・提供・活用におけるリスクを管理し、信頼性や説明可能性、公平性といった原則を組織的に担保するための管理体制を求めています。
本文
構成は他のマネジメントシステム規格と同様にHS(Harmonized Stracture)に準拠しており、以下の章で構成されています(第1章から第3章は要求事項ではないため割愛)。
- 第4章:組織の状況
- 第5章:リーダーシップ
- 第6章:計画(リスクおよび機会への対応)
- 第7章:支援(文書管理、力量、認識、コミュニケーションなど)
- 第8章:運用(AIシステムのライフサイクル管理を含む)
- 第9章:パフォーマンス評価
- 第10章:改善(是正処置、継続的改善)
この構造により、ISMS(ISO/IEC 27001)やQMS(ISO 9001)といった他のマネジメントシステムとの統合運用がしやすくなっています。
一方、AI特有の要求事項も含まれており、特に注意しておきたいのは第4章の役割の決定、第6章のAI システムの影響評価です。
第4章では、AIに関連する組織の役割を明確にすることが強調されています。たとえば、自社がAIを開発する立場(プロデューサー)なのか、外部から提供されたAIを活用する立場(顧客)なのかによって、適用すべき管理策やリスクの焦点も異なります。
ISO/IEC 42001では、以下のような役割分類を参考に、自社のAIシステムに対する立場を明確化することを求めています
- AI提供者
- AIプロデューサー
- AI顧客
- AIパートナー
- AI主体
- 関係当局
こうした役割分類は、ISO/IEC 22989 や NIST AI RMF にも準拠しており、組織の役割に応じてどのような管理策が必要かを判断する重要な手がかりとなります。
第6章では、AI活用に内在するリスクを評価し、それに基づいて組織として対応すべき管理策を選定することが求められますが、このリスクの評価で、AI特有の影響の質に言及しています。
具体的には、個人への影響(人への影響)と、社会への影響(社会的影響)を別々に評価するように明記されている点です。
例えば、教育領域において生成AIを活用して学習教材や問題集を自動生成する場合を考えてみましょう。
ある教育企業が、生成AIを活用して学習教材や問題集を自動生成するシステムを導入していたとします。AIが不正確な歴史的事実や、文化的・宗教的に不適切な内容を含む教材を生成してしまった場合、生徒への誤学習や価値観の刷り込みを引き起こす可能性(人への影響)があります。加えて、それが教育現場や保護者の間で問題視されると、教育機関としての信頼性や中立性が疑われる事態(社会的影響)に発展するリスクもあります。
第6章では、これらをそれぞれの軸で評価するよう求めているのです。
管理策(附属書A、B)
ISO/IEC 42001には附属書Aとして情報提供的な管理策リストが付されています。
附属書Aには、AIのリスク特性を踏まえた具体的な管理策が体系的に整理されています(A.1は要求事項ではないため割愛)。
- 2:AIに関連する方針
- 3:内部組織
- 4:AIシステムの資源
- 5:AIシステムの影響の評価
- 6:AIシステムの開発とライフサイクル
- 7:AIシステムのデータ
- 8:利害関係者のための情報提供
- 9:AIシステムの使用
- 10:第三者と顧客との関係
これらの項目の中に、具体的な要求事項として管理策が複数存在しており、その数は全部で51になります。
また、これらの管理策に実際に取り組む際には、附属書Bが参考になります。附属書Bは、附属書Aの管理策の実践として存在しています。管理策に書かれている内容を、具体的にどのようにして実践するのか、解説されているものです。
ISMSの要求事項であるISO/IEC27001の附属書Aの管理策と整合する形でその具体的な実践方法が書かれているISO/IEC27002がありますが、この関係性に非常に類似しています。ISO/IEC42001では、一つの規格にまとまった形になっているため、複数の規格を購入する必要がない点はありがたいですね。
参考情報(附属書C、D)
ISO/IEC42001には、附属書A、附属書Bのほかに、附属書C、附属書Dが存在しています。この2つは、AIMSを構築するなかで、リスクを扱うさいの参考情報として提供される位置づけの、補助資料と考えてよい内容になっています。
附属書Cは潜在的な目的とリスク源、附属書Dは複数領域でのAIマネジメントシステムの利用についてそれぞれ情報がまとまっています。附属書Cはリスクアセスメントの際に、附属書Dは他のマネジメントシステムと統合する際に、参考にできるものですが、通常AIMSを構築するにあたって頻繁に参照するものではありません。
ISO/IEC 42001は、構造的にISO/IEC 27001(ISMS)と非常に近いため、両者の親和性は高いといえます。すでにISMSを導入済みの企業であれば、文書構成や運用体制の一部を転用できるため、AIMSの構築コストは相対的に抑えやすくなります。
他者との差別化とガバナンス強化を狙う
ISMSは、クラウドサービス提供者や委託先などに対し、すでに取引要件として求められる場面が多くなっています。特に官公庁や大企業との取引では、認証の有無が信頼性や体制整備の証明として重視されています。
同様に、AIMSも、今後はAIをどう管理しているかという観点から、信頼獲得や競争優位の要素として注目されることが予想されます。現時点では制度として始まったばかりですが、生成AIの活用が急速に進む中で、説明責任・公平性・プライバシーへの対応など、AI特有のリスクに対する社会的な目線も厳しくなっています。
AIMSを取得している企業は、自社はAIの活用において適切なガバナンス体制を整えているというメッセージを、社内外に対して明確に発信できます。これは、サービス利用者、顧客、取引先、規制当局に対しての安心材料となり、信頼できるAI活用企業としての差別化につながります。
また、すでにISMSやQMSなどを導入している企業であれば、AIMSは共通の構造(HS)に基づいて構築されているため、既存体制に統合することで運用負荷を抑えることも可能です。
法的な義務ではなくとも、先んじて体制を整えていることが、将来の規制や市場要求に対する備えとなり、組織としての信頼性を高める投資になるのです。
まとめ
AIの社会実装が急速に進むなか、企業は利便性と同時に、説明責任や公平性、プライバシーといった新たな課題にも対応する必要があります。そうした時代の要請に応えるかたちで登場したのが、AIマネジメントシステム(AIMS)です。
AIMSは、AIの開発・提供・利用に関わる組織が、その影響やリスクを適切に評価・管理し、信頼できるAIの活用を実現するための国際的な枠組みです。その中核を成す規格が、2023年に発行された ISO/IEC 42001 であり、これを第三者認証として証明する制度が、2025年7月8日より ISMS-AC によって国内でも開始されました。
この認証制度は、2025年7月に発行された ISO/IEC 42006 を審査基準として用いています。これにより、審査の一貫性と信頼性が確保された認証制度が実現されます。今後、AI活用における体制整備が一層重要視されるなかで、AIMSの取得は差別化やガバナンス強化の面で企業にとって有力な選択肢となります。
単なる形式的な認証ではなく、組織のAI活用方針やリスク評価力を明確にし、対外的な信頼を高める証としてのAIMS。すでにISMSやQMSなどのマネジメントシステムを運用している企業であれば、AIMSの導入も比較的スムーズに進められるでしょう。
AIとともにビジネスを前進させたい企業にとって、いまこそAIMSの取得を検討する絶好のタイミングです。信頼されるAI活用に向けて、第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。








