いわき信用組合への行政指導-不正融資と反社への資金提供の全体像と癒着がもたらす組織リスク

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いわき信用組合への行政指導-不正融資と反社への資金提供の全体像と癒着がもたらす組織リスク

いわき信用組合は、旧経営陣が長期にわたり、反社会的勢力(以下、反社)への資金提供を含む複数の不祥事を引き起こしていた事実が第三者委員会・特別調査委員会の調査で判明し、金融庁から業務の一部停止命令および業務改善命令を受けました。金融庁は、反社との取引遮断や経営責任の明確化、全役職員の法令遵守研修、新規顧客向け融資業務の一時停止など、具体的な是正措置を命じています。

概要

2025年10月31日に公表された調査結果では

不正な資金流出の中核に「無断借名融資」「迂回融資」「水増し融資」という三つの手口が組み合わさって存在していました。

無断借名融資は、当人の承諾なく第三者名義で貸付を実行し、組合に債権・債務関係が成立しないまま資金が流出する性質を持ち、回収不能な「不正支出」となることが本質的な問題でした。会計上は役員貸付として計上すべき性質とされています。

一方で迂回融資は、名目上の融資先の承諾を得て資金を出し、実質的には別の先へ提供する手口で、貸倒引当金の検討対象となる「表向きは契約の形を取る」類型でした。また水増し融資は、融資額を実需以上に膨らませ、膨らんだ分の現金を元役員が受け取り、その資金が反社への提供や無断借名融資の返済に費消されていたと整理されています。

特別調査委員会は、特定の大口先(X2社グループ)に関連する支出のために実行された無断借名融資の総額を約12億3,500万円と認定しています。

併せて、東日本大震災後の復旧費用として支出された5,670万円は実質的に同グループへの与信だったと整理され、長期にわたる資金流出の構図が裏付けられています。

今回の行政処分は、新規顧客への融資停止期間の設定、反社排除体制の確立、業務改善計画の見直しと進捗管理など、統治・管理態勢の再構築を強く求めています。金融機関としての公共的責務に照らして、同組合自身も「厳粛に受け止める」との姿勢を表明しています。

反社とのつながり-街宣活動停止依頼から

反社への資金提供の出発点は1990年代初期に遡るとされ、右翼団体等の街宣活動を止める「解決料」を名目に、Σ氏とされる人物へ数億円規模の支払が始まったことが契機と認定されています。Σ氏は暴力団関係者と親交のある「周辺者」と位置づけられており、その後も不当要求を繰り返したことなどから、組合の反社対応規程上、反社に該当すると判断されています。

平成16年の理事長就任以降、江尻氏は街宣活動の示唆を背景にした不当要求に屈し、支払いを継続。

本人説明では理事長在任中の反社支払は総額10億円前後とされ、調査で裏付けが得られた分だけでも約3.5億円に達します。内訳として、平成20年頃に水増し融資を原資とした1億円、平成28年頃に無断借名融資等を原資とした1億円の支払いが確認されました。

さらに企業不祥事の追及を主眼とする情報誌関係者(特別調査委員会はこの関係者も反社に該当すると指摘)に対しても、過去の不正を暴露するとの脅しを受け、1.5億円程度を支払った事実が認められています。

こうした「要求に応じる構造」は、その時々の資金工面を不正融資で賄う形で固定化されました。無断借名融資の資金は、反社への提供や、融資限度額超過の大口先への資金繰り、さらには別の無断借名融資の利払い・返済にも流用され、組織的な資金環流が生じていました。この資金循環は、会計上「役員貸付」として処理すべき性質のものと整理され、ガバナンスの大きな欠陥が指摘されています。

また、X2社グループの与信区分の引下げを回避するために、平成16年頃からPC三社を通じた迂回融資が用いられ、平成19年以降は無断借名融資が繰り返されました。2010年6月末時点で無断借名融資62件、総額10億5,370万円の一覧が存在したことも確認されており、震災の影響で一時休止するまでの間、組織的・継続的に実行された実態が浮かび上がります。

さらに、組合側の内部対応としては、反社からの要求を止める「約束文言」を取り付けるため、Σ氏の子に対する融資実行(3億円)と同時に「今後一切の要求をしない」との確認書を提出させる場面もあり、資金提供と引き換えの「静穏化」工作の側面が見て取れます。これは短期的には火消しに見えても、長期的には新たな利権・癒着の温床となりました。

反社と癒着する事のリスク

第一に、法令違反とガバナンス崩壊の常態化です。無断借名融資は、名義人の承諾がなく債権・債務関係が成立しないため、回収不能の不正支出となります。これを常用品のように繰り返すと、貸出資産の健全性を装いつつ「実態は資金流出」という、財務の粉飾にも等しい歪みが累積します。結果として、役員が賠償責任を負うべき「役員貸付」に該当する支出が膨らみ、組織の資本健全性を毀損します。

第二に、反社との取引遮断が遅れるほど、さらなる資金要求が連鎖するリスクです。水増し融資によって捻出した現金が反社への支払や無断借名融資の返済に回される循環は、まさに「借金で借金を返す」状態であり、要求のエスカレーションを招きます。理事長在任中の支払総額が10億円前後と推定される規模は、単発の不祥事ではなく、長期間の固定化した関係だったことを示します。

第三に、信用リスクとレピュテーションリスクの同時発生です。X2社グループ向けに迂回・無断借名を重ねて与信区分の引下げを回避した事実は、信用コストの先送りにすぎず、後になってより大きな損失と信頼毀損を招きます。関連する仮払金の実態が事実上の与信であった点も、公表時に外部からの厳格な検証を招く火種になります。地域金融機関にとって最大の資産は「地域の信頼」であり、ここが棄損されると、資金調達コストの上昇、人材採用の難化、取引先の離反など、波及は多方面に及びます。

第四に、内部統制の形骸化と「組織的関与」の連鎖です。報告書は、無断借名融資が歴代役員の意向のもと、支店長・次長ら職員の協力を得て組織的に実行された事実を強調しています。これは単なる一部役職者の逸脱ではなく、業務フローや承認プロセスそのものが「不正のための仕組み」に転化していたことを意味します。内部統制がこうした状態になると、たとえ個々の不当要求に抗する人材がいても、組織の圧力や慣行が是正を阻みます。

第五に、規制対応・資本政策への直接的な影響です。今回の行政処分は、新規顧客向け融資の一時停止や、反社遮断・研修の義務化を含む厳格な改善命令であり、収益機会の制約と業務コストの増大を伴います。公的資金の活用計画についても見直しが求められており、自己資本の増強・不良与信の処理・与信方針の見直しなど、相応の財務的・事務的負担が生じます。これらは短期の業績のみならず、中期的な経営計画全体の再設計を迫る性質のものです。

第六に、反社からの「静穏化と引換え」の合意は、長期的には再燃の火種です。資金提供と引換えに要求停止の確認書を取る対応は、一見すると短期的な沈静化に見えますが、実態は「提供すれば止む」という交渉学習を相手方に与え、次の要求の種をまきます。反社対応は原則遮断・通報が基本であり、支払による回避は将来のリスクを増幅させます。

最後に、組織文化の毀損という不可視の損失です。不正を前提とした資金運用が常態化すると、現場の倫理観は磨耗し、新任者も「そういうもの」と受け入れてしまいます。報告は全役職員の通常業務からの離脱を伴う研修を命じていますが、これは「業務を止めてでも価値観を再起動せよ」という強いシグナルです。経営責任の明確化・責任追及と、現場の規範再構築を並行して進めなければ、再発は防げません。

まとめ

本件の本質は、単発の不適切与信ではなく、「反社からの不当要求」「不正融資の三類型」「大口先与信維持」の三つが絡み合って、長年にわたり資金が組織外に環流したガバナンス不全です。

是正の起点は、

(1)反社の即時遮断と通報

(2)不正融資の全件洗い出しと会計上の適切処理(役員貸付・貸倒引当金の厳格化)

(3)経営責任の明確化と統治機構(監査・稟議・人事・報酬)の再設計

(4)与信の集中・例外承認の可視化

(5)現場の倫理・規程運用を担保する研修と検証

などになります。

今回の教訓は、いわき信用組合のみならず、すべての地域金融機関が自らの内部統制と反社対応を今一度点検すべきことを強く示しています。