中国で2026年10月1日、改正「国防動員法」が施行されます。全国人民代表大会常務委員会が8月28日に可決したもので、2010年施行の旧法を16年ぶりに大幅改正しました。
改正法は国防動員を、国家の主権、統一、領土保全、安全、発展利益への脅威に対応するため、「平時と戦時の迅速な転換」を保障し、「経済・社会の実力を国防力へ転換する活動」と初めて定義しています。民間資源については旧法の「徴用」に「征収」が加わり、施設、設備、交通手段、場所などを対象にできる規定となりました。
対象は物資だけではありません。データ、先端技術、軍需品のサプライチェーン、通信、サイバーセキュリティ、医療、エネルギー、食料、報道などが条文に入り、軍需生産を支える企業には設備、材料、技術、データ、ソフトウェアの備蓄や平時の訓練も規定されています。
日本経済新聞は今回の改正を「台湾統一に備え総力戦準備」と報じました。ただし、法律本文に台湾という地名はありません。中国国防部も9月の記者会見で、「長期・大規模戦争への準備」とする国外の見方に対し、国防動員制度の更新であり「過度に解釈する必要はない」と反論しています。
一方、台湾の国防部系シンクタンクである国防安全研究院(INDSR)は、今回の改正以前から中国の国防動員改革について、「作戦需要に焦点を当てる」「動員範囲を拡大する」方向へ進み、民間企業、民間資源、交通インフラなどを平時から軍事利用へ転換する制度整備が進んでいると分析してきました。
中国の法改正だけを見れば台湾有事専用の法律ではありません。しかし、台湾海峡で軍事衝突が発生した場合には、局部動員、民間資源の動員、軍需生産、物流、通信などを法的に動かす基盤になります。
台湾自身も、民間航空機・船舶・車両、民間工場、サイバー人材を戦時に動員する制度と演習を整えています。日本も中国の国防動員法と同型の単一法を持つわけではありませんが、国民保護法、特定公共施設等利用法、民間輸送力の活用、特定利用空港・港湾などを組み合わせ、有事の輸送、通信、物資、港湾・空港利用を制度化しています。
2026年改正国防動員法で何が変わるのか
改正法は全14章82条です。2010年法の骨格を残しながら、国防動員の定義、データ利用、先端技術、軍需産業のサプライチェーン、民間資源の扱いなどを具体化しました。
| 項目 | 2026年改正法の内容 |
|---|---|
| 施行日 | 2026年10月1日 |
| 国防動員の定義 | 「平戦快速転換」を保障し、経済・社会の実力を国防力へ転換 |
| 発動 | 全国人民代表大会常務委員会が全国総動員または局部動員を決定、大統領に相当する国家主席が動員令を発布 |
| データ | 国防動員に密接に関係するデータを収集・利用する制度を整備 |
| 先端技術 | 先端技術の国防動員への活用、新興分野の動員能力を整備 |
| 軍需産業 | 軍需品の産業チェーン・サプライチェーンを安全評価 |
| 企業の準備 | 設備、材料、技術、データ、ソフトウェアなどを準備し、専門人材を編成、定期演習 |
| 国防勤務 | 交通、郵便、通信、サイバー、医療、食料、建設、エネルギー、報道などを対象 |
| 民用資源 | 国家動員後、必要に応じて「征収・徴用」 |
| 特別措置 | 金融、交通、通信、情報ネットワーク、エネルギー、医療、食品、商業などへの管制が可能 |
改正法第2条は、国防動員について「平戦快速転換」を保障すると明記しました。旧法にも「平戦結合」の考え方はありましたが、新法は経済・社会の実力を国防力へ変換する活動そのものを法定義に入れています。
第7条では国防動員に必要な「データサービス保障制度」を新設し、動員と密接に関係するデータを法に基づき収集・利用するとしました。第8条では先端技術を国防動員に利用し、「新興領域」の動員能力を発展させるとしています。
平時の段階から何を動員できるのか把握する仕組みも規定されています。第25条は地方政府に国防動員準備を国民経済・社会発展計画へ組み込むよう定め、第26条では国防動員の潜在能力に関する統計調査を政府の統計制度へ組み込み、データを動的に更新するとしています。
軍需生産は「工場を有事に転用する」だけではない
改正法で企業への影響が読み取りやすいのが、軍需品の研究開発、生産、修理を扱う第7章です。
第45条は、戦時の軍事調達と装備維持に備え、軍需品の研究開発、生産、修理能力を平時から備蓄する制度を定めました。第46条では国務院と中央軍事委員会の関係部門が、軍需品の産業チェーンとサプライチェーンの安全性を評価し、供給網の強靱性を高める措置を取るとしています。
対象企業には、戦時になってから生産ラインを切り替えるだけではなく、平時から準備する義務があります。
第47条は、軍需品の研究、転産、増産、修理を担当する組織について、設備、材料、部品、技術、データ、ソフトウェアを備え、専門技術チームを編成し、計画を作成して定期的に演習するよう規定しました。
さらに国家が国防動員を決定した後は、軍需生産を直接担当する会社だけでなく、エネルギー、設備、材料、部品、技術、データ、ソフトウェアを提供する事業者も軍需品の生産・修理需要を優先することになります。
現代の兵器生産では半導体、ソフトウェア、通信、物流、電力など民間産業との境界が薄くなっています。今回の改正は、完成品メーカーだけではなく供給網を含めて動員体制を整える構造になっています。
民間資源は「徴用」から「征収・徴用」へ
2010年法の第10章は「民用資源の徴用と補償」で、国家が国防動員を決定し、備蓄物資だけでは需要を満たせない場合に、地方政府が民間資源を徴用できる制度でした。
2026年法では章名が「民用資源の征収、徴用と補償」に変わりました。第63条は、国防動員実施後に備蓄物資が不足する場合、県級以上の政府が民用資源を「征収、徴用」できると規定しています。
対象となる「民用資源」は、組織や個人が所有または使用する施設、設備、交通手段、場所などです。第64条は、すべての組織と個人に法に基づく征収・徴用を受け入れる義務を置いています。
軍事上必要であれば、徴用した民間設備などを改造することも可能です。使用後に返還できる資源は返還し、損傷・滅失や直接的な経済損失に対しては補償を行う規定があります。
個人や家庭の生活に必要な物品・住居、児童・高齢者・障害者などの生活に必要な施設・物資は対象から除外されています。
また、国防動員が発令されていない通常時でも、人民解放軍、武装警察、民兵が軍事演習や訓練のために民用資源を徴用する場合について、第68条は国務院・中央軍事委員会の規定に従うとしています。
通信・サイバー・医療・エネルギー・報道も「国防勤務」の対象
第60条は、国防勤務を担う組織を具体的に列挙しています。
対象は交通運輸、郵便、電信、サイバーセキュリティ、医薬・医療、食品・食料供給、建設、エネルギー・化学、大型水利施設、民用原子力施設、報道機関、国防研究・生産、市政インフラなどです。
これらの組織は平時から専門保障チームを編成し、訓練・演習を行うことになります。
公民個人にも国防勤務の規定があります。原則として18歳から60歳の男性、18歳から55歳の女性が対象で、特殊な専門技術・技能を持つ人材は年齢制限の例外となる規定があります。
国家が動員を決定した後は、金融、交通、郵便、通信、報道、放送、情報ネットワーク、無線、エネルギー、水供給、医療、食品・食料、商業などへ特別措置を適用できます。人の活動区域・時間や物資・輸送手段の移動を制限し、武装力量への交通保障を優先する規定も置かれました。
企業や社会組織が国防動員に関する統計資料の提出、戦略物資の備蓄、軍需生産、軍事調達、専門保障、民用資源の征収・徴用などを拒否・遅延した場合、是正命令や強制履行、罰金の対象になり得ます。
国家発展改革委員会に「国防動員総合司」 平時の経済政策と動員準備を接続
今回の改正に並行して、中国国家発展改革委員会には「国防動員総合司」が設けられています。
国家発展改革委員会の公式ページによると、同司は国防動員に関する総合調整、建設計画、実施状況の監督を担い、国家国防動員委員会の日常業務も担当します。
国防動員は軍だけで完結しません。工場、輸送、病院、エネルギー、通信、データ、地方政府などを平時の経済・社会計画から把握し、有事に軍事需要へ接続する必要があります。
今回の法律も、国防動員準備を地方政府の経済・社会発展計画へ組み込むと規定しています。経済政策を担当する国家発展改革委員会に総合調整部門を置く構造は、軍事動員を平時の行政・産業政策へ接続する制度設計とみることができます。
「台湾統一に備えた総力戦準備」とどこまで言えるのか
今回の法改正を巡り、日本経済新聞は「中国、『台湾統一』に備え総力戦準備」と報じました。
法律本文を見ると、第1条と第2条には「国家の主権、統一、領土保全、安全、発展利益」への脅威に対応するとの表現がありますが、「台湾」は明記されていません。
中国国防部の蒋斌報道官は9月の定例記者会見で、国外報道が法改正を「長期・大規模戦争への準備」とみていることへの質問に対し、2010年法の一部が現在の国防動員の新しい状況・任務に合わなくなったための改正だと説明しました。中国の軍事戦略は「積極防御」であり、国外には「過度に解釈する必要はない」としています。
台湾側では別の見方があります。
台湾の国防安全研究院は2025年の「中共政軍発展評価報告」で、中国の国防動員改革の核心を「作戦需要への集中」「動員メカニズムの調整」「動員範囲の拡大」と分析しました。軍と地方の指揮体制、民兵、経済動員、社会資源の統合を進め、平時の社会・経済資源を軍事用途へ迅速に転換する能力を高めていると評価しています。
同研究院の報告は、2024年の中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議で「戦争型国防動員の新たな構造」を整備する方針が示されたことにも注目しています。
2026年9月には台湾の中央通訊社が香港紙「明報」の分析を紹介し、今回の改正法と台湾への武力行使に必然的な関係はないものの、台湾海峡で戦争になった場合には局部動員、資源動員、特別管制の法的根拠になると報じました。
台湾の国家安全保障関係者も中央通訊社の取材に対し、「平戦快速転換」、民用資源の「征収・徴用」、経済・技術分野の取り込みを改正の特徴として挙げています。
公開資料から読み取れるのは、中国の国防動員制度が台湾だけを対象としているのではなく、より広範な戦争・安全保障危機に対応する国家動員制度として拡張されていることです。その制度が台湾海峡での軍事衝突にも適用可能な構造になっていることは、台湾側の研究機関も分析しています。
中国の対日・台湾に関する法的発信全体については、セキュリティ対策Labの「中国『旧敵国条項は現在も有効』と再主張 台湾有事を巡る対日ナラティブと法律戦を分析」でも整理しています。
台湾も民間輸送・工場・サイバー人材を戦時動員する制度を整備
中国の国防動員法を見る際、台湾側も軍だけで有事に対応する制度ではないことを押さえておく必要があります。
台湾国防部の全民防衛動員署が公開している「行政院動員会報」では、平時から複数の動員準備計画を策定しています。
軍事輸送については、戦時の徴用需要を想定し、民間の航空機、船舶、車両、建設用大型機械について軍側の需要と民間供給力を照合します。漢光演習などでは、実際の徴購・徴用を想定した検証も行います。
軍需工業では、戦時に軍の工場だけでなく民間工場も迅速に動員し、増産や緊急修理へ移行する計画です。軍民共用品については平時から規格を調整し、軍需品を供給できる能力を民間側にも確保します。
サイバー分野では、民間のネットワーク攻防の専門家や民間資源を把握し、戦時にサイバー分野の技術人材と物資を軍事作戦支援へ動員する計画が公開されています。
台湾はこれとは別に「全社会防衛韌性」の枠組みを進めています。
2026年9月19日の総統府全社会防衛韌性国際フォーラムで、頼清徳総統は、政府機能と社会・民生機能を維持し、必要な場合には軍事需要を支援できる体制を目標として説明しました。
2026年の「国家団結月」では漢光演習と都市韌性演習を同時に実施し、現役部隊、2万人の予備役、中央・地方政府の文民職員約1万人が参加しました。携帯通信が制限された状況を想定し、約1,700万人を対象とする通信速度低下訓練も初めて実施しています。
台湾の2026年演習については「台湾『漢光42号』演習、年次演習を装う中国軍侵攻を想定 反封鎖・戦時生産・全社会防衛を検証」で詳しく整理しています。
日本は単一の「国防動員法」ではなく複数の有事法制で民間機能を利用
日本には、中国の国防動員法と同じ名称・構造で、国家経済や民間資源全体を一括して動員する単一法はありません。
一方、有事に民間輸送、通信、物資、空港、港湾などを利用する法制度はすでに存在します。
国民保護法では、運送事業者である指定公共機関・指定地方公共機関に対して、都道府県知事や市町村長が避難住民の輸送を求めることができます。正当な理由がなければ応じる仕組みで、緊急物資の輸送にも同様の規定があります。
通信事業者には、武力攻撃事態等で通信を確保し、国民保護措置に必要な通信を優先的に扱うための措置が規定されています。
救援に必要な医薬品、食品、寝具などについては、都道府県知事が事業者へ売り渡しを要請できます。正当な理由なく応じず、救援のため特に必要な場合には、特定物資を収用する制度もあります。
「武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律」は、港湾、空港、道路、海域、空域、電波を対象とし、武力攻撃事態等で自衛隊の対処措置や国民保護を実施するための利用調整を規定しています。港湾では必要に応じて既存利用の許可変更・取消しや、特定の利用を確保するための政府指示も制度化されています。
日本は24空港・33港湾を「特定利用空港・港湾」に指定
日本政府は有事法制とは別に、平時から自衛隊と海上保安庁が民間空港・港湾を利用しやすくする「特定利用空港・港湾」の整備も進めています。
2026年5月19日の防衛相記者会見によると、全国で24空港、33港湾が特定利用空港・港湾となっています。
内閣官房はこの制度について、民生利用を主としながら、自衛隊・海上保安庁が平時から必要に応じて円滑に利用できるよう、インフラ管理者との利用枠組みを設定するものと説明しています。
2026年版防衛白書では、南西地域を中心に空港・港湾の利用範囲を広げるほか、民間船舶・航空機の利用を拡大し、自衛隊の機動展開と国民保護の双方に活用する方針を示しています。
海上輸送ではPFI方式による民間船舶も活用しています。2026年1月から旅客船2隻を運用し、貨物船やコンテナ船を含め8隻体制を構築する計画です。
中国、台湾、日本はいずれも、軍の輸送能力や備蓄だけで大規模な危機へ対応するのではなく、民間交通、物流、通信、産業などを平時から制度へ組み込む方向にあります。ただし、中国の改正国防動員法は一つの法律で産業、データ、個人の国防勤務、民用資源、特別管制まで広く扱う点で、日本の制度とは構造が異なります。
中国拠点を持つ日本企業が確認したい点
改正法は中国国内の組織・個人に広く義務を置いています。在中国の日系企業について、10月1日の施行と同時に一律に設備やデータが軍へ移管される制度ではありません。民用資源の征収・徴用は、国家が国防動員を決定し、備蓄物資では需要を満たせない場合などを前提としています。
企業側では、平時の段階で自社がどの条項と接点を持ち得るかを整理できます。
- 中国法人が交通、通信、サイバーセキュリティ、医療、食品、建設、エネルギー、メディアなど第60条の分野に該当するか
- 工場、倉庫、車両、船舶、通信設備、発電設備などが国防動員の潜在資源として把握される可能性があるか
- 軍需品やデュアルユース製品のサプライチェーンに入り、設備、材料、技術、データ、ソフトウェアの提供義務と接点があるか
- 中国拠点で使用するデータやクラウド、ネットワークが、国防動員関連のデータ提出や通信管制の対象となった場合の業務継続手順があるか
- 現地で輸送、電力、通信、物流が軍事需要へ優先配分された場合、代替調達や代替輸送へ切り替えられるか
- 中国拠点が停止しても、日本本社や他地域の拠点で受発注、設計、認証、顧客対応を継続できるか
- 現地法人へ行政機関から国防動員に関する調査、計画、演習、資源登録などの要請が届いた場合、本社へ報告する経路が定まっているか
今回の法改正では、具体的な対象となる「国防と密接に関連する建設プロジェクト・重要製品」のリストや、業界別の施行方法がすべて公開されているわけではありません。
10月1日の施行後は、国家発展改革委員会、地方の国防動員当局、業界主管部門が出す細則、対象リスト、統計調査、演習・訓練の運用を確認すると、企業への実務影響を判断しやすくなります。
出典
中国の一次情報
- 中华人民共和国国防动员法 – 中華人民共和国国防部
- 中华人民共和国主席令(第八十三号) – 中華人民共和国国防部
- 中华人民共和国国防动员法(2010年法) – 中国人大網
- 2026年9月国防部例行记者会文字实录 – 中華人民共和国国防部
- 国防动员综合司 – 中華人民共和国国家発展改革委員会
台湾の公的・研究機関資料
- 2025中共政軍發展評估報告 第五章「中共國防動員能量管理及其軍事意涵」 – 國防安全研究院
- 新修國防動員法 國安人士:反映中共政權安全焦慮 – 中央通訊社
- 港媒:中國備戰日常化 發改委擔重任 – 中央通訊社
- 行政院動員會報 – 全民防衛動員署
- 總統出席全社會防衛韌性國際論壇 – 中華民國總統府
日本の公的資料
- 「総合的な防衛体制の強化に資する公共インフラ整備」に関するQ&A – 内閣官房
- 防衛大臣記者会見 2026年5月19日 – 防衛省
- 令和8年版防衛白書「機動展開能力の強化と国民保護の取組など」 – 防衛省
- 令和8年版防衛白書「公共インフラ整備」 – 防衛省
- 武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律 – 衆議院
- 武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律 – 衆議院








