机上演習のシナリオ 作成方法 設計手順・Inject・設問例まで解説

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机上演習のシナリオ 作成方法 設計手順・Inject・設問例まで解説

机上演習のシナリオは、「攻撃ストーリーを細かく作ること」から始めると失敗しやすくなります。

先に決めるのは、参加者に何を判断してほしいかです。

たとえば、

  • 重大インシデントの宣言基準を確認したい
  • 経営層への報告経路を確認したい
  • 委託先事故の初動を確認したい
  • 情報流出が未確定な段階の公表判断を確認したい
  • ランサムウェア時の業務停止・復旧優先順位を確認したい

といった演習目的を決め、その判断が必要になるように状況を組み立てます。

IPAの机上演習教材は、過去のランサムウェア被害事例を参考にシナリオを作り、座学とグループディスカッションを組み合わせています。米CISAのCTEPも、シナリオだけでなく、計画、進行、評価、After Action Reportまで一体で設計しています。

シナリオ作成は「目的→判断→状況」の順で考える

机上演習のシナリオ作成では、次の順序が使いやすくなります。

  1. 演習目的を決める
  2. 確認したい判断を列挙する
  3. 参加者と役割を決める
  4. 初期状況を作る
  5. 追加情報(Inject)を作る
  6. 設問を作る
  7. 評価基準を決める
  8. 進行役向け補足を作る
  9. 演習後の改善管理方法を決める

「ランサムウェアのシナリオを作る」だけでは範囲が広すぎます。

同じランサムウェアでも、

  • 封じ込め
  • 顧客通知
  • 工場停止
  • 身代金対応
  • バックアップ復旧
  • 取引先対応

のどこを確認するかでシナリオは変わります。

まず演習目的を1~3個に絞る

1回の演習ですべて確認しようとすると、議論が浅くなります。

90分程度の演習なら、主要目的を1~3個に絞る方法があります。

例:

「委託先から不正アクセスの第一報が来たとき、情報システム、法務、個人情報保護担当が、必要情報を確認して社内報告できるか」

ここまで具体化すると、必要なシナリオが見えてきます。

逆に、

「ランサムウェアへの対応力を高める」

だけでは、何をもって演習成功とするか決まりません。

シナリオの基本構造

実務で使いやすいシナリオは、次の要素で構成できます。

要素 内容
背景 会社・業務・システムの前提
初期状況 最初に参加者へ伝える事象
Inject 時間経過とともに追加する情報
設問 参加者へ判断を求める問い
想定確認事項 手順書、連絡先、ログ、契約など
評価 判断できたか、根拠があったか
改善項目 演習後に修正する事項

CISAのCTEPでも、参加者向けSituation Manualと、進行役・評価者向けの資料を分け、進行役が追加質問を使えるようにしています。

Injectとは

Injectは、演習中に追加で提示する情報です。

一度に全情報を渡さず、状況が変化するたびに参加者へ判断を求めます。

たとえばランサムウェア演習では、

  • 9:00 ファイルサーバーの一部へアクセスできない
  • 9:15 複数端末で暗号化を確認
  • 9:30 バックアップ管理サーバーへの不審アクセスを確認
  • 10:00 主要取引先から納期確認の電話
  • 10:15 攻撃者が情報窃取を主張
  • 10:30 復旧見込みが48時間以上と判明

のように段階化します。

ここで「攻撃者の主張」と「実際に情報流出を確認した事実」は分けます。

ニュース記事と同じく、机上演習でも確認済み事実と未確認情報を混同しない方が、現実に近い判断を練習できます。

良いInjectは「新しい判断」を発生させる

Injectは演出のために追加するものではありません。

追加情報によって、誰かが新しい判断をする必要がある状態を作ります。

悪い例:

「攻撃者のIPアドレスが判明した」

技術チーム以外の判断が変わらないなら、経営層や法務を含む演習では効果が限定的です。

改善例:

「受注システム停止が2時間から48時間へ延びる見込みになった」

これなら、

  • 業務継続
  • 顧客説明
  • 売上影響
  • 復旧優先順位
  • 経営エスカレーション

の判断が発生します。

設問は「何をしますか」だけにしない

「この状況で何をしますか」だけでは、抽象的な回答になりやすくなります。

具体的には次の形にします。

  • 誰が意思決定しますか
  • 何分以内に誰へ報告しますか
  • 判断に不足している情報は何ですか
  • その情報を誰から取得しますか
  • どの手順書・契約・台帳を確認しますか
  • 業務停止による影響は誰が評価しますか
  • 社外へ説明するとき、確認済み事実と未確認事項をどう分けますか
  • 次の判断期限はいつですか

机上演習では、回答内容だけでなく「判断する仕組み」があるかを見ます。

フェーズ別の設問例

フェーズ 設問例
検知 どの条件で重大インシデントとして宣言するか
初動 端末・ネットワークを誰の権限で遮断するか
影響調査 顧客情報へのアクセス有無を確認するために何のログが必要か
経営報告 経営層へ何を確定情報として報告するか
法務・規制 報告・通知要否の判断に不足している事実は何か
広報 第一報で何を公表し、何を「調査中」とするか
復旧 どの業務から戻すか、理由は何か
再発防止 演習後に誰が何をいつまでに修正するか

実インシデントからシナリオを作る方法

セキュリティ対策Labには多数の実インシデントがあります。

そのまま再現するのではなく、事故の「判断が発生した箇所」を抜き出します。

シナリオ例1:事業停止・復旧優先順位

Boston Scientificは2026年8月、一部ITシステムに関するサイバーインシデントで、製造、顧客注文処理、製品出荷に影響が出たと公表しました。

関連記事:ボストン・サイエンティフィック、サイバー攻撃で製造・出荷に影響

この事実から、自社向けには次のような架空シナリオへ変換できます。

初期状況:

「受注管理システムが利用できず、出荷指示を出せない」

Inject:

「復旧見込みは当初2時間だったが、48時間以上へ変更された」

設問:

  • 手作業へ切り替える業務は何か
  • どの顧客を優先するか
  • 売上・契約・医療・安全など、何を復旧優先順位に使うか
  • 顧客へいつ説明するか
  • 経営会議を招集する条件は何か

シナリオ例2:再委託先で情報漏えいのおそれ

大阪・関西万博では2026年、催事業務の再委託先Microsoft 365への不正アクセスが発生し、関係者や出演者の情報を含むメール・添付ファイルに漏えい等のおそれがあると公表されました。

関連記事:大阪・関西万博、再委託先のMicrosoft 365へ不正アクセス

架空シナリオ:

「再委託先から『Microsoft 365へ不正アクセスがあった。対象範囲は調査中』と第一報が届いた」

Inject:

「12時間後、過去プロジェクトの個人情報が残っていたことが判明した」

設問:

  • 何のログ、メールボックス、ファイル一覧を要求するか
  • 契約上の報告期限は満たしているか
  • 再委託先へ直接確認できるか
  • 個人情報の対象者を誰が特定するか
  • 委託終了後の削除確認はどうなっていたか

シナリオ例3:ランサムウェアと営業継続

ワシントンホテルは2026年2月、ランサムウェア感染を公表しました。その後、通常営業を継続しながら調査・復旧を進めています。

関連記事:ワシントンホテル、第3報でランサムウェア被害の状況を更新

架空シナリオ:

「社内管理サーバーが暗号化されたが、顧客向けサービスは動いている」

Inject:

「一部業務データが利用できず、復旧時期は未定」

設問:

  • 営業継続の条件を誰が決めるか
  • 顧客向けシステムと侵害環境の分離をどう確認するか
  • バックアップ復旧前に何を確認するか
  • 公表文で『影響なし』と『確認されていない』をどう使い分けるか

実際の各社対応と、上記の架空シナリオは別です。実インシデントを演習材料にする場合は、この区別を資料上でも明記します。

シナリオに技術情報を入れすぎない

技術情報は、判断に必要な範囲に限定します。

経営層を含む演習で、

  • マルウェアの詳細な挙動
  • exploitの具体的手順
  • 高度なフォレンジック解析

を長く説明すると、技術解説会になりやすくなります。

代わりに、

「外部から不正アクセスが確認された」
「顧客データへのアクセス有無は未確認」
「復旧には最低48時間必要」

といった、判断に直結する情報へ変換します。

ファシリテーター向け資料を別に作る

参加者用と進行役用は分けます。

ファシリテーター用には次を入れます。

  • 演習目的
  • 各Injectの提示タイミング
  • 想定される論点
  • 議論が止まった場合の追加質問
  • 実際の社内規程・手順で確認したい箇所
  • 「正解」ではなく最低限確認したい事項
  • 時間配分
  • 演習終了条件

CISAもFacilitator/Evaluator Handbookを用意し、シナリオに加えて進行と評価を支援する構成を採っています。

評価基準は演習前に決める

演習後に感想だけ集めても、対応力の変化を測りにくくなります。

評価例:

評価項目 確認方法
重大インシデント宣言 責任者と基準を答えられたか
連絡 必要部門へ所定時間内に連絡できたか
情報収集 必要ログ・台帳を特定できたか
経営判断 業務影響を踏まえ判断できたか
外部報告 確認済み事実と未確認情報を分離できたか
復旧 優先順位に事業上の根拠があったか
改善 課題に担当者と期限を設定したか

NIST SP 800-84も、演習を実施して終えるのではなく、評価して計画・能力の改善につなげる考え方を示しています。

机上演習を90分で実施する構成例

セキュリティ対策Labの既存資料は、約90分で実施する構成です。

一例として次の配分にできます。

時間 内容
10分 目的・ルール・役割確認
15分 初期事象・検知
20分 封じ込め・影響把握
20分 経営報告・外部対応
15分 復旧・事業継続
10分 振り返り

自社で利用できる演習資料として、セキュリティインシデント対応 机上演習シナリオ|不正アクセス編・ランサムウェア感染編も公開しています。

シナリオ作成時のチェックリスト

  • 演習目的が1~3個に絞られているか
  • 参加者が実際に担当する役割で参加するか
  • Injectごとに新しい判断が発生するか
  • 情報を最初から全部渡していないか
  • 確認済み事実と未確認情報を分けているか
  • 攻撃手法の説明が長くなっていないか
  • 社内手順書・契約・連絡先を使わせる設計か
  • 技術、法務、広報、事業の判断が交差する場面があるか
  • 評価基準を事前に決めたか
  • 演習後の改善管理まで設計したか

シナリオの完成度は、ストーリーのリアリティだけで決まりません。

参加者が自社の手順書や連絡先を開き、「この判断は誰がするのか」と確認する場面が生まれるかどうかで評価します。

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出典