ニューヨーク・タイムズ紙は2026年7月12日、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の「第20局」と呼ばれる秘密部隊が、東京を拠点にウクライナ侵攻に必要な先端技術・部品の調達工作を続けているとする調査報道を公表しました。この報道はUNITED24やRBC-Ukraineなど複数の海外メディアがNYT報道として引用・転載しており、骨子は複数の媒体で裏付けが取れていますが、本稿は主にNYT報道およびそれを引用した海外メディアの報道内容に基づいて構成しています。
当サイトでも以前、Kh-101巡航ミサイルの残骸から京セラAVX製のタンタルコンデンサを含む100点超の外国製部品が発見された事案や、追い詰められたロシアが西欧諸国での技術情報窃取・スパイ活動を活発化させている実態を取り上げてきましたが、今回の報道は、こうした部品調達の背後にある具体的な工作組織と、東京で実際に確認された仲介ルートの実名・実態にまで踏み込んでいる点で新しい情報を含んでいます。
サマリー
- NYT紙の調査によれば、GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)には「第20局」と呼ばれる秘密部隊があり、東京を拠点に戦場技術の購入・窃取・密輸を担っているとされる
- 東京での工作を統括しているとされるのは、ロシア国営航空会社アエロフロートの東京支社に偽装身分で勤務するマクシム・ウラジミロヴィチ・フィルチェンコフ氏(49)で、2024年2月に着任したとされる
- GRU工作員がアエロフロート職員を偽装身分に使う手法はソ連時代からの伝統的な手口とされている
- フィルチェンコフ氏は日本からロシアへ貨物を輸送する物流会社との関係構築を進めており、その一つとされる東京の物流会社Proco Airの経営者は、ロシアへの輸出が禁止されている品目の輸送支援を中国の仲介者に依頼していたことが、直接の関係者への取材で明らかになっている
- Proco Airが発行した航空貨物運送状には、スリランカ経由でロシアへ医療機器を輸送した記録があり、荷受人はプーチン大統領と密接な関係を持つモスクワの製薬会社R-Pharmだったことが確認された。同社経営者は、フィルチェンコフ氏がロシア情報機関と関係があると知らなかったと主張し、禁止品目の輸送支援を求めた事実も強く否定している
- ウクライナ政府は2025年4月だけで少なくとも8通の外交書簡を日本の外務省へ送り、NYTが確認した書簡によればNEC・パナソニック・東芝など日本の大手企業が製造した部品がロシアの兵器から回収された証拠を提示してきたとされるが、日本側の対応は遅れているとNYT紙は指摘している
- 日本には諜報活動全般を包括的に処罰する独立した反スパイ法はないとされる一方、特定秘密保護法・外為法・不正競争防止法など個別の規制は存在する。また2026年5月には国家情報会議・国家情報局の設置法が成立しているが、CIAやMI6のような独立した対外HUMINT機関とは性質が異なる。自民党の塩崎彰久衆院議員(元産業スパイ事件担当検察官)は強い危機感を示している
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 報道日 | 2026年7月12日(ニューヨーク・タイムズ) |
| 対象組織 | GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)「第20局」 |
| 東京拠点の統括者(とされる人物) | マクシム・ウラジミロヴィチ・フィルチェンコフ氏(49)、アエロフロート東京支社に偽装勤務、2024年2月着任 |
| 偽装に使われた企業 | ロシア国営航空アエロフロート(東京・虎ノ門) |
| 関係が指摘された物流会社 | Proco Air(東京、経営者:三木武彦氏) |
| 確認された輸送記録 | NYTが確認した運送状によれば、3月12日付でスリランカ経由によりロシアの製薬会社R-Pharmへ医療機器を輸送 |
| ウクライナから日本への外交書簡 | 2025年4月だけで少なくとも8通(NYT確認分) |
| 提示された証拠に含まれる企業名 | NEC、パナソニック、東芝など(NYTが確認した書簡による、各社は不正関与を否定) |
| 日本側の構造的課題 | 包括的な反スパイ法の不在(個別規制は存在)、CIA/MI6型の対外情報機関は不在 |
目次
何が起きたか
NYT紙の記者らは、機密指定された政府文書や企業記録、そして3つの大陸にまたがる数十人の情報機関関係者・政府関係者への取材をもとに、GRUの「第20局」という部隊の活動実態と、ロシアのウクライナ侵攻を支えるうえで東京拠点が果たしている役割の解明を試みています。関係者の多くは、情報を公に開示する権限がないとして匿名を条件に取材に応じたとされています。
報道によれば、東京での工作の中核を担っているとみられるのが、ロシア国営航空会社アエロフロートの東京支社に偽装身分を置くフィルチェンコフ氏です。
同氏は日本での勤務経験を持つGRUのベテラン職員とされ、2024年2月に東京へ着任した当時、ロシアは西側諸国の禁輸措置によって不足していた先端技術部品を緊急に必要としていたとされています。GRU工作員がアエロフロート関連の身分を偽装に使う手口はソ連時代から続く伝統的な手法だと、複数の西側情報機関関係者が説明しているとのことです。
NYT紙の記者がアエロフロート東京支社を複数回訪問した際、フィルチェンコフ氏は一貫して不在で、同社が電話・メールで送った取材依頼にも返答はなかったとされています。
東京の物流会社を通じた調達ルートの実態
NYT紙の取材によれば、フィルチェンコフ氏は日本からロシアへ貨物を輸送する物流会社との関係構築を進めていたとされ、そのうちの一社が「日本とロシアの架け橋」を掲げる東京の物流会社Proco Airです。同社は、アエロフロートが就航するスリランカやウズベキスタンなど第三国まで他社便を使って貨物を運び、そこでアエロフロート便に積み替えてロシアへ輸送するという方法を取っているとされ、これ自体は一般的な貨物輸送の枠組みであり、直ちに違法というわけではありません。
もっとも、NYT紙の取材によれば、Proco Airの経営者である三木武彦氏は、フィルチェンコフ氏から紹介された中国の仲介者に対し、ロシアへの輸出が禁止されていると自認する品目の輸送支援を依頼していたとされています。
取材に対し三木氏は、フィルチェンコフ氏がロシア情報機関と関係があると知らなかったと述べ、禁止品目の輸送を依頼した事実についても強く否定しています。
同氏は自社が扱うのは主に医療機器と一部の化粧品のみだと説明し、その証拠として直近の航空貨物運送状を提示しましたが、記者が確認したところ、この運送状は2026年3月12日付でスリランカ経由により医療機器をロシアへ輸送した記録であり、荷受人としてモスクワの製薬会社R-Pharmの名称が明記されていました。
R-Pharm自体は制裁対象ではないものの、創業者のアレクセイ・レピク氏はプーチン大統領と近しい関係にあるとされ、豪州・英国・カナダから制裁を科されています(日本は科していません)。
Proco Airはこれまで不正行為で摘発された実績はなく、三木氏は日本の当局から自社の輸送について問い合わせを受けたことは一度もないとも説明しています。
ウクライナからの繰り返しの外交要請と日本の対応
NYT紙によれば、ウクライナ政府はここ数年、日本製の部品がロシアの兵器・軍事装備に使われている証拠を繰り返し日本の外務省へ提示してきました。
2025年4月だけでも少なくとも8通の正式な外交書簡が送られ、民間人への攻撃の残骸から回収された日本製部品の証拠が詳述されていたとされています。回収された基板・送信機・半導体など数十点の日本製部品のリストと写真が添付され、弾道ミサイルからも日本製部品が発見されたとする書簡をNYTの記者は直接確認したとしています。
NYTが確認したこの書簡ではNEC、パナソニック、東芝など日本の大手企業が製造した部品の存在が指摘されていますが、これらの企業がロシア向けと知りながら製品を販売した証拠は示されておらず、各社はいずれも不正関与を否定し、日本の経済制裁・貿易規制の遵守に取り組んでいると説明しています。日本の経済産業省は、企業や業界団体に対し制裁回避への警告を発してきたとし、ロシアの回避工作を支援している疑いのある海外の事業者数十者をブラックリストに掲載してきたとも説明しています。
日本外務省はスパイ活動に関する具体的な質問への回答は避けたものの、同盟国と協調してロシアへの軍事関連品の輸出を禁止してきたとコメントしています。
なお、日本には諜報活動全般を包括的に処罰する独立した反スパイ法は存在しないとされる一方、特定秘密保護法・外国為替及び外国貿易法(外為法)・不正競争防止法といった個別の法規制は存在しており、こうした法体系の隙間を埋める形で2026年5月27日には国家情報会議・国家情報局の設置法が成立しています。
もっとも、これは各省庁に分散する情報の集約・調整を主眼とした組織であり、CIAやMI6のような独立した対外人的情報(HUMINT)収集機関とは性質が異なる点には留意が必要です。
関連:ロシアによるウクライナ キーウ攻撃で使用されたKh101ミサイルから京セラAVX製タンタルコンデンサを含む100点超の外国製部品を発見 – セキュリティ対策Lab
ロシア・中国に共通する第三国経由の制裁回避スキーム
今回のNYT報道が示すスリランカ・ウズベキスタン経由の迂回輸送は、決して珍しい手口ではありません。ロシア・中国とも、直接の輸出が禁じられた品目を、規制の緩い第三国を経由させることで実質的に入手し続けるという、共通した構造を持っています。
ロシアの手口-シェルカンパニーと仲介業者の三重構造
当サイトで既報の通り、欧州の情報機関トップらは、ロシアが偽装企業の設立・仲介業者の起用・情報機関員の直接展開という三重の構造で、禁輸対象の先端工作機械・電子部品を調達し続けていると証言しています。2
026年2月にはドイツ当局が、欧州域内外にシェルカンパニーを設立し2022年以降約1万6,000件・総額3,000万ユーロの対ロシア軍需関連輸出を行っていたとして5名を逮捕しており、Reutersの報道によれば、これらの輸出の最終的な受取先には24のロシア防衛関連企業が含まれていたとされています。
SVR(対外情報庁)・FSB(連邦保安局)・GRU(軍参謀本部情報総局)といったロシアの複数の情報機関が、こうした西側企業のサプライチェーンへの人員展開に関与しているとみられています。仲介役は欧州市民や外国籍のビジネスマンを装い、通常の貿易を装いながら禁輸品をロシアへ流すとされ、日本製のデュアルユース技術に関しても、最大の輸出先であるベトナムが同時にロシアへの最大の再輸出国になっているという、迂回の連鎖が指摘されています。
今回のNYT報道で明らかになった、東京の物流会社がスリランカ・ウズベキスタンなど第三国でアエロフロート便に貨物を積み替えるという手口も、この仲介業者を経由した調達構造の一事例だと位置づけられます。
中国の手口-ダミー拠点と偽装最終需要者
中国側でも、規制対象の先端半導体・AIチップを巡り、同様の第三国迂回スキームが繰り返し摘発されています。米司法省が2025年8月に公表した起訴内容によれば、ある業者は2022年から2025年にかけて、シンガポール・マレーシアの貨物輸送業者を経由させることで最終目的地を偽装し、規制対象のAIチップを中国へ不正輸出していたとされています。
2026年3月に検察当局が公表したさらに大規模な事案の起訴内容では、東南アジアのある業者が2024〜2025年に総額約25億ドル相当の高性能サーバーを購入したうえで、その多くを中国の顧客へ横流ししていた疑いがあると主張されており、検査の際には実機がすでに出荷された後にダミーのサーバーを大量に用意して検査を通過していたとされています。これらはあくまで起訴・検察当局の主張段階であり、確定判決が下された内容ではない点には留意が必要です。
マレーシア・タイ・シンガポールを経由地とする調達網に関与したとして、米商務省は2025年だけで数十の中国企業をエンティティリストに追加しており、香港についても、法人登記の容易さや所有関係の不透明さを悪用したシェルカンパニーによる半導体・軸受・工作機械等の迂回輸出拠点になっていると、米中経済安全保障調査委員会が指摘しています。
あわせて中国は、イラン産原油の輸入国としての実態を公式統計上は示さず、マレーシア・オマーン・UAEといった既知の迂回拠点からの輸入増加として計上する手口や、北朝鮮に対しても国境を接する地理的条件と第三国を経由する仲介網の両方を活用して禁輸品を融通する手口をとってきたとされています。
共通する脆弱性-書類上の確認と実態の乖離
ロシア・中国いずれの事例にも共通しているのは、輸出管理の審査が主に書類上の整合性確認にとどまり、購入者が申告した用途を実際に果たせるだけの実態(人員・設備・商流)を備えているかどうかまでは検証しきれていないという構造的な脆弱性です。海外の専門家は、実質的な所有関係の開示義務化、所有権の急な変更や薄い資本構成、同一住所への複数法人登記といった異常の検知、そして出荷後のシリアル番号・設置場所・保守履歴の追跡といった、書類確認にとどまらない継続的な検証の必要性を指摘しています。
出典
- How Putin Turned Japan Into a Spy Haven – The New York Times
- NYT: GRU’s 20th Directorate uses Tokyo as hub for war tech procurement – United24 Media
- NYT report on GRU procurement network in Japan – RBC-Ukraine
- China’s Facilitation of Sanctions and Export Control Evasion – U.S.-China Economic and Security Review Commission
- China Transshipment and the Southeast Asian Weak Link in Chip Controls – The Economy
- Managing Export Control Risks in the AI Chip Ecosystem – Morrison Foerster
- 追い詰められたロシアが、西欧国の技術情報窃取やスパイ活動を活発化 – セキュリティ対策Lab
- 軍事ドローンのサプライチェーンに潜む中国依存の深刻な実態と日本の対応とデュアルユースの必要性 – セキュリティ対策Lab
- 国家情報会議設置法が参議院で可決・成立-内閣情報調査室を格上げした「国家情報局」が誕生 – セキュリティ対策Lab








