Microsoft Threat Intelligenceは2026年3月6日公開の調査レポートで、脅威アクターがAIをサイバー攻撃ライフサイクル全体に組み込み始めていると指摘しました。現時点で中心になっているのは、言語モデルを使った文面作成、翻訳、要約、コード生成やデバッグ、スクリプトやインフラ構築の補助で、AIが攻撃者の意思決定を完全に置き換えているわけではありません。むしろ、人間の攻撃者が主導権を持ったまま、AIを作業効率を高める加速装置として使っている、というのがMicrosoftの見解です。
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北朝鮮系アクターは採用、就業、持続化の全工程でAIを利用
レポートで象徴例として取り上げられているのが、北朝鮮系のJasper SleetとCoral Sleetです。
Microsoftによると、Jasper SleetはAIを使って偽のデジタル人格を量産し、求人票を分析して役割ごとのスキル要件や表現を抽出し、それに合わせて履歴書やカバーレター、メールアドレス形式、氏名候補まで整えていました。さらに、AI生成コンテンツや合成メディアを使って、プロフィール写真、身分証の改変、開発者ポートフォリオの整備まで行っていたとされます。
Microsoftは、同じ写真をわずかに変えて複数の人格に使い回す例や、Faceswapで北朝鮮ITワーカーの顔を盗用身分証へ差し込んだ例、面接時に音声変換を使って訛りを隠した例も挙げています。これは単なるフィッシング高度化ではなく、合法的な雇用や業務委託に見える形で企業へ入り込み、長期にわたって正規アクセスを悪用する活動にAIが使われていることを意味します。
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AIは偵察、フィッシング、インフラ構築を一気に速くする
Microsoftは、脅威アクターによるAI活用を偵察、リソース開発、ソーシャルエンジニアリング、初期侵入、侵害後活動までの流れで整理しています。偵察段階では、公開済み脆弱性の技術調査、EDR回避やC2構築に使えるツールの選定、業界や職種に合わせた人格設計にAIが使われています。特に、公開情報を読み込ませて役割要件を抜き出し、もっともらしい人物像へ落とし込む工程は、従来よりはるかに短時間で回せるようになっています。
初期侵入では、AIが自然な多言語フィッシング文面、社内連絡や取引先連絡に似せた誘導文、相手の役職や最近の活動に合わせた個別化メッセージの生成を支えています。
Microsoftは、AIによって文法ミスや不自然な言い回しが減り、受信者にとって違和感の少ない誘導が可能になっているとみています。つまり、防御側がこれまで頼ってきた日本語や英語の不自然さだけでは、見抜きにくくなっているということです。
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マルウェア開発でもAIは人間の下請けとして機能している
Microsoftは、AIがマルウェアを単独で自動生成しているというより、人間が主導する開発工程の手間を減らす形で使われていると説明しています。Coral Sleetは、AIコーディングツールを使ってマルウェア部品の生成、改良、別言語への再実装を高速に進めていたとされます。さらに、偽企業サイトの作成、遠隔インフラの準備、ペイロードの試験と展開までを含む一連の流れに、agentic AIツールを使っていた例も確認されたといいます。
興味深いのは、MicrosoftがAI支援コードの特徴にも触れている点です。たとえば、成功や失敗を示す絵文字、会話調のインラインコメント、やけに説明的で冗長な変数名、過剰に抽象化された構造、不統一な命名規則などが、AI支援生成の手がかりになり得るとしています。つまり、防御側はコードの機能だけでなく、書かれ方自体からもAI活用の兆候を拾える可能性があります。
侵害後もAIは横展開と恐喝の実務を支える
侵害後の段階でも、AIは新しい攻撃手法を生むというより、既存の侵害後実務を速くする方向で使われています。Microsoftによると、AIは環境把握、信頼関係の分析、権限昇格経路の検討、収集対象データの優先順位付け、持ち出し対象の選別、さらには恐喝戦略の組み立てにまで使われています。大規模なメールやファイル、データベースを短時間で要約し、どの情報が最も価値が高いか、どの被害者のどこを突けば交渉圧力が高いかを整理できる点が、攻撃者にとって大きいというわけです。
この傾向は、防御側にとって厄介です。攻撃者が侵入後に環境理解へ時間をかけなくても、AIを研究補助に使って素早く次の一手を決められるため、初動の封じ込めが遅れるほど不利になりやすいからです。Microsoftは、AIが侵害後の判断を自動化しているわけではない一方、分析と試行錯誤の時間を縮めることで、攻撃全体のテンポを押し上げていると見ています。
これからの焦点はagentic AIとAIシステムそのものの悪用
Microsoftは、現在の主流は生成AI活用だとしつつも、将来リスクとしてagentic AIへの移行を挙げています。agentic AIは、継続的に目標を追い、段取りを組み、ツールを呼び出し、結果を評価しながら振る舞いを調整する性質を持つため、フィッシング改善、インフラ維持、持続化、OSINT監視などが半自律的に回る方向へ進む可能性があります。現時点では信頼性や運用上の制約から大規模利用は観測していないものの、Microsoftは将来の攻撃実務を変える兆候として注視しています。
加えて、AIそのものが攻撃対象になる流れも出ています。Microsoftは、プロンプトインジェクション、AIサービスやプラグイン、下流の連携先を使ったサプライチェーン悪用、さらにはAI recommendation poisoningのような記憶汚染型の操作にも触れています。現時点ではマーケティング用途での不正誘導が中心としつつも、将来的にはAIが参照する情報や判断の癖そのものを汚染する攻撃へ広がる余地があるとみています。
情シス部門はAI脅威を新種ではなく既存リスクの増幅として扱うべき
このレポートが示す実務的な教訓は、AI脅威をまったく新しいカテゴリとして切り離すより、既存のフィッシング、内部不正、認証情報悪用、侵害後活動の増幅要因として扱うほうが現実的だということです。Microsoftも対策として、AI資産の可視化、AIアプリとAIエージェントのガバナンス、監査ログの有効化、内部不正対策、フィッシング対策、MFAの徹底、Prompt Shieldsのような防御策を挙げています。特に、北朝鮮系リモートITワーカーのようなケースでは、正規アクセスの悪用を内部脅威として扱う必要があると強調しています。
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