米サイバー軍、AI予算要求は約27倍、サイバー攻撃・防御の実運用へAIを組み込む

インテリジェンス

投稿日時: 更新日時:

米サイバー軍、AI予算要求は約27倍、サイバー攻撃・防御の実運用へAIを組み込む

米サイバー軍(U.S. Cyber Command、USCYBERCOM)が、人工知能(AI)をサイバー作戦へ本格的に組み込む体制を強めています。

The Recordは2026年9月10日、米サイバー軍の新たなChief Artificial Intelligence Officer(CAIO、最高AI責任者)にRonzelle Green氏が就任したと報じました。米サイバー軍の広報担当者は同紙に対し、Green氏を新たなCAIOとして迎え、初代CAIOを務めたReid Novotny准将の貢献に謝意を示しています。

Green氏は直前まで国家地理空間情報局(NGA)で研究開発部門を率いていました。それ以前には国防防諜・安全保障局(DCSA)のCIOや、国防次官室でFive Eyesを含む情報連携を担うCommonwealth Integrationの責任者を務めています。

米国防総省のFY2027予算資料では、USCYBERCOMの「Artificial Intelligence for Cyberspace Operations」関連要求額は、FY2026の500万ドルからFY2027には1億3,806万8,000ドルへ拡大しています。約27.6倍です。

用途もチャットボット導入ではありません。攻撃対象の分析、作戦計画、マルウェア解析、Hunt Forward、ネットワーク異常検知、指揮統制、RAG、AIエージェントなど、攻撃・防御双方のサイバー作戦へAIを直接組み込む計画です。

米サイバー軍のAI強化のサマリー

  • The Recordによると、USCYBERCOMはRonzelle Green氏を新たなChief Artificial Intelligence Officerに起用しました。
  • Green氏は直前までNGAのResearch and Development Directorを務めていました。
  • DCSAのCIO、国防次官室のCommonwealth Integration責任者などを歴任し、IT、情報機関、研究開発、同盟国との情報連携を経験しています。
  • 米沿岸警備隊予備役でもサイバー分野に関わり、2024年にはCoast Guard Reserve Unit U.S. Cyber Commandの指揮官に就任しました。
  • 米上院は2026年7月14日、Green氏のRear Admiral(Lower Half)への昇任を承認しています。
  • USCYBERCOMのAI関連RDT&EはFY2026の500万ドルからFY2027要求で1億3,806万8,000ドルへ拡大しました。
  • FY2027予算資料では、AIをISR、攻撃的サイバー作戦、防御的サイバー作戦、共通基盤の4領域へ展開します。
  • USCYBERCOMはすでに18件の90日AI施策を完了し、4つのAI能力をCyber Mission Forceの実運用へ移行したとしています。
  • 実運用に移行した能力には、RAGを組み込んだLLMによる情報分析、ターゲティング判断、作戦データ処理の高速化が含まれます。
  • 攻撃側ではAIによる標的開発、自動作戦計画、作戦依存関係分析を進めます。
  • 防御側ではHunt Forwardでのマルウェア解析、ログの大量処理、異常挙動検知、インテリジェンス処理の自動化を進めます。
  • FY2027には機密・非機密双方でAIを扱う開発環境や、高性能なフロンティアモデルを利用するための基盤整備も計画されています。
項目 内容
新CAIO Ronzelle Green氏
前任 Brig. Gen. Reid Novotny
直前の役職 NGA Research and Development Director
FY2026 AI関連額 500万ドル
FY2027 AI関連要求額 1億3,806万8,000ドル
増加幅 約27.6倍
主な対象 ISR、攻撃的サイバー作戦、防御的サイバー作戦、AI共通基盤
90日AI施策 18件完了
実運用移行 4つのAI能力
技術 LLM、RAG、agentic AI、MLOps、AI assurance
戦略上の背景 中国などによるAI・クラウド・高度分析への投資

Ronzelle Green氏、情報機関と研究開発をまたぐ経歴

Green氏の経歴で目立つのは、AIだけを専門としてきた人物ではないことです。

NGAではResearch and Development Directorとして、地理空間情報(GEOINT)の研究成果を実際の作戦へ移す役割を担っていました。

NGAは国防総省のCombat Support Agencyであると同時に、米情報コミュニティの構成機関です。衛星画像や地理空間データを分析し、軍や情報機関へ提供します。

NGAの公式発表では、Green氏は違法・無報告・無規制漁業を予測する技術開発などにも関わり、商用技術やAI・機械学習を実際の任務へ移行する取り組みを進めていました。

米サイバー軍が現在直面している課題も似ています。

AIモデルの研究自体より、研究段階のAIを機密ネットワーク、攻撃作戦、防御作戦、Cyber Mission Forceの日常業務へどう移すかが問題になっています。

Green氏がNGAで担っていた「研究から運用への移行」という役割は、そのままUSCYBERCOMの現在の課題と重なります。

DCSAでは900人規模から1万人超への組織拡大を支えるIT変革

Green氏はNGAの前に、国防防諜・安全保障局(DCSA)のCIOを務めています。

米政府資料によると、DCSAでは組織統合と急速な人員拡大に伴うデジタルトランスフォーメーションを指揮しました。

DCSAは複数の組織を統合して拡大した機関で、Green氏はIT戦略、運用、サイバーセキュリティを含む情報基盤の整備を担当しました。

USCYBERCOMでもAI導入は、モデルを購入して終わる話ではありません。

機密データを扱う基盤、GPU、クラウド、モデル管理、アクセス制御、評価環境、Cyber Mission Forceへの展開、教育まで同時に整備する必要があります。

その意味では、大規模な組織変革とIT統合を経験したGreen氏の経歴がCAIOの職務とつながります。

Five Eyesの情報統合を担当した経歴

Green氏はDCSA以前、国防次官(情報・安全保障担当)室でDirector of Commonwealth Integrationを務めていました。

DCSAの公式資料では、Green氏はこの役職でCommonwealth partnersをDefense Intelligence Enterpriseへ統合する責任を担っていたと説明されています。

米政府の別資料では、Five Eyesコミュニティ全体で情報協力、情報アクセス、IT統合を進める役割だったことが記載されています。

Five Eyesは米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドによる情報協力枠組みです。

サイバー作戦では、一国だけで収集した情報よりも、同盟国・パートナーが持つ通信、マルウェア、インフラ、攻撃主体に関する情報を統合する方が価値が高くなります。

AIをCyber Mission Forceへ展開する場合も、データ形式やアクセス権限、機密区分、モデルへの投入条件が国・組織ごとに異なるため、技術だけでは統合できません。

Green氏の経歴は、USCYBERCOMがAIを単一の本部システムとしてではなく、情報機関や同盟国をまたぐ作戦基盤として扱おうとしている現在の方向と整合します。

沿岸警備隊ではUSCYBERCOM予備役部隊の指揮官

Green氏は米沿岸警備隊予備役でも長く情報・サイバー分野に関わっています。

米沿岸警備隊は2024年10月、初の予備役サイバー部隊を設置しました。

その一つである「Coast Guard Reserve Unit U.S. Cyber Command」は15のポストで始動し、当時大佐だったGreen氏が指揮官に就任しています。

同部隊にはCISA、海軍、他の政府機関、金融・銀行など民間企業でサイバーセキュリティやレジリエンスに関わる人材も含まれていました。

Green氏は民間のAI・研究開発だけを経験してきた管理職ではなく、軍、情報機関、政府IT、サイバー作戦にまたがる経歴を持っています。

2026年7月14日には米上院がGreen氏のRear Admiral(Lower Half)への昇任を承認しています。

USCYBERCOMのAI予算要求は500万ドルから1億3,806万8,000ドルへ

人事以上に大きいのが予算の変化です。

米国防総省のFY2027 RDT&E予算資料では、「Artificial Intelligence」プロジェクトに対しFY2027で1億3,806万8,000ドルを要求しています。

FY2026は500万ドルでした。

単純比較では約27.6倍になります。

ただし、1億3,806万8,000ドルはFY2027の予算要求額であり、最終的な歳出額が確定したという意味ではありません。

それでも、500万ドル規模の試行から1億ドルを超える作戦基盤へ移そうとしていることは、予算資料から明確です。

FY2026の500万ドルは、主にCyber National Mission Force内でAIを90日単位で試すための資金でした。

FY2027は、そこで得られた能力をCyber Mission Force全体へ拡張する段階に入ります。

18件の90日AI施策を実施、4件を実運用へ移行

USCYBERCOMはすでにAIを研究室だけで試しているわけではありません。

FY2027予算資料では、18件の90日AI operational capability development initiativeを完了したとしています。

このうち4つのAI能力をCyber Mission Forceの実運用へ移行しました。

その一つが、Retrieval Augmented Generation(RAG)を組み込んだ大規模言語モデルです。

USCYBERCOMは、このLLMを情報分析、ターゲティング判断、作戦データ処理の高速化に利用していると説明しています。

GPUを調達してLLMをローカル環境で動かす基盤も整備し、Cyber Mission ForceがオンラインLLMを利用する環境も構築しました。

さらに、攻撃的・防御的サイバー作戦を支援するAI「copilot」の開発も進めています。

ここまで来ると、USCYBERCOMのAIは職員向け文章生成ツールという位置づけではありません。

サイバー作戦の分析・判断・実行速度を上げるための作戦システムになっています。

攻撃的サイバー作戦では標的開発と作戦計画をAI化

FY2027予算資料は、AIの用途を攻撃的サイバー作戦(Offensive Cyberspace Operations、OCO)まで具体的に記載しています。

対象はAIを使った標的開発、自動化された作戦計画、mission dependency analysisです。

USCYBERCOMは、これによってターゲティングサイクルを短縮し、作戦計画を高速化するとしています。

サイバー作戦では、侵入可能なシステムを見つけるだけでは実際の軍事効果にはつながりません。

対象システムが軍の通信、センサー、兵站、指揮統制のどこにつながっているかを分析し、どのタイミングでどの作戦を実行するかを判断する必要があります。

AI投資の狙いは、この分析と計画にかかる時間を圧縮し、司令官へ提示できる作戦選択肢を増やすことです。

セキュリティ対策Labでは、2026年の米国による対イラン作戦でUSCYBERCOMが物理攻撃に先行して通信・センサー網を妨害した事例も整理しています。

関連:
米国の対イラン作戦でサイバー領域が先行-作戦開始前にサイバー攻撃で対象の通信・センサー網を攪乱

防御ではHunt Forwardのマルウェア解析と大量ログ処理を高速化

AI投資は攻撃作戦だけではありません。

防御的サイバー作戦(Defensive Cyberspace Operations、DCO)では、インテリジェンス処理の自動化、Hunt Forward Operationsでのマルウェア解析、高ボリュームのネットワーク・ホストログ処理などが対象になっています。

USCYBERCOMは、AI/MLを使ってシグネチャだけでは捉えにくい異常挙動を検出し、大量データから高度な持続的脅威への対応を早める計画です。

Hunt Forwardは、パートナー国などのネットワークへCyber National Mission Forceの要員を派遣し、実際の環境で敵対的な活動を探索する任務です。

現地で取得する大量のログやマルウェアを短時間で分析できれば、パートナー側の防御だけでなく、その後の米国ネットワーク防衛にも情報を還元できます。

USCYBERCOMは2025年の議会向け説明で、AI Task Forceのパイロットがすでに実際の作戦へ影響を与えていると説明していました。

2026年の予算資料では、そのパイロットをより大きな作戦規模へ移す段階に入っています。

RAG、AIエージェント、MLOpsを軍のサイバー基盤へ統合

FY2027の投資対象には、生成AIを軍のサイバー作戦へ継続的に配備するための共通基盤も含まれます。

予算資料には、

  • AI assurance
  • C2 enhancement
  • model training
  • technical workforce development
  • machine learning operations(MLOps)
  • cloud-based generative AI
  • Retrieval Augmented Generation(RAG)
  • agentic AI framework
  • model provenance
  • security and risk assessment

が明記されています。

つまりUSCYBERCOMは、単一のLLMを導入するのではなく、モデルを訓練し、更新し、評価し、出所を管理し、作戦環境へ継続配備する仕組みを構築しようとしています。

FY2027の運用・維持予算資料では、FY2026にAIガバナンスの基盤整備、NSAとの連携、インフラ計画を開始し、FY2027には機密・非機密双方のAI開発環境「AI sandboxes」と、高性能なfrontier-model capabilitiesを運用できる基盤を展開するとしています。

中国とのサイバー競争をAI投資の理由に明記

USCYBERCOMは予算拡大の理由として、中国を明示しています。

FY2027予算資料は、中国を中心とする敵対国がAI、クラウド、高度分析へ大規模投資し、米国の重要インフラを危険にさらす能力を高めていると説明しています。

そのうえで米国側も、大量データの処理、悪意ある活動の識別、脅威への対応を人間だけの場合より高速化する必要があるとしています。

ここで競っているのは、生成AIモデルのベンチマーク性能だけではありません。

誰が先に大量のデータを取り込み、敵の活動を把握し、攻撃または防御の判断を行い、作戦へ反映できるかという「decision superiority」の競争です。

2026年6月のUSCYBERCOM司令官Joshua Rudd大将の議会向け姿勢声明でも、AIとビッグデータの環境では、データ収集、モデル構築、展開、更新を大規模かつ高速に継続できる側が作戦・戦略上の優位を得ると説明しています。

NSAは「AIを守る」、USCYBERCOMは「AIを作戦で使う」

同じFort Meadeを拠点とするNSAも、2023年からArtificial Intelligence Security Center(AISC)を運営しています。

ただし役割は同じではありません。

NSAのAISCは、AIシステムの学習データ、モデル、能力、ライフサイクルを攻撃や窃取から守ることを中心にしています。

一方、USCYBERCOMのAI投資は、AIを実際のサイバー作戦へ投入することが中心です。

攻撃対象の分析、マルウェア解析、Hunt Forward、作戦計画、ターゲティング、C2まで含まれます。

USCYBERCOMのFY2027運用予算にはNSAとのAIパートナーシップも盛り込まれています。

AIを安全に運用する側と、AIを使ってサイバー作戦を高速化する側が、Fort Meadeで密接に連携する構造です。

Green氏の起用は「AIプロジェクト」から「AI作戦基盤」への移行と重なる

USCYBERCOMは2023年に5年間のAI Roadmapをまとめ、2024年にはCyber National Mission ForceへAI Task Forceを置きました。

その後、90日単位のパイロットを繰り返し、18件を完了、4件を実運用へ移しています。

そしてFY2027ではAI関連要求額を1億3,800万ドル規模へ増やし、攻撃、防御、ISR、共通基盤へ展開します。

Green氏の起用は、このタイミングと重なります。

NGAでは研究成果を実運用へ移し、DCSAでは大規模なIT変革を担当し、国防次官室ではFive Eyesを含む情報統合に携わりました。沿岸警備隊予備役ではUSCYBERCOMとの接点も持っています。

USCYBERCOMがこれから取り組むのは、AIモデルを試すことより、各部隊で個別に進んできたAIを共通の作戦基盤として運用し、機密データ、モデル、インフラ、人材を統合することです。

今回の人事は、米軍のサイバー作戦におけるAIが「研究テーマ」から「作戦能力」へ移りつつある段階で行われたものと位置づけられます。

企業のAIセキュリティについては「AIセキュリティとは|生成AIのリスク・AIへのサイバー攻撃・情報漏洩・対策まとめ」、米軍のAIを活用したサイバー防衛については「米 防衛大手Leidos、米陸軍と3億100万ドルのサイバー防衛契約」でも整理しています。

出典