2026年に激化したイランとの軍事衝突(複数の報道で「エピック・フューリー作戦」と呼ばれる一連の作戦を含む)は、米軍が保有する精密誘導兵器と防空迎撃ミサイルの在庫を大幅に消耗させました。米戦略国際問題研究所(CSIS)の推計によれば、パトリオット迎撃ミサイルの在庫は1,000発を下回る水準まで落ち込んでいるとみられます。この余波が日本にも及ぶとする報道もありますが、防衛省は取得計画に変更はないとの立場を示しており、両者の説明には食い違いがあります。本記事では、CSIS・GAOなど米側の分析と、日本側の公式見解の双方を突き合わせて整理します。
この記事のサマリー
- CSISの推計によると、イランとの軍事衝突を通じて、米軍のトマホーク巡航ミサイル、パトリオット・THAAD迎撃ミサイルなど、複数の兵器システムの在庫が大幅に減少しました。
- CSISはトマホークの戦前在庫を「低3,000発台(low-3,000s)」と推計しており、そこから1,000発超が使用されたと報じられています。いずれも公式な在庫数ではなく、CSISによる推計値です。
- パトリオット迎撃ミサイルは、CSISの2026年7月27日時点の最新推計で「1,000発未満」まで減少しているとされています。THAAD迎撃弾についても、CSISの最新推計はおよそ250発とされています。いずれも具体的な確定値ではなく推計です。
- ATACMS・PrSM(精密打撃ミサイル)について「中東配備分をほぼ全量消費した」と伝えられているのは主にPrSMで、ATACMSについてはCSISが最大800発程度が残っているとの推計を示しています。
- 米政府監査院(GAO)の報告によれば、国防総省が不足状態にあると特定した戦略的物資の品目数は、2019年度から2023年度の間に37種類から99種類へと167%増加し、これらの不足解消には推定185億ドルが必要とされています。
- 日本向けに契約されているトマホーク最大400発について、一部報道は納入が最大2年遅延する可能性を伝えていますが、防衛省はこの取得計画に変更はないとの立場を示しています。あわせて、2026年5月上旬に日米の防衛担当閣僚間でこの件について電話会談が行われたとする報道についても、小泉進次郎防衛大臣は、そのような会談が行われた事実自体はないと明確に否定しています。
整理表
| 項目 | 内容 | 位置づけ |
|---|---|---|
| トマホーク戦前在庫 | 低3,000発台(low-3,000s)と推計 | CSIS推計、公式値ではない |
| トマホーク使用数 | 1,000発超 | CSIS推計・複数報道ベース |
| トマホーク単価 | 約360万ドル(米海軍予算資料ベース) | CSISが最新の予算資料から算出 |
| パトリオット残存数 | 1,000発未満 | CSIS 2026年7月27日時点の推計 |
| THAAD残存数 | 約250発 | CSIS最新推計 |
| ATACMS残存数 | 最大800発程度 | CSIS推計(PrSMとは区別が必要) |
| PrSM(中東配備分) | ほぼ全量消費と報じられている | 複数の関係者証言ベース |
| FY2027予算要求(トマホーク) | 785発 | CSISが米予算資料から整理 |
| FY2027予算要求(THAAD) | 857発 | CSISが米予算資料から整理 |
| FY2027予算要求(パトリオット) | 3,203発 | CSISが米予算資料から整理 |
| 戦略的物資の不足品目数 | 37種類(2019年度)→99種類(2023年度、167%増) | GAO報告書(GAO-24-106959) |
| 日本向けトマホーク | 最大400発 | 防衛省が公式確認済み |
| 日本向けトマホークの遅延 | 最大2年遅延と報じられているが、防衛省は計画変更なしと説明 | 報道と防衛省見解が食い違い |
米軍ミサイル在庫の消耗——CSISの推計
CSISは2026年7月、イランとの軍事衝突を受けた米軍の防空・打撃ミサイル在庫について、複数回にわたり分析を公表しています。主要な兵器システムごとの推計は以下のとおりです。
| 兵器システム | 戦前在庫(推計) | 消費・残存状況(推計) | 単価等の関連情報 | 推計の位置づけ |
|---|---|---|---|---|
| トマホーク(TLAM) | 低3,000発台(low-3,000s) | 1,000発超を使用 | 約360万ドル(米海軍予算資料ベース) | CSIS推計、公式在庫数ではない |
| パトリオット(PAC-3等) | — | 1,000発未満に減少 | — | CSIS 2026年7月27日時点の最新推計 |
| THAAD | — | 約250発 | — | CSIS最新推計 |
| ATACMS | — | 最大800発程度が残存 | — | CSIS推計(PrSMと混同しないよう注意) |
| PrSM(精密打撃ミサイル) | — | 中東配備分をほぼ全量消費と報道 | — | 複数の関係者証言ベース、CSIS公式推計ではない |
| トマホーク(FY2027予算要求) | — | 785発の調達要求 | — | CSISが米予算資料から整理 |
| THAAD(FY2027予算要求) | — | 857発の調達要求 | — | CSISが米予算資料から整理 |
| パトリオット(FY2027予算要求) | — | 3,203発の調達要求 | — | CSISが米予算資料から整理 |
CSISは、トマホークの戦前在庫を「低3,000発台」と推計したうえで、そこから1,000発超が使用されたとしています。これらはいずれもCSISによる推計値であり、国防総省が公式に発表した在庫数ではない点に留意が必要です。トマホークの単価についても、CSISが最新の米海軍予算資料をもとに示している数字は約360万ドルで、これより古い時点の単価(約200万ドル程度)とは水準が異なります。
パトリオット迎撃ミサイルについては、CSISの2026年7月27日時点の最新推計で、在庫が1,000発を下回る水準まで減少しているとされています。THAADの迎撃弾についても、CSISの最新推計はおよそ250発とされており、いずれも具体的な確定値としてではなく、推計の目安として理解する必要があります。CSISのアナリストは、パトリオットとTHAADの代替となる有効な手段は存在しないとしたうえで、在庫の回復には複数年を要するとしています。
なお、ATACMS・PrSM(精密打撃ミサイル)について「中東配備分の在庫をほぼ全量消費した」と伝えられている点については、精査が必要です。この「ほぼ全量消費」という表現が主に該当するのはPrSMであり、ATACMSについてはCSISが最大800発程度が中東地域に残っているとの推計を示しています。両者を区別せずに「ATACMS・PrSMともにほぼ全量消費」と表現するのは不正確です。
CSISはまた、2027会計年度(FY2027)の米予算要求を整理し、トマホーク785発、THAAD迎撃弾857発、パトリオット(PAC-3 MSE)3,203発の調達が要求されていることを示しています。これらの数字は、米側の予算資料にもとづくもので、実際の生産・納入がこの要求どおりに進むかどうかは別の問題です。
戦略的物資の不足——GAOの指摘
米政府監査院(GAO)は、国防総省(DOD)が管理する国家防衛備蓄について複数の報告書を公表しています。
GAOの分析によると、DODが2019年度から2023年度にかけて備蓄対象としてきた主要50種類の物資のうち、不足状態にあると特定された品目数は、37種類から99種類へと167%増加しました。GAOはさらに、2023年度に不足が確認された99品目のうち半数以上について、国内に製造事業者が存在しないことも指摘しています。これらの不足を解消するために必要な費用は、GAOの分析で185億ドルと推計されています。
日本への影響——報道と防衛省見解の食い違い
日本政府は反撃能力(スタンドオフ防衛能力)の整備の一環として、米国から最大400発のトマホーク巡航ミサイルを取得する契約を進めています。これは防衛省が公式に確認している事実です。一方、契約金額の表現には注意が必要です。しばしば引用される「23.5億ドル」という数字は、米側の対外有償軍事援助(FMS)通知における上限額であり、日本側が2023年度予算に計上した金額は、これとは別に約2,113億円とされています。両者を単純に同一視して「400発を約2,350億円で購入」と表現するのは、金額の混同にあたります。
納入スケジュールについては、一部の海外メディア(Bloomberg等)が、イランとの軍事衝突による米軍の在庫消耗を理由に、日本への納入が最大2年遅延する可能性があると報じました。しかし防衛省は、この報道内容について、トマホークの取得計画に変更はないとの立場を一貫して示しています。
あわせて、2026年5月上旬に、日米の防衛担当閣僚(ヘグセス国防長官と小泉防衛大臣)の間でこの件について電話会談が行われ、その中で遅延の可能性が伝えられたとする報道もありましたが、小泉防衛相はこの点について、そのような会談が行われた事実自体はないと明確に否定しています。会談の存在そのものが否定されている以上、「電話会談で遅延が通告された」という説明を確定した事実として扱うことはできません。報道内容と日本政府の公式説明との間には、この時点で明確な食い違いがあり、本記事執筆時点で解消されていません。
パトリオット(PAC-3)の国内生産体制
日本国内ではパトリオット(PAC-3)のライセンス生産が行われていますが、その生産能力については、2024年時点の報道で、現状の生産能力が年間約30発程度であり、体制強化により最大で年間約60発程度まで拡大可能とされています。現時点で年間60発を生産している、という理解は不正確です。
SM-6の共同生産提案とGPIの開発状況
日本は、イージス・システム搭載艦(ASEV)に装備するSM-6ミサイルについて、安定した供給を確保するため、米国との共同生産を検討する意向を2025年4月に伝達しています。この点は確認されている事実です。
一方、日米が共同開発を進めている新型迎撃ミサイル「滑空段階迎撃用誘導弾(GPI)」の開発完了時期について、当初の目標である2032年から2035年へ3年延期されたとする情報がありますが、この具体的な延期年数については、本記事執筆時点で十分な裏付けが確認できていません。防衛省の公式な説明では、一貫して「2030年代の開発完了を目指す」という幅を持った表現が用いられており、3年間の具体的な延期が公式に確認されたわけではない点に留意が必要です。
核戦力・核軍備管理をめぐる状況
米露間の新戦略兵器削減条約(New START)は、2026年2月5日に失効しています。同条約の後継となる新たな軍備管理の枠組みは、本記事執筆時点で存在していません。
中国の核弾頭数については、米国防総省の2024年評価にもとづき、現在約600発とされ、2030年までに1,000発以上に拡大するとの見通しが示されています。この点は複数の公的資料で支持されています。一方、中国の地上発射型ミサイルのうち、かつての中距離核戦力(INF)全廃条約の制限範囲に該当するシステムが占める割合として「約93%(約1,250発)」という数字がしばしば引用されますが、これは2019〜2020年前後のINF条約をめぐる議論の時期に示された数字であり、現在の状況を示す最新の数字としてそのまま用いるべきではありません。
イランの核開発をめぐる状況——2025年の軍事衝突後の変化
イランの核開発状況についても、2025年の軍事衝突を境に状況が変化している点に注意が必要です。イランが60%に濃縮されたウランを約408.6kg保有しているとする数字は、2025年5月時点の国際原子力機関(IAEA)の評価にもとづくものです。2025年に米国とイスラエルがイランの核関連施設を直接攻撃した後、IAEAはウランの正確な所在・保有量を完全には確認できていないとされており、「現在も408.6kgを保有している」と断定的に述べることはできません。
また、イランについて「核兵器製造の閾値国家(Threshold State)としての地位を維持している」とする表現も、2025年時点までの評価にとどまるものです。イスラエル国家安全保障研究所(INSS)自身、2025年の軍事衝突後の分析において、イランはもはや閾値国家とは言えない状態にあるとの評価を示しており、2026年時点での焦点は、攻撃を受けた後にイランがどの程度の残存能力を保持しているかという不確実性に移っています。
あわせて、「米国がイランの核施設への直接攻撃を躊躇している」とする見方についても、事実関係の確認が必要です。米国は2025年、イスラエルとともにイランの核関連施設を直接攻撃しており、攻撃自体は既に実施されています。ホルムズ海峡の緊張や、安価な兵器による飽和攻撃が、今後の追加的な軍事行動の判断に影響を与える要因の一つになり得るという議論と、「攻撃そのものを行っていない」という説明は区別する必要があります。
中国の軍事動向とドローンをめぐる構造的な問題
当サイトでは、中国の軍事動向についても継続的に取り上げてきました。2026年8月に公表された令和8年版防衛白書の解説記事では、中国が過去30年以上にわたり透明性を欠いたまま国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を広範かつ急速に強化していること、尖閣諸島周辺での中国海警船の勢力が2012年の40隻から2025年には175隻へ拡大していることなどを紹介しています。詳細は令和8年(2026年)版防衛白書、「戦後最大の試練」と位置づけ 中国空母3隻体制の太平洋進出、中露北の連携深化を明記をご参照ください。また、中国人民解放軍海軍の戦略原子力潜水艦が2026年7月、訓練用の模擬弾頭を搭載した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を太平洋へ発射し、日本のEEZへの落下の可能性も指摘された事案についても、中国、弾道ミサイルを太平洋へ発射-和歌山県潮岬南方や奄美群島東側の日本EEZへの落下の可能性もで報じています。
今回のような米国のミサイル在庫消耗は、高価な有人プラットフォームや大型ミサイルに依存する戦力構成から、安価なドローン・無人アセットを組み合わせた非対称的な戦力構成へと、同盟国側がシフトする動きを加速させる可能性があります。当サイトの別記事では、台湾がHIMARSやPaladin自走榴弾砲といった大型装備の納入遅延に直面する中、ALTIUS自爆ドローンやSwitchblade 300などの非対称兵器が調達バックログの中で最大シェアを占めるようになっている実態を報じており、詳細はイラン紛争中の米軍弾薬在庫の深刻な枯渇-日本向けトマホーク最大2年遅延・台湾向け140億ドル売却【2026年5月最新】で解説しています。この5月時点の記事についても、トマホーク遅延に関する部分は本記事で改めて示したとおり報道ベースの情報であり、防衛省の公式見解とは食い違いがある点をあわせてご確認ください。
一方で、こうしたドローン・無人アセットへのシフトには、中国依存という別の構造的な課題が伴います。当サイトの分析記事によれば、ウクライナ戦争で使用されているドローンの事実上すべてが、直接・間接を問わず中国の製造基盤に依存しているとされ、英国の2025年版戦略防衛見直し(SDR 2025)や米国の国家安全保障戦略(NSS 2025)も、重要鉱物やサプライチェーンにおける中国依存の低減が、短期的な財務コストを伴ってでも必要だとする厳しい現実を認めています。あわせて、中国自身が世界の攻撃用UAV(無人航空機)輸出市場で大きなシェアを占め、WZ-7・WZ-9といった戦略級無人機を南シナ海で運用している実態についても、軍事ドローンのサプライチェーンに潜む中国依存の深刻な実態と日本の対応とデュアルユースの必要性、現代戦におけるドローンの軍事革命で詳しく解説しています。
つまり、高価な誘導ミサイルの供給不足を補う手段として期待されるドローン・無人アセットの分野においても、その製造基盤の多くが中国に依存しているという二重の課題が存在します。
日本の防衛産業・経済安全保障にとっての含意
今回の一連の状況は、日本の防衛力整備や経済安全保障を検討するうえで、複数の論点を提起しています。ただし、その多くは確定した事実というより、報道と公式見解が交錯する流動的な状況の中にある点を踏まえる必要があります。
第一に、同盟国からの兵器供給に依存する調達モデルが、有事において計画通りに機能しない可能性があるという懸念そのものは、防衛省が納入遅延を否定している現段階でも、リスクシナリオとして検討する価値があります。
第二に、GAOが指摘する重要物資のサプライチェーン依存の問題は、日本の防衛産業にとっても参考になります。
第三に、ミサイル不足を補う手段として期待されるドローン・無人アセットについても、その製造基盤が中国に依存している構造がある以上、防衛装備の国産化を検討する際には、ミサイルとドローンの両方について、供給網の自律性を同時に検討する必要があります。
今後注目すべき点
本記事執筆時点で、日本向けトマホークの実際の納入スケジュールをめぐる報道と防衛省見解の食い違いは解消されていません。今後は以下の点が焦点になると考えられます。
- 日本向けトマホークの納入スケジュールについて、防衛省から追加の公式説明があるかどうか
- 米軍のミサイル在庫の回復状況と、CSIS等による分析の更新
- イランの核関連物質の所在・保有量について、IAEAによる確認作業の進展
- 年末に予定される日本の安全保障関連3文書改定における、国産スタンドオフミサイル整備の位置づけ
出典
Renewed Iran War Would Test Diminished Interceptor Inventories——CSIS
イラン紛争中の米軍弾薬在庫の深刻な枯渇-日本向けトマホーク最大2年遅延・台湾向け140億ドル売却【2026年5月最新】——セキュリティ対策Lab
令和8年(2026年)版防衛白書、「戦後最大の試練」と位置づけ 中国空母3隻体制の太平洋進出、中露北の連携深化を明記——セキュリティ対策Lab







