海洋基本法改正案、今国会への提出見送りへ-与野党対立が招いた政策の棚上げと、南鳥島レアアース開発・EEZ防衛への波及懸念

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海洋基本法改正案、今国会への提出見送りへ-与野党対立が招いた政策の棚上げと、南鳥島レアアース開発・EEZ防衛への波及懸念

高市内閣が掲げる「成長戦略17分野」の柱のひとつである海洋基本法・内閣府設置法の一部改正案が、今国会への提出見送りとなる見通しです。この改正案は、日本の海洋政策における司令塔機能を強化し、これまで省庁縦割りの壁に阻まれてきた南鳥島沖のレアアース泥開発や、排他的経済水域(EEZ)の防衛・管理体制の整備を加速させることを目的として検討されてきたものです。見送りの直接的な理由は、議員定数削減法案や副首都法案の強行審議をめぐる与野党の対立激化によって国会が空転したことにありますが、注目すべき点は、立憲民主党などの野党が海洋基本法改正案の内容それ自体には賛成の方向で一任を決定していたという事実です。超党派で合意が形成されていたはずの政策が、無関係の政治的対立によって先送りになるという構図は、日本の立法プロセスの構造的な課題を改めて浮き彫りにしています。中国によるEEZ否認という法的圧力が現実の脅威として顕在化しているこのタイミングにおいて、この遅延が持つ安全保障上の意味は軽くありません。

サマリー

  • 高市内閣の成長戦略17分野のひとつである海洋基本法改正案が、今国会への提出見送りとなる見通しです
  • 改正案の柱は、内閣府総合海洋政策推進事務局の所掌に「海洋開発等重点施策の推進」を追加し、同事務局が予算を伴う事業を自ら執行できる体制に移行することにありました
  • 野党第一党の立憲民主党などは、改正案の内容には賛成の方向で政務調査会長に一任を決定しており、法案の実質的な超党派合意は形成されていました
  • 見送りの直接的な要因は、議員定数削減法案・副首都法案の強行審議への野党の反発、高市首相の答弁姿勢への追及、予算委員長の職権採決への反発などが重なって国会が全面空転したことにあります
  • 提出見送りにより、南鳥島沖レアアース泥開発の推進体制整備、海洋状況把握(MDA)強化に向けた民間投資のシグナル効果、沖ノ鳥島など国境離島の監視体制(2028年度までの整備目標)への支援などに、期待されていたほどの速度が出にくくなる可能性が指摘されています
  • 自民党は秋の臨時国会以降に早期の法整備を改めて目指す方針とされていますが、中国・ロシアによる海洋圧力が現実化しているこの局面での時間的損失は、競争環境において意味のある遅れとなり得ます

整理表

項目 内容
法案名 海洋基本法及び内閣府設置法の一部を改正する法律案
位置づけ 高市内閣の成長戦略17分野の一つ
改正案の主な内容 内閣府総合海洋政策推進事務局の所掌に「海洋開発等重点施策の推進」を追加、自ら予算を伴う事業を執行できる体制への移行を目指す
提出見送りの状況 今国会への提出見送りの見通し(読売新聞報道)
与野党の合意状況 法案内容については超党派合意が形成されていた(立民が賛成方向で政調会長に一任)
見送りの直接的要因 議員定数削減法案・副首都法案の強行審議への野党反発、首相の答弁姿勢追及、予算委の職権採決問題等による全面空転
自民党の次の方針 秋の臨時国会以降に早期の法整備を目指す
懸念される主な影響分野 南鳥島レアアース泥開発の推進加速、EEZ・国境離島の監視体制整備(2028年目標)、海洋MDA強化、洋上風力等の利害調整

改正案が目指していたこと-「調整役」から「執行主体」へ

現行の海洋政策推進体制では、内閣府に総合海洋政策推進事務局が置かれているものの、その法的な役割はあくまで各省庁間の「総合調整」にとどまっています。経済産業省・文部科学省・国土交通省など、複数の省庁が関与する横断的なプロジェクトでは、迅速な意思決定や機動的な予算執行の妨げになる組織的な調整コストが長年の課題として指摘されてきました。

今回の改正案の核心は、この「調整役」という位置づけを変えることにありました。

報道によれば、内閣府総合海洋政策推進事務局の所掌事務に「海洋開発等重点施策の推進」を追加することで、同事務局が自ら予算を伴う事業を執行できる体制への移行を目指していたとされています。米国の海洋政策委員会が大統領への直接的な政策提言と国家戦略の調整を担い、韓国の海洋水産発展委員会が統合的な行政管理を行っているのと比較すると、日本の現行体制の弱点が際立ちます。2024年に自民党の党内手続きを完了させ、超党派議員連盟「海洋基本法戦略研究会」も法案概要を了承、さらに2026年6月には自民党海洋開発特別委員会が高市首相に早期成立を求める提言を手交するなど、法案の背景にある政策的な問題意識は与野党を超えて共有されていました。

なぜ「賛成されていた法案」が滞ったのか

今回の見送りが政策的に異例なのは、法案の中身に与野党の対立がなかった点です。立憲民主党などの主要野党は、2026年6月の党内審査において本改正案には賛成の方向で政務調査会長に一任する、事実上の超党派合意を形成していました。

法案が滞ったのは、まったく別の政治的対立が重なったためです。

自民・維新などの与党側が、衆議院議員の比例代表議席を45削減する定数削減法案と大阪都構想に関連する副首都法案の審議入りを、野党側の合意なく決定したことが大きな火種となりました。選挙ルールという民主主義の根幹に関わる変更を、与党が有利になる形で強行したとして野党は全法案の審議に応じない方針を打ち出しました。

参議院では、いわゆる高市陣営の中傷動画問題をめぐって首相の答弁の整合性や説明責任が追及され、予算委員会の集中審議や党首討論が確約されないまま日程協議が行き詰まりました。これに先立つ予算委員長による職権採決の問題が与野党間の不信感をすでに高めていたことも、空転を長引かせた一因となっています。

その結果、内容では超党派合意が得られていたはずの海洋基本法改正案が、日程調整の余地を失い今国会への提出見送りという結末を迎えました。

懸念される安全保障上の影響

法改正の遅延が実際にどのような影響を及ぼすかは、以下の3つの局面で検討する必要があります。

当サイトで既報の中露艦艇が沖ノ鳥島の日本EEZ内で実弾射撃訓練を行った事案が端的に示すように、中国は2004年以降、沖ノ鳥島がEEZや大陸棚を有さない岩にすぎないという法的立場を一貫して主張しており、今回の実弾射撃という形でその立場を物理的に示しました。沖ノ鳥島は、国土面積を上回る約40万平方キロメートルのEEZを維持するための極めて重要な法的根拠となっており、その国境離島の地形変状を早期に把握する監視体制を2028年度(令和10年度)までに整備するという目標に向けた推進体制の強化が、今回の改正案に盛り込まれていました。司令塔機能の法制化が先送りになることで、民間の海洋ドローンメーカーや監視システム事業者に対して、長期的な投資判断の根拠となるアンカーテナンシー(政府調達による需要の安定的保証)という重要なシグナルを送れなくなる懸念があります。

南鳥島沖のレアアース泥開発は、経済産業省や文部科学省など複数省庁が関与する省庁横断プロジェクトです。中国が輸出禁止リストに20の企業を追加した事案や、軍事ドローンのサプライチェーンに潜む中国依存でも指摘したとおり、レアアースは防衛・ハイテク産業に不可欠な戦略資源であり、対中依存からの脱却は日本の経済安全保障政策の核心を成しています。司令塔機能の強化が先送りになることで、省庁間の横断的な推進体制や予算確保の調整効率化において、期待されていたほどのスピードアップが難しくなる可能性があります。

海洋状況把握(MDA)については、令和10(2028)年度までの体制整備目標を掲げながら、それを支える法的・組織的基盤の整備が一会期分遅れることになります。なお、EEZにおける洋上風力発電については、再エネ海域利用法の改正により別途制度整備が進んでいるため、今回の見送りで直接影響を受けるわけではありませんが、海洋空間全体の利害調整を担う司令塔機能が不十分なまま続くことで、実務レベルの調整に時間を要するという間接的な影響は残ります。

日本の立法プロセスが問いかけるもの

今回の事案から浮かび上がる最も本質的な問題は、安全保障や経済成長に関わる重要な政策が、その内容の賛否ではなく、無関係な政治的対立による国会機能の停滞に引きずられて先送りになるという構造です。

防衛装備移転3原則の5類型撤廃のような安全保障上の大きな政策転換が行われる一方で、それを支える執行体制の法制化が政治的な文脈で止まるという非対称性は、政策の総体的な効果を下げるリスクをはらんでいます。自民党は秋の臨時国会以降に早期の法整備を改めて目指す方針とされていますが、その間も東シナ海・太平洋における中露の海洋圧力は休止しません。政府においては、法改正を待たずして現行体制の枠内で可能な限りの省庁連携プロジェクトを進め、実質的な遅滞を最小化する運用上の工夫が今まさに求められています。

出典