ネット誹謗中傷の慰謝料、算定の考慮要素を明文化へ-法務省が研究会、民法改正も視野

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ネット誹謗中傷の慰謝料、算定の考慮要素を明文化へ-法務省が研究会、民法改正も視野

法務省が、インターネット上の誹謗中傷を含む精神的損害の賠償について、慰謝料の算定方法や差止め請求の判断要素を整理する有識者研究会を設置します。

毎日新聞は2026年9月29日、山下貴司法相が同日の閣議後記者会見で明らかにしたと報じました。研究会は民法学者、弁護士、裁判官の計10人で構成し、山本敬三・早稲田大学法学学術院教授を座長として9月30日に初会合を開く予定です。

背景には、SNSなどで名誉を傷つけられた被害者が投稿者を特定して損害賠償を求めても、裁判所が認める慰謝料が数十万円程度にとどまるケースが多く、被害の大きさに対して低額ではないかという議論があります。

法務省が2026年4月に公表した裁判例調査では、インターネット上の名誉権・名誉感情侵害を扱った対象事案118件の慰謝料は平均47万円、中央値30万円でした。

研究会は特定の投稿に対して「慰謝料は○万円」と一律に決める表を作る予定ではありません。毎日新聞によると、表現内容、拡散範囲、侵害の程度など、裁判所が賠償額を判断する際の考慮要素を明文化し、将来的な民法改正の検討につなげる方針です。

ネット誹謗中傷の慰謝料見直しに関するサマリー

  • 法務省が精神的損害の賠償制度を検討する有識者研究会を設置すると、毎日新聞が2026年9月29日に報じました。
  • 研究会は学者、弁護士、裁判官の計10人で構成され、9月30日に初会合を開く予定です。
  • 座長は民法を専門とする山本敬三・早稲田大学法学学術院教授です。
  • インターネット上の誹謗中傷で認められる慰謝料が低額との指摘が、検討の背景にあります。
  • 法務省の2026年4月調査では、ネット上の名誉権・名誉感情侵害118件の慰謝料は平均47万円、中央値30万円でした。
  • 118件のうち慰謝料30万円未満は46.6%でした。
  • 研究会は一律の慰謝料金額を提示するのではなく、算定時の考慮要素の明文化を検討します。
  • 投稿などの差止めを判断する際の考慮要素も検討対象になる見込みです。
  • 未成年者の性被害などを念頭に、不法行為の消滅時効も検討課題になると報じられています。
  • 法務省は研究会で論点を整理した後、法制審議会への諮問と民法改正を検討する考えと報じられています。
  • 9月29日15時時点では、新研究会の公式ページと同日の法務大臣会見要旨は法務省サイトで確認できません。
項目 内容
公表・報道日 2026年9月29日
検討主体 法務省が設置する有識者研究会
初会合 2026年9月30日予定
座長 山本敬三・早稲田大学法学学術院教授
構成 学者、弁護士、裁判官など計10人
主なテーマ 不法行為法制、精神的損害の賠償
ネット中傷での論点 慰謝料算定の考慮要素、差止め請求の判断要素
固定の慰謝料表 想定されていない
今後 論点整理後、法制審議会への諮問・民法改正を検討
4月の法務省調査 ネット事案118件、慰謝料平均47万円、中央値30万円

現行民法は慰謝料を認めるが、金額の算定方法は定めていない

ネット上の誹謗中傷による民事上の損害賠償は、民法の不法行為制度を基礎とします。

民法709条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者に、発生した損害を賠償する責任を負わせています。

民法710条は、名誉を侵害した場合を含め、財産以外の損害についても賠償しなければならないと規定しています。

一方、民法には「名誉毀損なら○万円」「SNSで100万人に拡散した場合は○万円」といった慰謝料額の計算式や算定表はありません。

裁判所は、投稿内容、侵害された権利、表現の悪質性、投稿回数、閲覧可能な範囲、社会的評価への影響、被害者側に生じた不利益など、個別の事情を踏まえて金額を判断しています。

このため、同じSNS上の投稿でも認容額には幅があります。今回の研究会では、この裁判実務で用いられてきた考慮要素を整理し、明文化できるかが検討されます。

法務省調査、ネット中傷の慰謝料は中央値30万円

今回の制度検討に先立ち、法務省民事局は2026年4月、「インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書」を公表しました。

調査は、名誉権または名誉感情の侵害を認め、損害賠償請求を認容した裁判例203件を対象にしています。

このうち、主にインターネット上の媒体による権利侵害は118件、新聞、雑誌、ビラなどインターネット以外の媒体を主とする事案は85件でした。

ネット上の118件では、認められた慰謝料の平均額は47万円、中央値は30万円、最大額は349万円でした。

認容された慰謝料 件数 割合
10万円未満 7件 5.9%
10万円以上30万円未満 48件 40.7%
30万円以上50万円未満 23件 19.5%
50万円以上100万円未満 21件 17.8%
100万円以上150万円未満 14件 11.9%
150万円以上 5件 4.1%

30万円未満が全体の46.6%を占めました。

法務省は報告書で、近年、インターネット上の誹謗中傷について慰謝料等が低廉だとの指摘が各所から出ていることを、調査実施の背景として挙げています。

ただし、この数字は民間の裁判例データベースから一定の条件で抽出した公表裁判例の集計です。法務省も、同種の紛争すべてを網羅した統計ではないことを前提に調査しています。

投稿回数や拡散範囲などが慰謝料額に反映

4月の法務省調査では、裁判所がどのような事情を慰謝料額へ反映しているかも整理されました。

ネット上の事案では、権利侵害性の強い表現であること、不特定多数が内容を認識できる状態だったこと、社会的評価の低下が大きいこと、投稿が反復・継続していることなどが増額方向の事情として現れています。

投稿回数による差も確認されています。

調査対象では、投稿1回の事案の慰謝料平均額が30.7万円だったのに対し、10回以上49回以下の事案では78.3万円でした。

ソーシャルメディア上で確認された高額事例では、ブログや旧Twitterなどで千回を超える投稿を繰り返した事案で349万円が認容されています。

単一の投稿文だけを見るのではなく、投稿回数、閲覧者数、発信者の影響力、被害が続いた期間などを組み合わせて評価する裁判例が蓄積されています。

研究会が考慮要素を明文化した場合、被害者側と投稿者側の双方にとって、どの事情が賠償額に影響するのかを予測しやすくなる可能性があります。

「慰謝料○万円」の全国一律基準を作る検討ではない

「慰謝料の基準明確化」という表現から、交通事故の算定表のように投稿内容ごとの固定金額が設定されるようにも受け取れます。

毎日新聞の報道では、法務省は研究会が適正な金額そのものを示すことは想定していないとしています。

検討の中心は、裁判所が個別事案の慰謝料を算定する際に、どの事情を考慮するかを法律上明確にすることです。

現在も裁判例では多数の考慮要素が使われていますが、民法の条文自体には算定方法が書かれていません。

法制化が進んだ場合でも、個別の投稿について最終的な慰謝料額を判断するのは裁判所という構造が基本になります。

2001年から「損害賠償額が低額」との問題提起

慰謝料額を巡る議論は、SNS普及後に突然始まったものではありません。

司法制度改革審議会は2001年6月の意見書で、損害賠償額の認定について「全体的に見れば低額に過ぎる」との批判があることを取り上げ、必要な制度上の検討を行うとともに、過去の相場にとらわれず事案に応じて認定することが望まれるとの考えを示しています。

2026年3月の参議院予算委員会でも、ネット上の誹謗中傷を巡る損害賠償額の低さが取り上げられました。

当時の法務大臣は、裁判所が個別具体的な事情を踏まえて判断する事柄だとしたうえで、被害者が受けた不利益を十分に補填する適切な損害賠償額が認められることが必要との認識を示しています。

法務省民事局はその時点で、公開裁判例を収集し、慰謝料の動向や算定時の考慮要素、発信者情報開示に要した費用の認容状況を調査していると答弁しました。

その結果として4月の調査報告書が公表され、今回の研究会設置へと議論が進んだ形です。

発信者情報開示や削除制度とは別に「賠償額」を検討

ネット上の誹謗中傷対策では、すでに複数の制度改正が行われています。

匿名投稿者を特定する発信者情報開示制度は、現在の「情報流通プラットフォーム対処法」に規定されています。

大規模なSNSや掲示板などには、権利侵害情報の削除申出を受け付ける方法を整備し、一定期間内に判断・通知することや、削除基準などを公表する義務も設けられています。

セキュリティ対策Labでは、情プラ法に基づく大規模プラットフォームの指定状況を「総務省、pixiv・note・ガールズちゃんねる・好き嫌い.comなど4サイトを情プラ法の『大規模プラットフォーム』に追加指定」で整理しています。

刑事面では、2022年の刑法改正で侮辱罪の法定刑が引き上げられました。法務省は施行3年後の検証として2025年から2026年に有識者による「侮辱罪の施行状況に関する刑事検討会」を開催しています。

今回の研究会が扱うのは、こうした投稿削除や刑罰とは異なり、被害者が民事上の損害賠償を求めた際に、精神的損害をどのように評価するかという不法行為法制です。

投稿の差止めや未成年者の性被害の消滅時効も検討対象へ

研究会の対象はネット誹謗中傷だけではありません。

毎日新聞によると、研究会のテーマは広く「不法行為法制のあり方」とされ、投稿などの差止め請求を判断する際の考慮要素も検討します。

亡くなった人への中傷では、遺族の「敬愛追慕の情」の侵害を認めて損害賠償を命じた裁判例がある一方、法務省は死者に対する投稿の差止めが認められたケースを把握していないと報じられています。

消滅時効も論点になる見込みです。

現在の民法では、人の生命・身体を害する不法行為について、被害者が損害と加害者を知った時から5年間、または不法行為時から20年間の時効が規定されています。

未成年者への性被害は、被害を認識し訴えるまで長い時間を要する場合があります。研究会では、こうした被害特性を現在の時効制度でどう扱うかも検討課題になると報じられています。

法制審議会への諮問・民法改正はこれから

9月29日時点では、民法改正案が決まった段階ではありません。

毎日新聞によると、法務省は研究会で損害賠償額の算定方法などの論点を整理した後、法務大臣の諮問機関である法制審議会に民法改正を諮問したい考えです。

研究会で今後確認したいのは、慰謝料算定の考慮要素として何を条文化するのか、差止め請求にどのような要件を置くのか、現在の填補賠償の考え方を維持するのか、消滅時効をどこまで見直すのかです。

法務省はこれまで、英国、ドイツ、フランスにおける名誉権侵害等の損害賠償制度や、米国を含む海外の利益吐き出し型損害賠償制度なども調査しています。

9月30日の初会合以降、研究会資料や議事要旨が法務省から公表されれば、具体的な制度案が明らかになります。

企業の法務・広報・リスク管理部門への影響

制度が改正された場合、影響は個人間のSNSトラブルだけに限りません。

企業や役員、従業員がネット上で名誉・信用を侵害された事案、従業員が第三者への中傷を書き込んだ事案、企業公式アカウントの投稿が他者の権利を侵害した事案でも、損害賠償額を評価する考慮要素が明確になる可能性があります。

企業側では、被害発生時に投稿本文だけでなく、URL、投稿日時、アカウント情報、表示回数、拡散数、フォロワー数、検索結果への残存状況、同一人物による反復投稿などを保存しておくと、後の削除請求や損害賠償請求で被害範囲を説明しやすくなります。

一方、従業員向けSNSポリシーや公式アカウント運用では、会社名を明示した投稿だけでなく、個人アカウントでの継続的な中傷や情報拡散も、民事責任につながり得る行為として教育対象になります。

今回の検討で算定要素が条文化されれば、企業のSNSリスク管理や訴訟対応でも、その要素に沿った証拠保全が実務上の確認事項になります。

出典