日本とドイツ、海外有事の国民退避で協力覚書―韓国など5か国にも同種枠組み、台湾・米国との違いは

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日本とドイツ、海外有事の国民退避で協力覚書―韓国など5か国にも同種枠組み、台湾・米国との違いは

日本とドイツは2026年10月1日、第三国を含む海外で紛争や政情不安などの緊急事態が発生した際、自国民保護で協力するための覚書に署名しました。

外務省によると、茂木敏充外務大臣とペトラ・ジグムント駐日ドイツ大使が「海外における日本国民及びドイツ国民の保護に関する日本国外務省とドイツ外務省との間の協力覚書」に署名しました。平時から情報共有を行い、不測の事態が発生した際の協力を円滑にする枠組みです。

日本は韓国、オーストラリア、カナダ、英国、ブラジルとも同種の自国民保護協力覚書を締結しています。日韓では2026年3月、韓国軍輸送機に邦人3人が搭乗するなど、覚書を背景とした相互協力がすでに実施されています。

一方、日本台湾交流協会が公開する日台間の取決め一覧には、日独・日韓と同じ「第三国・海外における自国民保護」を目的とする覚書は掲載されていません。米国とは同種の外務当局間覚書ではなく、2015年の日米防衛協力のための指針に第三国からの非戦闘員退避協力が定められています。

日独の自国民保護協力覚書のサマリー

  • 日本とドイツは2026年10月1日、海外における自国民保護に関する協力覚書へ署名しました。
  • 覚書は平時からの情報共有と、海外で不測の事態が発生した際の円滑な協力を目的としています。
  • 日独には2004年のコートジボワール、2013年の南スーダンで邦人退避に協力した実績があります。
  • 2004年にはドイツ軍用機で邦人11人がガーナおよびパリへ退避しました。
  • 2013年にはドイツ軍用機で邦人4人がウガンダへ退避しました。
  • ドイツは2023年のスーダン退避でも、自国民だけでなく多数の第三国国民を輸送しています。
  • 日本は韓国、オーストラリア、カナダ、英国、ブラジルとも同種の自国民保護協力覚書を締結しています。
  • 日韓覚書では平時の訓練や危機管理プロセス、第三国での退避計画についての情報交換まで明記されています。
  • 2026年3月には韓国軍輸送機で邦人3人がサウジアラビアから韓国へ退避しました。
  • 日米間には別枠として、2015年の日米防衛協力のための指針に第三国からの非戦闘員退避協力が定められています。
  • 公開されている日台間の取決め一覧には、同種の自国民保護覚書は掲載されていません。
相手国 枠組み 署名・制定 主な内容
韓国 第三国における自国民保護協力覚書 2024年9月6日 平時の訓練・危機管理情報、退避計画、相互支援
オーストラリア 海外における自国民保護協力覚書 2025年9月5日 平時の情報共有、緊急時の協力
カナダ 海外における自国民保護協力覚書 2026年3月4日 平時の情報共有、緊急時の協力
英国 海外における自国民保護協力覚書 2026年4月20日 平時の情報共有、緊急時の相互協力
ブラジル 海外における自国民保護協力覚書 2026年5月18日 平時の情報共有、出国・退避時の協力
ドイツ 海外における自国民保護協力覚書 2026年10月1日 平時の情報共有、緊急時の協力
米国 日米防衛協力のための指針 2015年4月27日 第三国からの非戦闘員退避を計画・実施時に協力
台湾 公開されている同種覚書は確認されず ― 防災、捜索救助など別分野の協力枠組みあり

日独は2004年と2013年にも邦人退避で協力

今回の覚書は、過去の日独協力をゼロから構築するものではありません。

外務省は覚書締結の背景として、2004年のコートジボワールと2013年の南スーダンでの退避協力を挙げています。

2004年11月、コートジボワール政府軍とフランス軍の衝突などにより現地情勢が悪化した際、ドイツ軍用機が邦人11人をガーナとパリへ退避させました。

2013年12月には南スーダンで政府側と反政府勢力の衝突が発生し、ドイツ軍用機で邦人4人がウガンダへ退避しています。

今回の覚書は、こうした実務上の協力を平時から制度化し、危機が発生してから初めて調整を始めるのではなく、あらかじめ情報共有できる関係を整えるものです。

ドイツはスーダン退避で約30か国の国民を輸送

ドイツ外務省と国防省は2023年4月、スーダンからの退避活動で、ドイツ軍が約490人を退避させたと公表しました。当時の集計でドイツ人は約170人で、カナダ人90人、オランダ人40人超など、約30か国の国民が含まれていました。

その後のドイツ外相の説明では、ドイツと約40か国から700人超を安全な場所へ移送したとしています。

ドイツ外務省の危機対応センター(Krisenreaktionszentrum)は24時間体制で海外の危機を監視し、必要に応じて危機対策本部を設置します。各省庁や国際パートナーとの危機対応も同センターが調整しています。

海外危機で自国の輸送手段だけでは対応できない場合、友好国の航空機や船舶、陸路輸送などを相互利用できる関係は、退避可能な人数や選択肢を増やすことになります。

日本は韓国、豪州、カナダ、英国、ブラジルとも覚書を締結

日本が近年締結している自国民保護協力覚書は、過去の具体的な退避協力を平時の枠組みに置き換えるものが多くなっています。

韓国―危機管理訓練や第三国の退避計画まで共有

日本と韓国は2024年9月6日、「第三国における日本国民及び大韓民国国民の保護についての協力に関する覚書」を締結しました。

外務省によると、覚書では次の協力を行います。

  • 平時からの危機管理プロセスや訓練に関する情報共有
  • 第三国の退避計画を含む危機管理情報の交換
  • 第三国から自国民を退避させる際の相互支援・協力
  • ハイレベルでの協議・意見交換

背景には、新型コロナウイルス流行時のアフリカなどからの帰国支援、2023年のスーダンとイスラエルからの退避での協力があります。

オーストラリア―ニューカレドニア退避を受け制度化

日豪両政府は2025年9月5日、自国民保護協力覚書へ署名しました。

背景となったのは2024年5月のニューカレドニアからの退避協力です。日豪は2024年9月の外務・防衛閣僚協議「2+2」で自国民退避における連携強化に合意し、翌2025年に覚書へ発展させました。

カナダ―レバノン、スーダン、ハイチで協力実績

日本とカナダは2026年3月4日に覚書を締結しました。

外務省は、2006年のレバノン、2023年のスーダン、2024年のハイチで両国が退避協力を行った実績を挙げています。

2023年のスーダンでは、カナダ軍用機によって邦人4人と邦人家族1人がジブチへ退避しました。

英国―署名から約3週間後に最初の協力案件

日本と英国は2026年4月20日に覚書へ署名しました。

2004年のコートジボワール、2006年のレバノン、2013年の南スーダン、2021年のアフガニスタンでの協力実績が背景です。

署名から約3週間後の5月11日には、スペイン・カナリア諸島でハンタウイルス感染が発生したクルーズ船から下船した邦人1人が、英国政府手配のチャーター機の余席提供を受けて英国へ移動しました。

外務省はこの案件を、日英覚書締結後初の協力案件と位置付けています。

ブラジル―在外コミュニティと領事協力から発展

日本とブラジルは2026年5月18日に覚書を締結しました。

両国は2025年3月に採択した「日・ブラジル戦略的グローバル・パートナーシップ・アクション・プラン2025-2030」を踏まえ、在外コミュニティと領事分野での協力を強化していました。

覚書では、平時から情報共有し、海外からの出国・退避の際に両国国民への支援を円滑にする枠組みを整えています。

日韓では2026年3月に韓国軍輸送機で邦人3人を退避

日韓覚書はすでに実際の退避協力に使われています。

外務省によると、2026年3月15日、韓国側から余席提供の提案を受け、邦人3人がサウジアラビアから韓国軍輸送機に搭乗し、韓国へ到着しました。

この直前には、日本政府手配のチャーター機でも韓国人の輸送が行われています。

3月11日にサウジアラビアのリヤドから成田へ到着した便では、邦人等160人に加えて韓国人等12人が余席に搭乗しました。

3月13日にオマーンのマスカットから羽田へ到着した便でも、韓国人4人が搭乗しています。

日本側が韓国人等計16人を輸送した後、韓国側が軍輸送機で邦人3人を輸送しており、外務省はこれらを第三国における自国民保護に関する相互協力の一環と説明しています。

覚書の意味は、必ずしも相手国が自国民全員を救出するというものではありません。自国が手配した輸送手段に余席がある場合や、自国だけでは輸送手段を確保しにくい場合に、互いの能力を補完できる点にあります。

台湾とは同種覚書は確認できず、2026年には日本のチャーター機で台湾人2人を輸送

日本台湾交流協会は、日本と台湾の間で締結された取決めを公開しています。

2026年1月9日時点の取決め一覧には、防災実務協力、海難捜索救助、原子力・放射線安全規制、出入境管理などの協力枠組みが掲載されていますが、日韓や日独のような「第三国・海外における自国民保護」を目的とした覚書は掲載されていません。

2015年には日台防災実務協力覚書が締結され、災害対策に関する情報・知見の共有や毎年の意見交換などが定められています。また、海上での捜索救助に関する協力覚書も存在します。

一方、正式な同種覚書が確認できないことと、実際の退避協力が行われないことは別です。

2026年3月14日、日本政府が中東情勢を受けて手配したリヤド発成田行きのチャーター機には、余席を利用して台湾人2人も搭乗しました。

つまり台湾との間でも実務上の支援は行われていますが、公開情報上は日韓・日独と同じ形式の自国民保護協力覚書とは異なる状態です。

日本台湾交流協会の台湾向け「安全の手引き」では、危険が急迫した場合、商用便が運航している間に日本への帰国または第三国への出境を行うよう邦人に案内しています。

米国とは日米防衛協力の指針で「非戦闘員退避」を規定

米国との関係も、日独覚書とは制度上の位置付けが異なります。

2015年4月の日米防衛協力のための指針では、日本または米国の非戦闘員を第三国から安全な地域へ退避させる必要がある場合、両政府が計画段階から調整し、実際の退避でも協力するとしています。

協力対象には、

  • 輸送手段
  • 施設
  • 退避者の安全
  • 通関
  • 出入国管理
  • 検疫
  • 安全な地域
  • 衛生

などが含まれます。

また、平時から訓練・演習を含めて調整を強化するとされています。

したがって、米国と日本には以前から第三国からの退避協力の枠組みがありますが、今回の日独や日韓のような「外務当局間の自国民保護協力覚書」と同一ではありません。

覚書で何が変わるのか

海外で武力衝突や政変、大規模災害などが発生した場合、退避には航空機を用意するだけでは足りません。

実際には、

  • 現地にいる自国民の人数・所在地把握
  • 安全な集合地点の設定
  • 空港・港湾までの移動
  • 航空機・船舶・バスなど輸送手段の確保
  • 現地政府との調整
  • 空港や領空の利用調整
  • 出入国手続き
  • 退避先となる第三国との調整
  • 他国が手配した輸送手段の余席確認

などが必要になります。

危機発生後に初めて相手国と担当部署や手続きの確認を始めるより、平時から情報共有し、相手国の危機管理体制や連絡経路を把握しておく方が初動を短縮できます。

日韓覚書で「危機管理プロセスや訓練」「退避計画」まで情報共有対象としているのは、このためです。

日本の邦人退避は「自国だけで完結させない」体制へ

近年の退避事例を見ると、日本政府が手配した航空機だけですべてを輸送する形ではなくなっています。

カナダ軍用機、ドイツ軍用機、韓国軍輸送機、英国政府のチャーター機など、他国の輸送能力を利用した退避が実際に行われています。

逆に日本側も、2026年3月の中東退避では韓国人や台湾人など第三国・地域の人々をチャーター機の余席で輸送しています。

ドイツも2023年のスーダン退避で多数の第三国国民を輸送しており、ドイツ外務省は危機対応で国際パートナーとの調整を平時から行っています。

今回の日独覚書は、こうした実務上の相互支援を事前の情報共有まで含めて制度化する流れの一つと整理できます。

台湾有事を対象にした覚書とは公表されていない

日独覚書について、特定の地域や「台湾有事」を対象にした協定とみなす根拠は外務省の公表資料にはありません。

外務省は「海外における緊急時」「不測の事態」における自国民保護のための枠組みと説明しています。

過去の協力事例も、コートジボワール、南スーダン、レバノン、スーダン、ハイチ、ニューカレドニア、アフガニスタン、中東など地域が分散しています。

武力衝突だけでなく、政情不安や大規模な治安悪化、災害などによって民間の交通手段が使えなくなった場合にも、自国民退避の問題は生じます。

今回の覚書は特定の有事を想定したものと断定せず、海外危機全般で自国民保護の選択肢を増やす枠組みとして見る必要があります。

企業の海外危機管理で確認したいポイント

政府間の退避協力が拡大しても、企業は政府輸送が必ず実施されることを前提に退避計画を組むべきではありません。

日本台湾交流協会の安全の手引きでも、危険情報レベル4など事態が悪化した場合、商用定期便が運航しているうちに可能な限り速やかに退避するよう案内しています。

海外拠点や出張者を抱える企業では、少なくとも次を確認できます。

  • 国・地域ごとの駐在員、出張者、家族の所在地を把握できるか
  • 緊急連絡先を最新状態に保っているか
  • 商用便が止まる前に退避を判断する基準があるか
  • 陸路で隣国へ移動する代替ルートを想定しているか
  • 現地空港・港湾が閉鎖された場合の対応を決めているか
  • 旅券・査証・居住許可証の有効期限を管理しているか
  • 「たびレジ」や在留届など政府の邦人保護制度を利用しているか
  • 政府による退避支援を待つ場合と、自社判断で早期退避する場合の条件を決めているか

政府間の協力枠組みは、民間航空が利用できなくなった後の選択肢を増やします。一方、危機が急速に悪化すれば空港や国境そのものが利用できなくなるため、企業側では政府支援より前の段階で退避を判断できる体制が必要です。

出典