中国はなぜ「会う相手」を選ぶのか-岩屋前外相との会談に見る現代の「離間の計」

インテリジェンス

投稿日時: 更新日時:

中国はなぜ「会う相手」を選ぶのか―岩屋前外相との会談に見る「離間の計」、台湾・米国が警戒する統戦分化

2026年9月28日、中国外交トップの王毅・中国共産党中央政治局委員兼中央外事工作委員会弁公室主任は、北京を訪問した岩屋毅前外相と会談しました。

岩屋氏は日本政府の代表ではなく、日本国際貿易促進協会の会長として訪中していました。翌29日には何立峰副首相も同協会の訪中団と会談しています。

一方、現職の茂木敏充外相は9月20日から25日まで国連総会出席のためニューヨークを訪問しましたが、日本外務省と中国外務省が公開している会談記録では、茂木氏と王毅氏による日中外相会談は確認できません。

公開情報だけでは、日本側が王毅氏との会談を正式に求めて中国側が拒否したのか、日程上実現しなかったのかは分かりません。

しかし、中国側がその直後に岩屋前外相を北京で受け入れ、外交トップと副首相が相次いで会談した事実には、単なる民間経済交流では説明しきれない政治的メッセージが含まれています。

王毅氏は会談で、日本国際貿易促進協会を「対中友好」を維持してきた団体として評価しました。そのうえで、台湾問題に関する日本側の言動の是正、歴史問題で中国側が「正しい」と考える姿勢、中国に対する認識の変更を求め、同協会や日本の「有識者」に日本が「正しい選択」をするよう働きかけることへの期待を表明しました。

中国が、政府間ルートとは別に、自国が友好的と評価する政治家、経済団体、民間組織との関係を強め、その窓口を通じて相手国の政策や世論に影響を与えようとする構図は、台湾や米国が長年警戒してきた「統一戦線工作」と重なります。

相手国内にある立場の違いを利用し、自国に近い勢力との関係を強調することで、政府や社会の結束に圧力をかける。こうした手法を、日本で古くから使われる言葉に置き換えるなら「離間の計」と読む見方があります。

ただし、今回の岩屋氏訪中そのものが中国共産党の統一戦線工作だったと断定できる証拠はありません。また、岩屋氏が中国側の指示を受けていることを示す事実も確認されていません。

本稿では、人物への評価ではなく、中国側が公開した会談内容と、台湾・米国政府機関が公表している中国の対外影響工作の手法を比較します。

岩屋前外相への会談で中国側が発したメッセージ

中国外務省が9月28日に公表した会談記録では、王毅氏は日本国際貿易促進協会について、日中関係が困難な状況でも「対中友好」の立場を保ってきた団体として評価しています。

さらに、前会長の河野洋平元衆院議長についても高く評価しました。

王毅氏はそのうえで、現在の日中関係について日本側に三つの要求を示しています。

  • 台湾問題に関する日本指導者の言動を是正すること
  • 歴史問題で中国側が「正しい」とする態度を取ること
  • 中国に対して「客観的かつ理性的」な認識を形成すること

そして、日本国際貿易促進協会や日本国内の「有識者」が友好の伝統を引き継ぎ、日本が中国側の考える「正しい選択」をする方向へ働きかけることへの期待を示しました。

ここで中国側が求めているのは、訪中団との経済協力だけではありません。

日本国内の政治認識、台湾政策、歴史認識に関わる要求を、政府間外交ではない窓口を通じて伝えています。

翌29日に訪中団と会談した何立峰副首相も、日本企業の中国市場への進出を歓迎すると述べる一方、日本国際貿易促進協会に対して「正しい歴史の方向」を把握し、「対中友好」の伝統を継続することを求めました。

経済協力への前向きなメッセージと、政治・歴史問題に関する要求が同じ訪中団に対して提示されています。

茂木外相との会談は公開記録で確認できず、岩屋氏とは2日連続で高位接触

茂木敏充外相は9月20日から25日まで、第81回国連総会などへの出席のためニューヨークを訪問しました。

日本外務省によると、滞在中には複数の国際会議や二国間外相会談を実施しています。9月21日にはマルコ・ルビオ米国務長官とも意見交換し、中国をめぐる諸課題を含むインド太平洋情勢について協議しました。

一方、外務省が公開している茂木外相の訪問・会談記録には王毅氏との会談はなく、中国外務省の9月の王毅氏の活動記録にも日中外相会談は確認できません。

その数日後の9月28日、王毅氏は北京で岩屋氏と会談し、翌29日には何立峰副首相が岩屋氏を会長とする訪中団と会談しました。

この時間的な対比だけで「中国が茂木外相を意図的に排除した」と断定することはできません。

しかし外交では、誰に会うか、どのレベルの人物を会わせるか、どの団体を「友好勢力」と呼ぶか自体がメッセージになります。

中国側は少なくとも、自らが「対中友好」と評価する日本の民間団体とその会長に高位の接触機会を与え、その場を使って日本政府の台湾政策や歴史認識に関する要求を発信しました。

台湾当局が警戒する「特定の相手だけと対話する」統戦分化

この手法について、台湾政府は非常に直接的な表現を使っています。

台湾の大陸委員会は2026年4月、中国が台湾向けに公表した経済・交流措置について、中国側が台湾の民選政府と正面から協議するのではなく、特定政党とのみ対話していると批判しました。

同委員会は4月17日の説明で、中国が「特定政党とのみ対話する」ことについて、台湾社会を分化させる「統戦分化」の手法だと位置付けています。

さらに4月19日には、中国が農漁業者や地方自治体などを区別して扱い、政治的条件を付けた優遇措置を提示することについて、国内を分断し政治的影響を与える手法だと説明しました。

構造は次のようになります。

  1. 中央政府とは正常な対話を進めない
  2. 中国側に近い立場の政党・政治家・業界・自治体とは個別に接触する
  3. 選ばれた相手には経済的利益や交流機会を提示する
  4. その相手を通じて中央政府の政策変更を促す
  5. 国内に「関係悪化の原因は政府側にある」という議論を生じさせる

台湾政府は、このような差別的・選別的な接触を「交流」だけではなく政治的な統戦分化の問題として扱っています。

日本と台湾では政治制度、歴史、対中関係が異なるため、台湾で確認された手法をそのまま日本へ当てはめることはできません。

ただし、中国が政府との直接交渉とは別に、自国に近いと判断する政治家、経済界、地方組織などとの関係を強化する手法を利用していることは、台湾側の一次資料から確認できます。

米議会機関は統一戦線を「友人と小さな敵を取り込み、大きな敵に対抗する」発想と説明

米議会が設置した米中経済安全保障調査委員会(USCC)は2026年3月、「China 201」と題する基礎資料の中で、中国共産党の統一戦線工作を解説しています。

USCCは統一戦線について、共産党の外部にいる重要な集団や個人との関係を管理する手法であり、レーニン主義の「友人やより小さな敵と一時的な同盟を組み、より大きな敵を打倒する」という考え方を基礎にしていると説明しています。

現代の統一戦線工作には、中国共産党の機関、中国政府機関、その関連組織などが、

  • 中国共産党の外部にいる集団や個人を取り込む
  • 必要に応じて圧力を加える
  • 中国共産党が定義する国益に沿った行動を促す

活動が含まれるとしています。

「離間の計」という言葉はUSCCの用語ではありません。

しかし、相手側を一枚岩として扱わず、「協力できる相手」「中立化できる相手」「対立する相手」を分け、それぞれ異なる関係を構築するという考え方は、選別的接触を分析するうえで参考になります。

米国では地方政治家への影響工作が刑事事件として立証

米国では、中国政府が政治家や地域社会への影響力を獲得しようとした事例が刑事事件として確認されています。

米司法省は2026年2月、Yaoning “Mike” Sun被告が中国政府の未登録代理人として活動したとして、連邦刑務所48カ月の判決を受けたと発表しました。

司法省によると、Sun被告は中国政府関係者の指示を受け、

  • 南カリフォルニアの地方政治家の選挙を支援
  • 中国政府に有利な情報を発信
  • 台湾を支持する活動などを監視
  • 中国政府関係者へ報告

していました。

2022年の地方選挙では、後に市議に当選した政治家の選挙活動に関与し、中国政府側へ成果を報告していました。

これは今回の岩屋氏訪中とは全く別の事案です。

岩屋氏や日本国際貿易促進協会について、米国の事件と同様の違法な代理活動を示す証拠はありません。

一方、米国の刑事事件は、中国政府の対外影響工作が抽象的な議論だけではなく、特定の政治家、地域団体、メディアなどとの関係形成を通じて行われた事例が実際に存在することを示しています。

2026年防衛白書も「政治家の取込み」「社会の分断」に言及

日本の2026年版防衛白書も、中国による対外影響力について取り上げています。

白書の中国に関する記述では、中国が「他国の政治家の取込みなどを通じて他国の政策決定に影響力を及ぼそうとする動き」が指摘されているとしています。

また、防衛研究所研究者による白書コラムでは、中国の統一戦線工作について、中国共産党の外部に政治的目標達成のための協力者を作り、中国政府に好意的な人物や、中国に近い見解を持つ人物を自国の政治目的に有利な方向へ誘導しようとする活動と説明しています。

同コラムは、その目的の一つとして「相手国の社会の分断を拡大し、政治社会に混乱を生み出すこと」を挙げています。

なお、このコラムは防衛研究所研究者個人による分析であり、防衛省としての公式見解ではないことが明記されています。

一方、防衛白書の本文でも、偽情報や戦略的な情報発信を通じて他国の世論や意思決定に影響を及ぼし、自国に有利な安全保障環境を構築する情報戦への警戒が示されています。

岩屋氏との会談で見える「選別的接触」の4つの効果

今回の訪中を「中国が岩屋氏を工作員として利用している」という議論に置き換えると、一次情報を超えた推測になります。

一方、中国側が公開した会談内容からは、選別的接触によって生じ得る政治的効果を分析できます。

「中国と話せる政治家」と「話せない政治家」という対比を作る

政府間対話が停滞する中で、中国側が特定の元閣僚や団体だけを高位で受け入れれば、「この人物なら中国と話ができる」という評価が国内に生まれます。

その結果、対中強硬姿勢を取る政府や政治家に対して、

「関係悪化を招いている」
「もっと中国と対話できる人物へ任せるべきだ」

という議論が起きる可能性があります。

これは中国側が直接その主張をしなくても生じ得る効果です。

政府を迂回して政策変更のメッセージを送る

王毅氏は今回、日本政府の現職閣僚ではない岩屋氏との会談で、日本政府の台湾問題に関する言動の是正を求めました。

さらに、日本国際貿易促進協会や「有識者」が日本国内で働きかけることへの期待も示しています。

中国側は外交当局間の交渉とは別に、民間団体や政治家との接触を、日本政府に対するメッセージ伝達の経路として利用しています。

経済的利益と政治的要求が同じテーブルに乗る

何立峰副首相は日本企業の中国市場での活動を歓迎しながら、同時に日本側へ歴史認識や「対中友好」を求めました。

岩屋氏側も、中国側に経済交流の継続や民生用レアアースの輸出許可手続きの迅速化を求めたと報じられています。

中国側がレアアースと台湾問題を明示的な交換条件にした事実は確認されていません。

ただし、経済的利益へのアクセスと政治関係が同じ対話の中で扱われることにより、日本企業や経済団体の側から「政治関係を改善してほしい」という国内圧力が生まれる可能性があります。

台湾の大陸委員会が警戒する「業界や地方を区別して扱う」手法も、この構造を問題視したものです。

中国側が「望ましい日本人像」を可視化する

王毅氏は今回、日本国際貿易促進協会の歴代の活動を「対中友好」として評価し、河野洋平前会長も称賛しました。

一方、日本側の台湾・歴史認識については是正を要求しています。

これは、中国側がどのような政治家や団体を「友好」と評価し、どのような立場を問題視するかを明確に示す行為でもあります。

外国政府が自国の政治家を選別して評価することは、その国の国内政治にも影響を与え得ます。

岩屋前外相の訪中で問われるのは「会うこと」そのものではない

外国政府との対話や議員外交、民間経済交流には、政府間関係が悪化した時でも意思疎通の経路を維持できる利点があります。

今回の訪中でも、岩屋氏側は経済交流やレアアースを含む実務課題を中国側へ伝えています。

したがって、中国政府高官と会談したという事実だけから、その政治家を「親中派」「中国の代理人」と評価することはできません。

安全保障上の論点は別のところにあります。

中国側が、

  • 誰を「友好勢力」として選ぶのか
  • その人物・団体にどのレベルの接触機会を与えるのか
  • どのような政治的要求を伝えるのか
  • 経済的利益と政治要求をどのように同じ対話へ組み込むのか
  • そのメッセージが帰国後の国内政治でどのように利用されるのか

という構造です。

台湾の事例では、中国政府が民選政府を迂回して特定政党、業界、地方との関係を深めること自体が「統戦分化」として警戒されています。

米国では、特定の地方政治家を支援し、中国政府に有利な政治的影響力を構築しようとした事例が刑事事件として立証されています。

日本でも、防衛白書が他国政治家の取込みを通じた政策決定への影響に言及しています。

今回の岩屋氏訪中がそれらと同一の工作だったと断定する材料はありません。

しかし、中国側自身が「対中友好」の団体を選別して高位で接触し、その相手を通じて日本の台湾・歴史政策の変更を求めたという事実は、対外影響力の観点から検証対象になります。

「離間の計」は陰謀論ではなく、相手国内の差を利用する戦略として見る

「離間の計」という言葉を使うと、秘密工作や陰謀を想像しやすくなります。

しかし実際の影響工作は、必ずしも秘密裏に行われるとは限りません。

  • 誰と会うか
  • 誰を称賛するか
  • 誰に経済的利益を示すか
  • 誰を批判するか
  • 誰に国内への働きかけを期待するか

という公開外交そのものが、相手国内の立場の差を拡大させることがあります。

台湾政府が2026年に問題視したのも、中国が「特定政党とのみ対話」し、業界や地方自治体を区別して扱う手法でした。

USCCが説明する統一戦線も、党外の相手を一律に敵とみなすのではなく、取り込める相手と対立する相手を分けて扱う発想に基づいています。

今回の岩屋氏訪中をめぐって確認できる事実は、中国側が日本国際貿易促進協会を明確に「対中友好」の勢力として評価し、日本国内で中国側が望む政策方向への働きかけを期待したことです。

それを「離間の計」と呼ぶか、「統一戦線的な選別接触」と呼ぶかは分析上の表現の違いがあります。

ただし、政府間外交だけを見ていては、中国が政治家、経済団体、地方、学術、文化など複数の経路を使って形成する対外影響力の全体像を捉えにくいという点は、台湾、米国、日本の公的資料に共通しています。

出典