米国務省は2026年8月10日、トランプ政権発足以降のビザ取消件数が17万5,000件を超えたと公式に発表しました。犯罪行為への関与、米国市民への暴力の扇動、詐欺、移民制度の悪用、国家安全保障上の懸念など、幅広い理由が挙げられています。この動きは、刑事法と移民法が接近する「クリミグレーション(Crimmigration)」という学術的概念から分析できる事例でもあります。一方で、ビザ取消と強制送還は米国の法制度上別の手続きとして扱われており、実務上の複雑さや人権上の懸念も指摘されています。外国人材の受け入れを拡大する日本にとって、入国後の在留管理のあり方を考えるうえで参考になる論点を多く含む事例です。
この記事のサマリー
- 米国務省は2026年8月10日、トランプ政権発足(2025年1月)以降のビザ取消件数が累計17万5,000件を超えたと発表しました。バイデン政権下の2024年の取消件数(約4万件)と比較すると、トランプ政権1年目(2026年1月時点)は約10万件超と150%の増加で、2026年8月までに累計17万5,000件超へさらに拡大しています。
- 本記事では、国務省が公表した事例を、重大な犯罪・暴力行為、飲酒運転・治安妨害等の公共安全上の懸念、出産ツーリズムやメディケイド詐欺等の制度悪用・経済犯罪、国家安全保障・外交上の懸念という4分野に整理します。これは本記事独自の整理であり、国務省が公式にこの4分類を用いているわけではありません。
- 米国の移民法体系では、「ビザ」(入国のための文書)と「滞在ステータス」(国内滞在の許可)が別の法的概念として扱われており、ビザが取り消されても直ちに強制送還に至るとは限りません。2004年の連邦最高裁判決『Leocal v. Ashcroft』では、少なくとも過失で成立するDUI(飲酒運転)犯罪について、連邦法上の「暴力犯罪」には該当せず、これを「加重重罪」として強制送還することはできないと判断されました。ただし、これはDUI以外の退去強制事由の成立まで排除するものではありません。
- この結果、ビザを取り消された対象者が米国内に留まり続ける一方、出国すれば新たなビザ取得が必要になるため、事実上海外渡航を控えざるを得なくなるケースがあるとの指摘があります。
- タフツ大学の学生Rumeysa Ozturk氏の事案など、具体的な証拠が示されないまま活動家がビザ取消・拘束の対象になった事例もあり、ACLU等の人権団体は法的手続きの逸脱を懸念しています。
- 日本も2023年成立・2024年6月施行の改正入管法により、送還停止効の例外規定(3回目以降の難民認定申請者等)や、収容に代わる「監理措置制度」を導入するなど、異なる法的手段の組み合わせで在留管理の厳格化を進めています。
整理表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発表日 | 2026年8月10日 |
| 発表機関 | 米国務省 |
| 累計ビザ取消件数 | 17万5,000件超(トランプ政権発足2025年1月以降) |
| 参考:バイデン政権下2024年の取消件数 | 約4万件 |
| 参考:トランプ政権1年目の取消件数 | 約10万件(前年比150%増) |
| 主な取消理由 | 犯罪行為、米国市民への暴力の扇動、詐欺、移民制度の悪用、国家安全保障上の懸念 |
| 根拠法令 | 移民国籍法(INA)第221条(i)、連邦規則集22 CFR 41.122 |
| ビザと滞在資格の関係 | 別の法的概念、ビザ取消は滞在資格(I-94)を自動失効させない |
| 関連判例 | Leocal v. Ashcroft(2004年、連邦最高裁、543 U.S. 1) |
| 日本の関連法改正 | 2023年成立・2024年6月10日施行の改正入管法(送還停止効の例外、監理措置制度の新設) |
トランプ政権のビザ取消政策の全体像
米国務省の発表によると、トランプ政権下でのビザ取消は、ビザの条件に違反した者、犯罪行為に関与した者、米国市民に対する暴力を煽動した者、米国人を対象とした詐欺を働いた者、米国の移民制度を悪用した者、国家安全保障を脅かすとみなされた外国人が対象とされています。マルコ・ルビオ国務長官のもとで、国務省は「米国のビザは権利ではなく特権である」との原則を掲げています。
対象となった具体的な事例として、国務省は北アフリカの米大使館単独で、子供に米国籍を取得させる目的で渡米した「出産ツーリズム」の親のビザを100件以上一斉に取り消した事例、500万ドル以上のメディケイド詐欺を首謀した外国人の事例、虚偽の企業実績を用いて就労ビザを不正取得した詐欺の事例などを挙げています。国家安全保障・外交上の理由では、キューバの共産党政権の影響力工作に関与したキューバ国籍者や、イラン政権と関係を持つイラン国籍者のビザが無効化されています。
あわせて、ミネソタ州で児童性的虐待の罪に問われ、州の恩赦委員会(ウォルツ知事を含む3名で構成)から恩赦を受けたラオス国籍の男性Tou Lue Vang氏について、トランプ政権はルビオ国務長官が同氏の「法的地位を終了させた」と発表し、ICE(移民関税執行局)が2026年7月にラオスへ送還しました。この事例は、州レベルの恩赦権限と連邦の移民執行権限が衝突した象徴的なケースとして、米国内でも大きな政治的議論を呼んでいます。
言論・活動に関する取り締まりも行われており、保守派活動家チャーリー・カーク氏の暗殺事件を称賛する投稿を行った外国人のビザが即座に取り消された事例も報告されています。
制度面の変更:留学生ビザの在留期間ルール見直し
ビザ取消とあわせて、在留管理そのものの制度変更も進んでいます。米国土安全保障省(DHS)は2026年7月17日、F-1(学生)・J-1(交流訪問者)ビザ等について、現行の「Duration of Status(在学期間中は在留可能)」制度を、固定期間制へ変更する最終規則を公表しました。2026年9月15日の施行が予定されており、新規則の対象となるF-1では、修了後の猶予期間も原則60日から30日に短縮されます。なお、既に米国内でDuration of Statusにより滞在している者については、一定の経過措置が設けられています。あわせて、F/M/J、H-1B等複数のビザカテゴリーで、申請者にSNSアカウントを公開状態にするよう求める運用も拡大されています。
「クリミグレーション」という学術的視点
この一連の政策動向は、米国の法学界で「クリミグレーション(Crimmigration)」と呼ばれる現象の延長線上にあります。ジュリエット・スタンプ教授らの研究によれば、1996年制定の「反テロリズムおよび効果的死刑法(AEDPA)」と「不法移民改革および移民責任法(IIRIRA)」以降、米国では軽微な犯罪であっても強制送還や移民法上の不利益に直結しやすい構造が強化されてきました。犯罪捜査・逮捕情報をビザ管理に直結させる現在の政策は、この刑事司法と移民管理の接近を示す事例の一つと位置づけられます。
人権団体からの懸念
こうした執行強化に対しては、人権団体等から懸念の声も上がっています。タフツ大学の学生Rumeysa Ozturk氏の事案では、DHSは同氏が「ハマスを支持する活動に関与した」と主張しましたが、当時具体的な証拠は公表されませんでした。その後、政府内部資料でもテロ組織支持を裏づける証拠は確認できなかったと報じられ、2026年1月には移民裁判官が退去手続を打ち切っています。米国自由人権協会(ACLU)などは、移民を標的とした監視や予防的な措置が、適正な法的手続きを逸脱するおそれがあると懸念を示しています。
法的構造:予防的ビザ取消と強制送還の分離
今回の政策を理解するうえで重要なのが、米国の移民法体系における「ビザ」と「滞在ステータス」の法的分離です。ビザは入国のための文書に過ぎず、米国内での滞在許可(I-94で規定される滞在資格)とは別のものとして扱われます。国務省の領事官は、移民国籍法第221条(i)および連邦規則集22 CFR 41.122に基づき、裁量権をもってビザを取り消す権限を持っており、飲酒運転での逮捕歴が発覚した場合などに、有罪・無罪の司法判断を待たずに「予防的ビザ取消(Prudential Visa Revocation)」を行うことがあります。
しかし、DHSが管轄する国内の滞在ステータスは、このビザ取消によって自動的に無効になるわけではありません。国務省のForeign Affairs Manual(FAM)では、ビザ取消とは別に、必要に応じてDHSが移民国籍法第237条に基づく退去手続を開始する仕組みが示されています。つまり、ビザの取消と国内での退去強制手続は、もともと別の法的プロセスとして運用されています。この結果、ビザを取り消された人物が米国内に留まり続ける一方、いったん出国すれば取り消されたビザでの再入国はできず、原則として新たなビザの取得が必要になります。学業や就労を継続する外国人にとっては、この点が事実上、海外渡航を控えざるを得ない状況を生んでいるとの指摘があります。
Leocal v. Ashcroft判決という法的な壁
DUIによる強制送還をめぐっては、2004年の連邦最高裁判決『Leocal v. Ashcroft』(543 U.S. 1)が重要な法的基準になっています。この裁判は、フロリダ州でDUIにより重大な人身傷害を引き起こしたハイチ国籍の永住権保持者、ジョシュエ・レオカル氏の強制送還の可否が争われたものです。政府側は、DUIの有罪判決が連邦法(18 U.S.C. §16)の定める「暴力犯罪」に該当し、加重不法行為として強制送還の対象になると主張しましたが、連邦最高裁は全会一致でこれを退けました。最高裁は、「物理的な力の使用」という文言には、単純な過失や偶然の事故を超える程度の犯意(mens rea)が必要だと判示し、フロリダ州のDUI法のように少なくとも過失を要件とする犯罪は「暴力犯罪」には該当せず、これを「加重重罪」として退去強制することはできないとしました。ただし、この判決はDUI以外の退去強制事由が別途成立する場合まで排除するものではなく、あくまで「過失型DUIを加重重罪として送還するルート」を限定した判決です。ビザ取消と国内での退去強制手続は、そもそも国務省とDHSという別々の機関による、別の法的手続きとして運用されている点にも留意が必要です。
日米の退去強制制度の比較
こうした米国の状況は、外国人労働者の受け入れを拡大する日本にとっても、参考になる論点を含んでいます。日本の出入国管理及び難民認定法(入管法)第24条4号リは、「無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者(執行猶予の言渡しを受けた者を除く)」を退去強制事由として定めています。薬物犯罪については、これとは別に、罰金以上の刑や執行猶予付きの判決でも退去強制事由に該当し得る、より厳格な規定が設けられています。
飲酒運転や交通違反については、罰金刑のみの軽微な違反や1年以下の拘禁刑、執行猶予付きの判決であれば、直ちに第24条に基づく退去強制手続きが開始されるわけではありません。ただし、在留期間の更新審査では素行が総合判断の一要素となり、永住許可では「素行が善良であること」が法律上の要件として明示されています。2024年11月施行の改正道路交通法により、自転車の「ながらスマホ」や酒気帯び運転について罰則が新設・強化されるなど、交通法規の厳罰化も進んでおり、こうした違反歴は在留資格の変更・更新申請書への記載義務の対象になっています。こうした違反や刑事処分は、在留期間の更新審査で不利に評価される可能性があります。
日本の2023年・2024年入管法改正
日本も近年、退去強制令書が発付されたにもかかわらず本国送還を拒否する「送還忌避者」の増加と、それに伴う収容施設の課題に直面してきました。これを受け、2023年6月に成立し、2024年6月10日に主要部分が施行された改正入管法により、制度改革が行われています。
改正前は、難民認定申請中は一律に強制送還が停止される「送還停止効」がありましたが、改正法では3回目以降の申請者について、この例外を設けました。ただし、保護すべき相当の理由を示す資料が提出された場合は、再び送還停止の対象となります。また、3年以上の実刑に処された者やテロリスト等についても、例外的に送還停止効を解除できる仕組みが導入されました。
あわせて、収容せずに退去強制手続を進める「監理措置制度」も新設されています。親族や支援者を「監理人」として選定し、社会生活を送りながら手続きを進める仕組みです。退去強制令書発付後の被監理者は、そもそも就労自体が認められておらず、収入を伴う事業を運営したり、報酬を受ける活動を行ったりした場合には、3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金(または併科)が科されます。自発的な帰国を促す仕組みとして、一定の要件を満たす自主出国者の上陸拒否期間を、従来の5年から1年へ短縮するインセンティブ設計も盛り込まれました。
米国が国務省によるビザ取消という行政手段を積極的に活用する一方、日本は在留更新審査・退去強制・監理措置・送還停止効の例外という複数の法的手段を組み合わせて在留管理を行っている点が、両国の制度上の違いといえます。
今後注目すべき点
外国人材の受け入れ拡大を進める日本にとって、入国前審査だけでなく、入国後の滞在管理と法令違反時の対応メカニズムの設計は、今後さらに重要性を増すと考えられます。
- 米国の「予防的ビザ取消」のような、司法判断に先行する行政裁量の活用が、他国の移民政策にどこまで波及するか
- 日本における送還忌避者数・収容者数の推移と、2024年改正入管法の運用実績
- 米国の人権団体等が指摘する法的手続き上の懸念について、今後の訴訟・行政訴訟の動向
- 日本国内での外国人材受け入れ拡大に伴う、在留管理制度のさらなる見直しの議論の有無
出典
State Department Revokes More Than 175,000 Visas——米国務省
Trump administration has revoked more than 175,000 visas, State Department says——Reuters
Trump Admin Revokes 175,000 Visas: How That Compares to Biden——Newsweek
DEPORTED: DHS Removes Convicted Child Rapist Pardoned by Minnesota Governor Tim Walz——米国土安全保障省(DHS)








