OpenAIは2026年8月25日、ロシアから発信された可能性が非常に高いと評価する新たな秘密影響工作(covert influence operation)を検知し、関連するChatGPTアカウント群を停止したと公表しました。
今回の工作は、イスラエルを拠点とする「専門家コミュニティ」を自称するInternational Burke Institute(IBI)を中心に展開されていました。IBIのWebサイトには著名な研究者を専門家として掲載し、既存の学術論文などをコピーして別人名義で掲載する例も確認されました。さらに「主権指数(sovereignty index)」と称する独自指標を用い、ロシアを肯定的に評価する一方、フランス、ドイツ、EU、米国などを批判するコンテンツを公開していました。
ChatGPTは、こうしたWebサイト自体の主要コンテンツ生成ではなく、IBIの記事を宣伝するSNS投稿やコメント、複数のTelegramチャンネル向けロゴなどの作成に利用されていました。
OpenAIは、今回の活動をロシア政府や特定の国家機関に帰属させていません。「非常に高い確度でロシア発」と評価している範囲に留まるため、「ロシア政府による影響工作」と断定することはできません。
ロシア発とみられる影響工作のサマリー
- 【確認済み】OpenAIは2026年8月25日、秘密影響工作に利用されていたChatGPTアカウント群を停止したと公表しました。
- 【OpenAIの評価】対象アカウント群は「非常に高い確度でロシア発」とされていますが、ロシア政府や特定機関への帰属は示されていません。
- 【確認済み】運用者はロシア語でChatGPTへ指示し、主に英語のSNS投稿やコメントを生成していました。
- 【確認済み】運用者は、自身がロシア語話者であることを示す言語的な痕跡を隠すようChatGPTへ指示していました。
- 【確認済み】OpenAIのサービスはロシアから利用できないため、運用者はVPNを使用してアクセスしていました。
- 【確認済み】活動の中心には、イスラエルを拠点とする専門家組織を自称するInternational Burke Institute(IBI)がありました。
- 【確認済み】OpenAIがIBIサイト上の36本の記事を調査したところ、34本がインターネット上の既存コンテンツからコピーされたものでした。
- 【確認済み】コピー記事の一部では、本来の著者とは異なる人物への誤った帰属が確認されています。
- 【確認済み】ChatGPTはIBIサイト上の記事そのものの生成には利用されておらず、主にX、LinkedIn、Facebook、Substack、Telegramでの宣伝投稿やコメント生成に利用されました。
- 【確認済み】ドイツ、米国、フランス、ポーランド、トルコなどを対象とするTelegramチャンネル群のロゴ生成にもChatGPTが利用されていました。
- 【確認済み】OpenAIは今回の影響工作の到達規模を限定的と評価しています。多くのSNS投稿は閲覧数が少なく、IBI公式アカウントの購読者も少数でした。
- 【確認済み】一方、関連Telegramチャンネルはそれぞれおおむね1万~2万人のフォロワーを持っていたとされています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公表日 | 2026年8月25日 |
| 公表組織 | OpenAI |
| 活動の種類 | 秘密影響工作(covert influence operation) |
| 発信元 | OpenAIは「非常に高い確度でロシア発」と評価 |
| 国家関与 | ロシア政府・特定政府機関への帰属は確認されていない |
| 中心的な組織名 | International Burke Institute(IBI) |
| IBIが主張した所在地 | イスラエル |
| Webサイト登録 | 2025年2月 |
| ChatGPTの主な利用 | SNS投稿・コメント、Telegramチャンネル用ロゴの生成、チャンネル活動の要約 |
| 利用プラットフォーム | X、LinkedIn、Facebook、Substack、Telegram |
| IBI記事の調査結果 | 36本中34本が他サイトからコピー |
| 主な論調 | ロシアを肯定的に評価し、ウクライナ、EU、西側諸国などを批判 |
| 影響評価 | Brookings Breakout ScaleのCategory Three下位 |
| OpenAIの対応 | 関連するChatGPTアカウント群を停止 |
ロシア語でChatGPTに指示、英語投稿では出自を隠すよう要求
OpenAIによると、停止したChatGPTアカウント群は非常に高い確度でロシアから運用されていました。
運用者はロシア語でChatGPTへ指示し、英語を中心としたSNS投稿やコメントを作成していました。
特徴的なのは、単に翻訳や文章生成を依頼しただけではなく、投稿からロシア語話者であることが推測されないよう、言語的な手掛かりを隠すようモデルへ指示していた点です。
生成された投稿は、X、LinkedIn、Facebook、Substack、Telegramなど複数のプラットフォームで確認されました。
OpenAIは現在、ロシアから同社モデルへのアクセスを提供していません。そのため、今回のアカウント群はVPNを利用してOpenAIのプラットフォームへアクセスしていました。
ただし、「ロシアから運用されていた」という技術的・行動上の評価と、「ロシア政府が指示した」という国家帰属は別です。今回のレポートに、政府機関との関係を裏付ける記載はありません。
「International Burke Institute」を中心に権威ある組織を演出
今回の工作の中核とみられるのが、International Burke Institute(IBI)です。
IBIは自らをイスラエルに拠点を置く「専門家コミュニティ」と説明し、Webサイトには所在地としてイスラエルの住所を掲載していました。サイトは2025年2月に登録されています。
2026年7月17日時点のサイトでは、Francis Fukuyama氏やNoam Chomsky氏など著名な人物を含む多数の「世界的専門家」が関係しているかのように掲載していました。
しかしOpenAIが、2025年9月から2026年5月までにIBIサイトへ掲載され、専門家ページと紐付けられていた記事36本を調べたところ、34本がインターネット上の既存コンテンツからコピーされたものでした。
中には、実際の論文や記事をそのまま利用しながら、著者を別の研究者として掲載しているケースも確認されています。
OpenAIは、既存の信頼性の高いコンテンツを使いつつ、本来の出典を隠すことで、IBIを正当な研究機関のように見せようとした可能性を指摘しています。
学術記事をコピーし別の専門家名で掲載
OpenAIが紹介した事例の一つでは、中国・パキスタン経済回廊に関する記事がCambridge University Pressの既存論文からコピーされていました。
しかしIBI上では、元の著者とは異なるUniversity of Nottinghamの研究者の記事として掲載されていたといいます。
別の移民政策に関する記事では、Migration Policy Instituteが公開した記事がコピーされ、食品化学分野のオーストラリア人教授に誤って帰属されていました。
こうした手法では、完全な架空記事を大量生成するのではなく、既に存在する研究成果や専門家の名前、写真などを組み合わせて組織の信頼性を演出します。
今回のレポートが示す重要な点は、影響工作における「偽情報」が、必ずしも文章そのものの捏造だけを意味しないことです。
正規の論文や研究成果であっても、出典や著者、掲載主体を偽れば、権威を偽装するための材料として利用できます。
独自の「主権指数」でロシアを肯定、西側諸国を批判
IBIサイトには、各国の「主権」を評価するとする独自の「sovereignty index」が掲載されていました。
OpenAIによると、これらのレポートは同社モデルで生成されたものではありません。
内容はロシアを肯定的に評価する一方、ロシアによるウクライナ侵攻を批判するフランスやドイツ、EUなどに批判的な論調を示し、米国についても同様のナラティブを展開していました。
つまり、今回ChatGPTが使われた中心部分は、主張そのものを作ることより、既に用意された主張を複数SNSへ展開し、反応を獲得するためのコンテンツ作成でした。
OpenAIは、この「主権指数」を使ってロシアを称賛し西側諸国を低く評価する手法について、今回確認した工作の特徴的な要素として挙げています。
ChatGPTはSNS拡散の補助ツールとして利用
今回の工作では、ChatGPTが影響工作全体を自動生成していたわけではありません。
OpenAIが確認した主な用途は、IBIサイトの記事を宣伝するSNS投稿の作成です。
IBI名義やロゴを使ったアカウントだけでなく、一般利用者を装ったとみられるアカウントからもIBIの記事が投稿されていました。
また、Substackでは実在ユーザーの投稿に対する返信をChatGPTで作成し、IBIチャンネルのフォローを促す活動も確認されています。
別の運用者は、ドイツ語のTelegramチャンネル「Lahme Ente」向けの投稿を生成していました。内容はウクライナ、EU、ドイツ政府を繰り返し批判し、ロシアとの関係改善を主張するものでした。
さらに別の運用者は、ドイツ、米国、フランス、ポーランド、トルコなどを対象とした約12のTelegramチャンネル向けにロゴを生成し、各チャンネルの活動内容をロシア語で要約させていました。
AIを使っていない部分の方が工作の基盤を形成
OpenAIは、今回の影響工作で重要なのは、AI生成投稿そのものより、その投稿が誘導する先に構築された情報基盤だと分析しています。
IBIサイトには、専門家プロフィール、既存の学術記事、独自指標などが用意され、一見すると研究機関として信頼できるような構造が作られていました。
つまり、ChatGPTは「偽の専門機関」をゼロから構築する中心ツールとして使われたのではなく、その組織を宣伝し、SNS上で露出を増やす補助ツールとして利用されていました。
この点は、AIを利用した影響工作を検知する上で重要です。
AI生成らしい文章だけを検出しても、背後で運用されるWebサイト、偽装された専門家プロフィール、コピーされた学術記事、複数SNSアカウントといった非AI部分を見落とす可能性があります。
イスラエルの実在人物との関係は不明
IBIについて、OpenAIは完全な架空組織だったと断定していません。
オンライン上の痕跡から、イスラエルにいる少数の実在人物が、論文投稿やカンファレンスなどでIBIを代表していた可能性も確認されています。
しかしOpenAIは、これらの人物、IBI、ロシアから活動していた運用者の間にどのような関係があったのかを判断できる立場にないとしています。
したがって、IBIに名前が関連付けられた実在人物を、今回の秘密影響工作の運用者や協力者と断定することはできません。
到達規模は限定的、Telegramでは1万~2万人規模
OpenAIは今回の工作について、直近の影響は限定的だったと評価しています。
通常のSNS投稿の閲覧数は少なく、IBI公式アカウントの購読者も少数でした。
一方、関連するTelegramチャンネルでは、それぞれおおむね1万~2万人のフォロワーを獲得していたとしています。
OpenAIはBrookings Institutionの「Breakout Scale」を用い、今回の活動をCategory Threeの下位と評価しました。
Breakout ScaleではCategory Threeは、複数のSNSプラットフォームと複数のコミュニティへ活動が広がった状態を示します。Category Four以上になると主流メディアへの波及、Category Fiveでは著名人や政治家による拡散、Category Sixでは政策対応などの具体的な行動につながった状態を指します。
今回の工作について、OpenAIは大規模な世論変化や政策への影響を確認したとはしていません。
影響の小ささより「将来拡張できる基盤」を問題視
OpenAIが今回の活動を注視した理由は、現時点での閲覧数だけではありません。
一見信頼できる専門家組織、専門家プロフィール、既存の学術研究、独自の評価指数を組み合わせ、長期的に利用できる情報インフラを構築していた点を重視しています。
OpenAIは、影響工作の運用者がAIを補助的に利用することで、権威を演出し、特定のナラティブの出所を分かりにくくし、将来的に規模を拡大できる資産を構築できることを示す事例だと分析しています。
一方で、AIサービスを利用したことで、OpenAI側の調査からより広い工作活動が発見されるきっかけにもなりました。
生成AIは影響工作を効率化する道具になり得る一方、モデル提供企業がアカウントや利用パターンを調査することで、従来は別々に見えていた複数の活動が関連付けられる場合もあります。
情報システム・広報・リスク管理部門への示唆
今回のレポートから最も重要な点は、「AI生成コンテンツを見抜く」ことだけでは影響工作への対策として不十分だということです。
今回のIBIサイトでは、OpenAIモデルで生成された記事ではなく、実在する学術論文や研究者の名前、写真などが組み合わされていました。
企業や研究機関では、自社の研究者、役員、専門家の氏名やプロフィール写真、過去の論文が無断で第三者サイトへ掲載されていないかを定期的に確認することが重要です。
広報・ブランド保護の観点では、所属を名乗る偽プロフィールや、本人が執筆していない記事への著者名付与も、なりすましやブランド毀損として監視対象になります。
情報源を評価する際は、文章がAI生成かどうかだけでなく、ドメインの登録時期、組織の所在地、専門家の実在性、所属機関側のプロフィール、論文の原典、DOI、掲載日などを突き合わせる必要があります。
また、SNS上の個々の投稿だけを見るのではなく、複数プラットフォームで同じドメインや同じ記事がどのアカウントから拡散されているかを横断的に分析することも重要です。
今回の工作は現時点では大規模な影響を与えたとは評価されていません。しかし、信頼できるように見える情報源を先に構築し、時間をかけて影響力を育てる手法は、短期的な閲覧数だけではリスクを評価できません。
セキュリティ対策Labでは、過去にもOpenAIが公表したロシア・中国などによるAIを利用した影響工作を取り上げています。今回の事例は、生成AIが偽情報そのものの生成だけでなく、「もっともらしい情報源」へ誘導するための宣伝・運用工程にも組み込まれていることを示す事例です。








