東大総長選、なぜ意向投票2位の藤垣 裕子氏を選出したのか-議事録から問う「多様性」と選考の透明性

コラム・インタビュー

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東大総長選、なぜ意向投票2位の藤垣 裕子氏を選出したのか-議事録から問う「多様性」と選考の透明性

東京大学は2026年9月28日、次期総長予定者に藤垣裕子氏を選出したと発表しました。就任予定は2027年4月1日で、任期は6年間です。同日の学内意向投票では染谷隆夫氏が首位でしたが、最終判断を担う総長選考・監察会議は異なる結論を出しました。[1][2]

公開議事録と会議資料からは、委員会の裁量を広げる制度変更と、多様性の観点から候補者を追加できる手順が読み取れます。その一方で、学内の支持と研究実績をどう比較し、何を決め手に首位候補と異なる結論に至ったのか、公表説明には肝心の比較根拠が不足しています。

染谷氏1,107票、藤垣氏553票――学内の支持と異なる結論

意向投票の対象となった第2次候補者は5人です。投票は2回行われ、2回目は上位3人に絞られました。[2]

候補者 第1回意向投票 第2回意向投票
染谷隆夫氏 818票 1,107票
藤垣裕子氏 400票 553票
山本隆司氏 377票 451票
大越慎一氏 363票 対象外
菅野暁氏 152票 対象外
白票 45票 58票
合計 2,155票 2,169票

出典:東京大学「次期総長予定者 選考結果、選考理由及び選考過程」。第2回の染谷氏の得票率は、白票を含む投票総数に対して約51.0%です。[2]

なぜ1位ではなく2位が選ばれたのか

制度上の理由は明確です。東京大学総長選考・監察会議内規第16条は、候補者資料、推薦書、面接などの調査、所信表明、意向投票を総合して総長予定者を決める仕組みを定めています。得票1位を必ず選ぶという規定にはなっていません。[3]

東大新聞オンラインによる9月29日の会見報道でも、国谷議長は意向投票を複数ある選考資料の一つと位置付け、選考過程と理由の説明を通じて理解を得る方針を示しています。[24]

4月22日の第2回会議議事録では、今回の選考に向けた制度変更が説明されています。意向投票の回数を従来の最大4回から最大2回に減らし、候補者面接を30分から40分に延長しました。所信表明動画や共通質問への回答も判断材料に加え、選考・監察会議が主体的に選ぶ仕組みを整えています。[16]

同じ議事録は、意向投票を、総長が学内構成員と信頼関係を築き、リーダーシップを発揮できるかを考慮するための材料と位置付けています。投票順位に拘束されない裁量と、構成員の支持を考慮する責務は、同じ制度の中にあります。[16]

国谷裕子議長が9月29日に公表した説明は、理事・副学長としての経験、科学技術と社会をつなぐ発信力、学術への信頼回復、文理をまたぐ協働や国際的な経験を評価したというものです。議長は、首位候補を選ばなかったことに言及したうえで、次のように述べています。[4]

学内構成員の方々にも理解を得られる結果だと思っております。

――国谷裕子議長「次期総長予定者の決定について」、2026年9月29日

同会見について東大新聞オンラインは、国谷議長が、候補者ごとの長所・短所を検討し、無記名投票による意思確認を重ねて結論に至ったと説明したことも報じています。一方、議長は「各候補者に対する具体的な議論などはお話できません」と述べています。[24]

比較を行ったという説明はありますが、染谷氏との間で決定的だった評価の差は示されていません。どの実績がどの評価項目に対応し、学内支持の差を上回る判断につながったのか。書面と会見の説明を合わせても、その比較根拠を外部から十分に検証できない状態です。

染谷氏と藤垣氏の研究実績・大学運営経験を比較

研究大学のトップを選ぶ以上、学者としての実績は検証対象です。東京大学自身も、教育・研究の実績を選考の参考項目に含めています。[5]

両氏の代表的な研究実績と大学運営経験を整理すると、次のようになります。

比較項目 染谷隆夫氏 藤垣裕子氏
主な研究領域 有機・伸縮性エレクトロニクス、電子皮膚など 科学技術社会論、科学計量学、科学技術政策
研究成果・著作の例 電子皮膚や柔軟な電子デバイスに関する研究。Nature、Scienceなどへの共著論文 『科学技術社会論の挑戦1 科学技術社会論とは何か』の責任編集・分担執筆。科学と社会の関係を扱う研究
外部評価・学術活動の例 日本学術振興会賞(2009年)、江崎玲於奈賞(2019年)、藤原賞(2024年)。Highly Cited Researchers 2025に選出 科学技術社会論学会の第5代会長に2013年に選出。学術コミュニティーの運営経験
大学運営の経験 工学系研究科長・工学部長、執行役・副学長など 総合文化研究科副研究科長・教養学部副学部長、理事・副学長など

出典:東京大学、染谷研究室、科学技術社会論学会の公表資料。[2][8][9][10][11][12]

染谷氏については、主要な研究賞と高被引用論文著者への選出という、外部から確認しやすい評価がそろっています。学内支持に加え、国際的な研究の評価という点でも、選考機関が正面から説明すべき有力候補だったといえます。

藤垣氏は、科学技術と社会の関係を専門とし、学会運営や大学執行部での経験を持ちます。分野の異なる両氏を評価するには、論文・著作の学術的な貢献と、組織運営の成果をそれぞれ検討する必要があります。

公表された選考理由では、藤垣氏の発信力や協働への期待が中心となっています。染谷氏が持つ研究面での強みや大学運営経験との比較は示されていません。研究大学のトップとして、どの実績を評価し、何を決め手にしたのか。その説明が欠けたままでは、学術的な卓越性と経営能力をどう両立させる選考だったのかが見えてきません。

「多様性」による候補者追加を認めた選考手順

公開資料には、多様性を候補者選定に使う具体的な手順が記載されています。第2次候補者を決める際、委員の無記名投票で上位3人を選び、その後に「多様性の観点から」候補者を追加する必要があるかを検討します。追加する場合には改めて無記名投票を行い、最終的に5人以内を選ぶ仕組みです。[17]

同手順は、候補者が「求められる総長像」に合致することを前提としています。[17] この規定は、学内意向投票より前の候補者の絞り込みに関するものです。文言上、多様性の意味を性別だけに限定してはいません。追加の要否を決める裁量を委員会に与えているため、どの観点を適用し、どの候補者の選定に影響したのかが、手続きの公正さを検証するポイントになります。

8月12~13日の第8回会議では、この選定手順が改訂されました。新旧対照表と8月17日の第10回議事要旨を突き合わせると、変更箇所は、最初の無記名投票で各委員が選択する人数を3人から2人にする点です。理由は、第1次候補者の人数を踏まえた対応と説明されています。「多様性」による追加規定は、改訂前の3月13日付手順にも存在します。[18][19][23]

8月18日の第11回会議は、染谷氏、藤垣氏ら5人を第2次候補者とする案を、議長を除く15人の賛成で正式に決定しました。同回の議事要旨には、絞り込み段階の候補者別得票や、多様性の観点で誰を追加したのかは記載されていません。[20]

東大新聞オンラインによると、国谷議長は9月29日の会見で、性別は選考会議で議論の対象にならなかったと説明しています。[24] 多様性の追加規定の存在と、女性であることを理由に藤垣氏を選んだという判断は同一視できません。

議長は性別を議論していないと説明する一方、公開資料には、多様性の追加規定を誰に、どの観点で適用したかは示されていません。制度に組み込まれた裁量を検証するには、この適用過程の説明が必要です。社会的に好ましい理念であっても、その運用が実績評価や候補者間の比較とどう結び付いていたのかは、検証の対象になります。

評価表は参考資料、点数の合算は想定せず

第2回会議資料に収録された3月13日の議事要旨には、評価方法を理解するうえで見逃せない質疑があります。「求められる総長像」の具体化について、各項目を面接時に採点してよいかという質問に対し、議長代行は個々の委員による採点を認めつつ、次のように回答しています。[21]

全委員の点数を合算して評価や選考を行うことは想定していない。

――第2回会議資料収録・3月13日議事要旨、資料内の印字20ページ

同じ質疑では、評価表は参考資料であり、委員ごとに重視する点が異なるとも説明されています。[21]

この方式では、共通の配点によって候補者の順位が自動的に決まるわけではありません。委員間の議論と総合判断の役割が大きくなります。だからこそ、最終的にどの項目を重く見て、意見の違いをどう整理したかが説明の核心になります。

選考・監察会議は、経営協議会から選出された8人と教育研究評議会から選出された8人の計16人で構成され、委員名簿は公開されています。[6] 誰が決めるかは明らかでも、候補者間の優劣をどのように判断したかを、外部から再検証できる情報は限られています。

接触制限は整備、最終判断の比較根拠は見えず

6月19日の第4回会議では、候補者との接触に関する申し合わせが審議されました。会食、旅行、助言・支援、便宜供与などについて、選考の公正さに疑義を生じさせないよう定めています。学内委員だけでなく学外委員にも適用することや、判断に迷う場合の確認先も議論されています。[7]

また、5月29日の第3回議事録では、候補者への共通質問の募集に学生から20件、教職員から17件の回答があったと報告されています。構成員の声を集める手続きも設けられていました。[22]

一方、候補者の面接や人事に関する意見交換は非公開です。9月28日の第12回会議資料でも、資料3-2「総長予定者の選考に係る資料」は非公開とされています。10月1日時点の活動状況ページには、同回の会議資料は掲載されていますが、議事録・議事要旨は掲載されていません。[13][14]

候補者の機微情報を守るために、面接や人事審議に非公開部分を設けることには理由があります。それでも、選ばれた候補者の長所だけを公表する説明では、比較判断を検証する材料が足りません。公開可能な評価の要旨、選考で重視した項目、意向投票と異なる結論に至った理由は、個人情報を伏せた形でも説明できます。

比較根拠の不足が内部統制にもたらす三つの問題

4月の議事録では、委員会が選考理由について「丁寧に説明責任を果たしていく」必要性も確認されています。[16] 今回の説明を、この事前方針に照らすと三つの課題が浮かびます。

第一に、選考基準と結論のつながりを検証しにくい点です。大学が示した参考項目には、研究実績や経営能力とともに、次の項目があります。[5]

組織構成員の幅広い支持と合意形成能力

――「求められる総長像の具体化に係る重点ポイント及び評価項目」

意向投票は支持を測る唯一の方法ではありません。それでも、事前に支持を評価対象に掲げた以上、投票に表れた差をどう解釈したかは説明の中心になるはずです。その説明が乏しければ、基準が結論を導いたのか、結論に合う長所だけを後から挙げたのかを、外部から区別しにくくなります。

第二に、構成員から情報を集める制度への信頼を損なうおそれがあります。意向投票に最終決定権がなくても、参加者には自分たちの意見がどう扱われたかを知る必要があります。「総合判断」とだけ説明する運用が続けば、意見を出しても意思決定にどう反映されるか分からない、という不信につながり得ます。

第三に、後日の検証が難しくなります。どの能力を評価して選んだのかが具体的でなければ、就任後の成果を何に照らして確認するのかも曖昧になります。選考時の判断理由を記録し、公開可能な部分を示すことは、任命した側の責任を検証するためにも必要です。

この意味で、今回の公表説明には、裁量の大きさに見合う検証可能性が不足していると評価できます。制度に従って決めたという説明だけで、判断の妥当性まで証明できるわけではありません。

裁量を検証する仕組みは、内部不正とセキュリティリスクへの備え

裁量の根拠が検証しにくいという問題は、企業のセキュリティ管理にも共通します。対策の採否、例外の承認、残存リスクの受容を経営層が判断する際には、決定の理由と責任の所在を明らかにする必要があります。

米国NISTのCybersecurity Framework 2.0は、GV.RR-01で経営層のサイバーリスクに対する責任と説明責任を、GV.OV-03でリスク管理の実績を評価し、見直すことを位置付けています。製品の導入だけでなく、責任者の判断を検証し改善できる体制も、セキュリティの一部です。[15]

企業で判断根拠の記録が必要となる場面には、次のような例があります。

場面 判断根拠が残らない場合のリスク 残しておく情報
脆弱性対応を延期する 誰が残存リスクを引き受けたのか不明になる 延期理由、承認者、代替対策、再確認期限
外部委託先を選ぶ 担当者が把握した安全上の懸念が最終判断から消える 比較基準、懸念への回答、選定理由
特権アクセスを例外的に許可する 業務上の必要性を再検証できず、権限が残り続ける 対象業務、付与範囲、期限、独立した確認者
インシデントの公表を判断する 判断時点の情報と後から判明した情報を区別できない 判断時刻、確認済みの事実、未確定事項、決裁記録

選考資料の非公開と、組織内部で記録を残していないことは区別する必要があります。企業の内部監査では、判断記録が存在するか、独立した監査担当者がその内容を確認できるかまで点検します。意思決定者だけが理由を知り、監督側が検証できない状態は、便宜供与や利益相反を見逃す余地を広げます。

上層部が現場と異なる判断をする場面はあります。その際に、異論への回答や判断の根拠が残っていれば、後から修正できます。残っていなければ、誤判断を見つけることも、同じ判断を繰り返さないことも難しくなります。

自社で意見が届きにくい構造を確認する際には、犯罪心理学者が提案する「モノ言えぬ組織」のチェックと処方箋も参考になります。

東大の選考・監察会議が示すべきなのは、候補者間の比較評価と意向投票の位置付け、そして就任後の検証につながる具体的な選出理由です。大学の信頼回復を託す人事であれば、その出発点となる選考自体も、根拠を示して信頼を得る必要があります。

出典

  1. 次期総長予定者に藤垣裕子氏を選出(2026年9月28日)―東京大学
  2. 東京大学 次期総長予定者 選考結果、選考理由及び選考過程―東京大学
  3. 東京大学総長選考・監察会議内規(第3条・第5条・第16条等)―東京大学
  4. 次期総長予定者の決定について(2026年9月29日、国谷裕子議長)―東京大学
  5. 求められる総長像の具体化に係る重点ポイント及び評価項目(2026年3月13日)―東京大学
  6. 東京大学総長選考・監察会議委員名簿(2026年7月6日現在)―東京大学
  7. 第4回総長選考・監察会議議事録(2026年6月19日、特に2・4~6ページ)―東京大学
  8. 染谷隆夫 プロフィール―東京大学 染谷研究室
  9. 「Highly Cited Researchers 2025」に工学系研究科より6名が選出されました―東京大学大学院工学系研究科
  10. 科学技術社会論学会会長就任のご挨拶(2013年6月25日)―科学技術社会論学会
  11. 科学技術社会論の挑戦1 科学技術社会論とは何か―東京大学 UTokyo BiblioPlaza
  12. 藤垣研究室―東京大学大学院総合文化研究科
  13. 令和8年度 総長選考・監察会議活動状況―東京大学
  14. 第12回総長選考・監察会議資料(2026年9月28日、冒頭の議題・配付資料一覧)―東京大学
  15. The NIST Cybersecurity Framework(CSF)2.0(本文17ページ、GV.RR・GV.OV)―NIST
  16. 第2回総長選考・監察会議議事録(2026年4月22日、特に4~6ページ)―東京大学
  17. 第10回総長選考・監察会議資料(2026年8月17日、第2次候補者を決定するための手順)―東京大学
  18. 第8回総長選考・監察会議資料(2026年8月12~13日、手順の新旧対照)―東京大学
  19. 第10回総長選考・監察会議議事要旨(2026年8月17日、改訂理由と施行日の報告)―東京大学
  20. 第11回総長選考・監察会議議事要旨(2026年8月18日)―東京大学
  21. 第2回総長選考・監察会議資料(2026年4月22日、収録された3月13日議事要旨の印字20ページ)―東京大学
  22. 第3回総長選考・監察会議議事録(2026年5月29日)―東京大学
  23. 第7回総長選考・監察会議資料(2026年8月10日、改訂前の第2次候補者選定手順)―東京大学
  24. 【総長選考2026】藤垣裕子教授の次期総長選出で会見 選考会議「意向投票とのズレは大きな問題ではない」(2026年9月29日)―東大新聞オンライン