警察庁有識者検討会、トクリュウ端末の「遠隔解析」導入を提言へ 裁判官の許可状・事後通知・公安委員会監督を想定

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警察庁有識者検討会、トクリュウ端末の「遠隔解析」導入を提言へ 裁判官の許可状・事後通知・公安委員会監督を想定

警察庁の「匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置に関する有識者検討会」は2026年9月2日、第3回会合を開き、匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)が使用するスマートフォンなどへ遠隔でアクセスし、通信内容等を確認・取得する「遠隔解析」の導入を盛り込んだ提言骨子案を公表しました。

警察庁が想定する遠隔解析は、特殊詐欺や強盗など重大犯罪の被害が切迫している場合に、犯人同士の連絡や犯人から被害者への連絡に使われた端末を対象とし、次の標的、犯行日時、実行役の人数、凶器、振込先など、被害防止に必要な情報を取得する仕組みです。

一方、スマートフォン内の通信内容は通信の秘密やプライバシーに関わります。このため提言骨子案では、重大犯罪発生の高度な蓋然性、緊急性、他の手段では速やかに情報を得られない「補充性」などの厳格な要件を設け、全件について裁判官による事前審査と許可状を必要とする制度を提案しています。

遠隔解析を実施できる警察官も、警察庁長官が指名した専門的な知識・能力を持つ者に限定する方針です。許可状で取得が認められていない情報は消去し、原則として対象端末の使用者へ事後通知するほか、公安委員会が全件を事後確認する仕組みも盛り込まれています。

現時点ではあくまで有識者検討会の提言骨子案であり、警察がすでに一般的に遠隔解析を実施できるようになったわけではありません。産経新聞は、警察庁が今後の提言を基に必要な法改正を行う方針だと報じています。

トクリュウ「遠隔解析」提言のサマリー

  • 警察庁の有識者検討会は2026年9月2日、「遠隔解析」の導入を盛り込んだ提言骨子案を公表しました。
  • 対象は匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)等による重大犯罪の被害防止です。
  • 遠隔解析では、犯人同士の連絡や犯人から被害者への連絡に使われたスマートフォン等を遠隔で解析することを想定しています。
  • 取得対象には、被害者の氏名・住所、自宅写真、犯行日時、実行役の人数、凶器、役割分担、振込先などが想定されています。
  • 特殊詐欺では架電先リスト、欺罔方法、振込先など、強盗では役割分担、集合場所、標的住所などの取得例が示されています。
  • 制度目的は犯罪捜査や処罰ではなく、「切迫する重大犯罪の被害防止」と整理されています。
  • 警察庁は、警察官職務執行法に行政調査権限として規定する案を示しています。
  • 重大犯罪発生の高度な蓋然性、緊急性、補充性、対象端末の限定などを要件とする方向です。
  • 全件について裁判官による事前の司法審査と許可状取得を求める案です。
  • 許可状では対象端末と取得する電磁的記録の範囲を特定することが想定されています。
  • 遠隔解析担当者は警察庁長官が指名した専門警察官に限定する案です。
  • 許可範囲外の情報を取り扱った場合は、すべて消去し、他の警察官へ提供しない仕組みを求めています。
  • 原則として対象端末の使用者へ事後通知する案も盛り込まれています。
  • 遠隔解析は全件を公安委員会へ報告し、事後確認・監督を受ける仕組みが提案されています。
  • 2026年上半期の特殊詐欺被害額は約1,816億円で、前年同期を上回っています。
  • 現時点では提言骨子案であり、遠隔解析の法的権限はまだ成立していません。
項目 内容
公表日 2026年9月2日
検討主体 警察庁「匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置に関する有識者検討会」
新手法 遠隔解析
主目的 切迫する重大犯罪の被害防止
想定対象 犯人同士、犯人と被害者の連絡に用いられたスマートフォン等
取得情報 被害切迫者、犯行日時、手口、役割分担、凶器、振込先等
法的位置付け案 行政調査権限
法律への規定案 警察官職務執行法
主な要件 高度な蓋然性、緊急性、補充性、対象端末の限定
司法審査 全件で裁判官の許可状を取得する案
実施者 警察庁長官が指名した専門警察官に限定する案
範囲外情報 消去し、他の警察官へ提供しない
使用者への通知 原則として事後通知
事後監督 公安委員会が全件確認する案
現在の段階 有識者検討会の提言骨子案、未法制化

「遠隔解析」とは何か

警察庁の資料では、遠隔解析を「犯罪者グループの端末から、犯罪に悪用される通信アプリの通信内容等を迅速に把握し、被害防止に活用する手法」と整理しています。

現行制度では、通信内容等を把握する方法として、通信事業者が保管・管理する情報の提供を受ける、通信経路上の通信を傍受する、スマートフォン等を物理的に押収して解析するといった手段があります。

しかし、トクリュウが利用する通信アプリではエンド・トゥー・エンド暗号化が使われることがあり、通信事業者のサーバーや通信経路上では内容が暗号化されたままになります。

警察庁は、こうした環境では通信事業者の協力が得られても通信内容の解明が困難で、物理的にスマートフォンを押収するまでにも長期間を要することがあると説明しています。

そこで、犯人が使用する端末自体へ遠隔でアクセスし、端末内で復号された通信内容や保存データから被害防止に必要な情報を取得する仕組みが検討されています。

ただし、警察庁の公開資料は制度設計を説明したものであり、端末への具体的なアクセス手法や技術的な実装方法は公表していません。

なぜトクリュウ対策で端末内の通信が焦点になるのか

警察庁によると、匿名・流動型犯罪グループは、実行犯の募集や犯行指示を秘匿性の高い通信アプリで非対面・匿名に行うことが一般的です。

実行犯を検挙しても、上位の指示役や次の犯行標的を迅速に特定できず、新たな実行犯が補充されて犯行が続くことがあります。

警察庁資料では、特殊詐欺の拠点から連絡用スマートフォン84台が押収された事例や、投資詐欺の実行犯リクルーター1人が12台のスマートフォンを所持していた事例も紹介されています。

押収端末には、標的となる人物について、氏名、住所、電話番号、生年月日、家族構成、所得、保有銀行口座、使用端末、過去のやり取りなどを記載した「闇名簿」が保存されていたケースもあり、こうした情報が通信アプリ経由で犯人間に共有されているとしています。

つまり、警察が狙っているのは通信アプリそのものの規制ではなく、犯罪が始まる前に「誰が次の被害者なのか」「いつ、どのような手口で犯行が行われるのか」を端末から把握し、被害を止めることです。

特殊詐欺被害は2026年上半期だけで約1,816億円

警察庁の第3回検討会資料によると、特殊詐欺の被害額は2025年に約3,257億円となり、過去最悪を更新しました。

2026年上半期はさらに前年同期を上回り、約1,816億円に達しています。警察庁は、これは1日当たり約10億円の被害が発生している計算になるとしています。

個別事案では、9回にわたり総額約12億円をだまし取られたケースも確認されています。

また、2024年には南関東1都3県で「闇バイト」の実行犯による18件の強盗事件が連続発生し、1件で被害者が死亡、12件で負傷者が出ました。

2026年5月には栃木県内で高校生等を実行役とする強盗殺人事件が発生し、現場指示役と上位指示役が秘匿性の高い通信アプリを使用していたことも確認されています。

「捜査」ではなく「被害防止」の行政調査として設計

今回の制度案で特徴的なのは、遠隔解析を刑事訴訟法上の捜査手法ではなく、犯罪予防・被害防止を目的とする行政調査として位置付けようとしている点です。

提言骨子案では、刑事手続は基本的に既に発生した犯罪の訴追・処罰を目的とするため、犯罪がまだ予備・未遂にも至っていない段階では十分に対応できない場合があるとしています。

そのため警察庁は、遠隔解析を犯罪の予防を含む警察官の職務遂行手段として、警察官職務執行法に規定することを検討しています。

一方、遠隔解析によって適正に取得した情報については、刑事訴訟法等に基づく必要な手続きを経た上で、後の刑事手続で利用することも許容され得るとの整理を示しています。

対象は「犯人の端末」に限定

遠隔解析は、任意のスマートフォンを広く調査できる仕組みとして提案されているわけではありません。

提言骨子案では、対象端末を、指示役から実行犯への指示など犯人同士の連絡、または犯人から被害者への連絡に使用された端末であると合理的に認められるものに限定するとしています。

対象端末は、電話番号、IPアドレスなど何らかの方法で特定することも求めています。

取得する情報についても、端末全体を無制限に収集するのではなく、許可状で範囲を特定する想定です。

特殊詐欺では架電先、強盗では標的住所や凶器などを取得

警察庁が示した制度・運用イメージでは、特殊詐欺の場合は架電先リスト、欺罔方法、振込先など、強盗では実行犯の役割分担、集合場所、標的の住所などを取得情報の例として示しています。

提言骨子案ではさらに、被害が切迫する人物を特定する氏名や住所、自宅写真、犯行日時、襲撃に加わる人数、準備している凶器なども想定しています。

取得した情報を都道府県警などへ提供し、被害者への注意喚起、パトロール強化、現場警戒といった被害防止措置へつなげる仕組みです。

高度な蓋然性・緊急性・補充性を要件に

スマートフォンには犯罪と無関係な私生活の情報も大量に保存されています。

このため、提言骨子案では、重大犯罪による被害の発生・拡大に高度な蓋然性があること、被害発生が差し迫っていること、他の方法では速やかに必要情報を取得できないこと、対象端末と取得情報を特定することなどを要件とする方針です。

特に「他の方法では速やかに情報を取得できない」という補充性は、遠隔解析を通常の調査手段として常用しないための歯止めとなります。

全件で裁判官の許可状を取得する案

遠隔解析では、端末利用者へ事前に知らせずに端末内の情報へアクセスします。

このため有識者検討会は、憲法31条の適正手続と、捜索・押収について令状主義を定める憲法35条との関係を重要な論点としています。

提言骨子案では、遠隔解析を実施する全件について裁判官による事前審査を受け、許可状を取得する仕組みを求めています。

許可状の審査では、遠隔解析の必要性、対象端末の特定、取得する情報の特定などを確認する想定です。

警察庁資料では、スマートフォン等を物理的に差し押さえるのと同程度の強制処分に当たると考えられるため、行政調査として制度化する場合でも司法審査が必要との整理を示しています。

遠隔解析できる警察官も限定

制度案では、遠隔解析の依頼を受けて技術的な作業を行う担当者と、現場で被害防止に当たる警察官を分離します。

実際に遠隔解析を行えるのは、必要な知識・能力を有すると認められ、警察庁長官が指名した警察官に限定する案です。

また、犯人側が技術的な対抗措置を講じるのを防ぐため、具体的な遠隔解析技術の詳細については徹底した情報保全が必要だとしています。

許可範囲外の情報は消去

遠隔解析では、必要なデータを探す過程で、技術上やむを得ず許可対象外の情報を一時的に扱う可能性があります。

提言骨子案は、裁判官から取得を認められていない情報に該当すると判断された場合、そのすべてを消去するよう求めています。

さらに、その情報を遠隔解析担当者以外の警察官へ提供しないことも制度的に担保する方針です。

対象端末の使用者には原則として事後通知

遠隔解析は、対象者へ知られない状態で行うことが前提です。

そのため提言骨子案では、万が一違法な処分が行われた場合に対象者が救済を求められるよう、原則として端末使用者へ遠隔解析を実施したことを事後通知する仕組みを求めています。

ただし、通知によって犯罪グループが対策を講じる可能性がある場合や、対象端末の使用者を特定できない場合は例外とします。

犯罪被害防止への支障がなくなった後、使用者が明らかになっていれば速やかに通知する方針です。

公安委員会が全件を事後確認

遠隔解析には、警察による不当な監視や権限濫用への懸念も伴います。

提言骨子案では、遠隔解析を実施した警察官が全件を公安委員会へ報告し、公安委員会が事後確認を行う制度を求めています。

必要があれば、公安委員会が警察庁長官等へ是正のための具体的な指示を出せる仕組みも想定されています。

遠隔解析で別犯罪を見つけても無制限に利用できない

有識者の意見資料では、遠隔解析中に、許可状の対象となった犯罪とは別の犯罪を示すデータを見つけた場合の考え方も議論されています。

日本の刑事訴訟法には、米国の「プレイン・ビュー法理」に相当する、発見した別犯罪の証拠をその場で無令状差押えできる一般規定はありません。

このため、遠隔解析中に別犯罪を示す情報を発見しただけで、その情報を無制限に取得・保管するのではなく、別途の法的根拠が必要になるとの考えが示されています。

現行のトクリュウ対策は「実行犯」「犯罪インフラ」「通信」の3方向へ

警察庁は遠隔解析だけでトクリュウを抑え込もうとしているわけではありません。

第3回検討会資料では、広域的な捜査連携、2025年1月に導入した仮装身分捜査、匿名・流動型犯罪グループ情報分析室、匿流ターゲット取締りチーム(T3)、国際捜査、金融機関との連携、架空名義口座対策、不正取得された携帯電話への役務提供拒否、データ通信専用SIM契約時の本人確認義務化などを挙げています。

セキュリティ対策Labでも、データSIMが犯罪インフラとして利用される問題と、本人確認義務化・多回線契約対策について解説しています。

データSIMの本人確認 義務化・多回線契約に上限設定-改正携帯電話不正利用防止法が今国会で成立

遠隔解析は、端末や回線を入手しにくくする対策とは別に、すでに動いている犯罪グループの通信から被害者を先回りして特定するための対策として位置付けられています。

警察白書でもトクリュウと秘匿通信を重点課題に

セキュリティ対策Labでは、2026年版の警察白書についても全章を横断して整理しています。

警察庁「令和8年警察白書」を全章横断 サイバー犯罪検挙1万5,108件で過去最多、ランサムウェアの被害226件

同白書では、SNS等で犯罪実行者を募集し、中核人物が匿名性の高い通信手段を利用して指示するトクリュウの構造を重点テーマとして扱っています。

2025年には仮装身分捜査が13件実施され、強盗予備や詐欺未遂の検挙に加え、複数の犯罪被害を抑止したことも公表されています。

トクリュウ「ナチュラル」でも特殊な通信アプリが使われた

セキュリティ対策Labでは、トクリュウのスカウトグループ「ナチュラル」を巡り、警視庁元警部補が捜査情報を漏えいした事件も継続して報じています。

警視庁元警部補がトクリュウ「ナチュラル」へ捜査情報漏洩-初公判で起訴内容認める

同事件では、捜査用カメラで撮影した画像や撮影場所などの捜査情報が、ナチュラル内部で使用されていた特殊なアプリを通じて送信されたと検察側が指摘しています。

この事件は今回の遠隔解析制度案とは別の事案ですが、トクリュウが独自・秘匿性の高い通信手段を組織内部で利用している実態を示す一例です。

「端末を遠隔ハッキングできる制度」と単純化しない

今回の遠隔解析は、技術的には対象端末へ遠隔でアクセスし、情報を確認・取得する仕組みを想定しています。

しかし、制度案を「警察が容疑者のスマホを自由にハッキングできる制度」と表現するのは正確ではありません。

提言骨子案では、対象犯罪、被害発生の高度な蓋然性、緊急性、補充性、対象端末、取得情報、裁判官の事前許可、実施警察官の限定、不要情報の消去、使用者への事後通知、公安委員会の事後監督といった複数の制限を組み合わせています。

一方、個人のスマートフォンへ本人に知らせずアクセスする強い権限であることに変わりはありません。

今後の法制化では、対象犯罪の範囲、許可状の要件、技術的措置の範囲、取得データの保存期間、通知の例外、公安委員会による監督の実効性などが重要な論点になります。

情報セキュリティ・リスク管理部門への示唆

今回の警察庁の議論は、企業の情報システム部門が直接実施するセキュリティ対策ではありません。

一方、犯罪者側が使う通信基盤の変化という点では、企業の不正対策やインシデント対応にも共通する論点があります。

エンド・トゥー・エンド暗号化が普及すると、通信経路やクラウド事業者側のログだけでは通信内容を把握できない場合があります。

企業でも、内部不正やアカウント侵害の調査を行う際、エンドポイント上のログ、MDM・EDRのテレメトリ、認証ログ、SaaS監査ログ、メール・チャットの保持ポリシー、モバイル端末のフォレンジック可否を平時から把握しておくことが重要です。

ただし、企業が従業員端末を監視・解析する場合と、今回の警察庁の遠隔解析制度案では法的根拠も目的も異なります。今回の制度案を企業による端末監視の根拠として扱うことはできません。

トクリュウ対策という観点では、企業が被害者になるケースにも注意が必要です。

法人代表者や経理担当者の氏名、連絡先、取引情報、不動産情報などが「闇名簿」に集約され、特殊詐欺や強盗の標的選定に使われる可能性があります。

公開情報を必要以上に掲載しないこと、役職員の個人情報を適切に管理すること、銀行・警察を騙る電話への確認手順を定めることなど、組織側の対策も引き続き必要です。

今回の提言骨子案が最終提言でどのように整理され、警察庁がどの法律をどの範囲まで改正するのかが次の確認ポイントになります。

出典