オーストラリア シーラー駐日大使が日本の国家情報局支援を表明 元情報トップ登用の狙いとAUKUS、日豪「準同盟」を検証

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オーストラリア シーラー駐日大使が日本の国家情報局支援を表明 元情報トップ登用の狙いとAUKUS、日豪「準同盟」を検証

オーストラリアのアンドリュー・シーラー(Andrew Shearer)駐日大使は2026年9月9日、日本記者クラブで講演し、日豪関係を「信頼」を軸に説明しました。

シーラー氏は、オーストラリアが日本最大のLNG・石炭供給国であり、金融危機やパンデミック、国際情勢の不安定化があっても日本向けLNG供給を欠かしてこなかったと述べました。そのうえで、日豪協力はエネルギーから防衛、インテリジェンス、サイバー、AI、量子、重要鉱物、研究セキュリティへ広がっていると説明しています。

豪州大使館が公開した講演原稿には、シーラー氏自身が豪州のDirector-General of National Intelligenceとして日本側と情報協力の強化に取り組んできたこと、新設された日本の国家情報局(National Intelligence Bureau)を歓迎し、「日本のインテリジェンス改革の次の段階を支援する」考えが明記されています。

テレビ朝日の報道によると、質疑ではスパイ活動や外国による政治介入にも言及し、情報機関、情報セキュリティ、スパイ行為に対処する法制度の強化が必要との認識を示したうえで、国家情報局と豪州の情報や経験を共有する意向を示しました。

シーラー氏は駐日大使就任前、豪州の情報コミュニティを統括するOffice of National Intelligence(ONI)のトップを務めた人物です。セキュリティ対策Labでは2026年1月、同氏の駐日大使指名について、日豪の情報共有、防衛技術、AUKUS、情報保全制度との関係を分析しました。

9月9日の発言と、その後に実際に進んだ日豪政策を突き合わせると、当時の記事で示した「日豪のインテリジェンス・防衛協力が実務段階へ深まる」という方向性は、2026年の政策展開と整合します。

一方、「豪州が日本のセキュリティクリアランスをファイブ・アイズ基準で査定するためにシーラー氏を派遣した」「CIAやMI5などの意向を直接伝達する役割を担う」といった過去記事の分析には、今回確認した政府一次資料から裏付けを得られませんでした。新たな事実に照らせば、これらは確認済みの任務ではなく、推測として扱うべき内容です。

AUKUSとの関係も整理が必要です。日本はAUKUS加盟国ではありません。AUKUSは豪州、英国、米国の3か国による枠組みで、日本は先端能力を扱う「Pillar II」の個別プロジェクトで協力しています。ただしAUKUS3か国は、外部パートナーとのPillar II協力を判断する要素として「機微データ・情報を適切に保護する能力」を公式に挙げています。日本の情報保全、サイバー、カウンターインテリジェンス能力が、AUKUSを含む高度な技術協力の土台になるという関係は一次資料から確認できます。

今回の発言は、LNG、国家情報局、スパイ対策、防衛装備、AUKUSを別々の話題として見るより、「長年の経済的な信頼を、より高い機密性を伴う安全保障協力へ転換する」という日豪関係の現在地として捉えると全体像が見えます。

9月9日のシーラー駐日大使発言の要点

確認できている内容:

  • シーラー駐日大使は2026年9月9日、日本記者クラブで講演しました。
  • 豪州大使館は講演原稿「From Reconciliation to Special Strategic Partnership: Australia and Japan at 50, and Beyond」を公開しています。
  • 講演全体を貫くキーワードは日豪間の「trust(信頼)」です。
  • シーラー氏は、オーストラリアが日本最大のLNG・石炭供給国だと説明しました。
  • 豪州は日本のエネルギー供給の約3分の1を担っています。
  • 同氏は、豪州が日本へのLNG供給を欠かしたことがないと述べました。
  • エネルギーだけでなく、防衛、インテリジェンス、サイバー、AI、量子、重要インフラ、重要鉱物、研究セキュリティを日豪協力の対象として挙げています。
  • シーラー氏は、自身が豪州の情報機関トップだった時期に日本側と情報協力を強化してきたと述べています。
  • 日本の国家情報局設置を歓迎し、日本のインテリジェンス改革の次の段階を支援する考えを示しました。
  • 日豪両国は2026年8月、情報・インテリジェンス交換を増やす方針を国防相間で正式に確認しています。
  • 同じ8月の合意では、豪州の試験場を日本の長射程精密打撃・極超音速ミサイルなどの試験に利用するための枠組みも進めるとしています。
  • 豪州は海上自衛隊「もがみ型」を基礎とする能力向上型フリゲートを導入し、最初の艦艇を2029年に受領する計画です。
  • 日豪初の防衛装備共同開発である「Boobook」レーザーも2026年7月に豪州でフィールド試験を終えています。
  • 日本はAUKUS加盟国ではありませんが、2025年7月にAUKUS Pillar IIの海洋無人機システム実験へ初めて正式参加しました。

テレビ朝日の報道で確認できる質疑の内容:

  • シーラー氏は、いくつかの国が情報機関やSNSを利用し、政治介入や政治不安を起こそうとしているとの認識を示しました。
  • 対抗策として、情報機関、情報セキュリティ、スパイ行為に対処する法制度の強化に言及しました。
  • 豪州の情報や経験を日本の国家情報局と共有する考えを示したと報じられています。

現時点で確認できない内容:

  • 9月9日の公開された準備講演原稿には、テレビ朝日が報じたスパイ対策・法制度に関する発言は含まれていません。
  • 日本記者クラブから質疑応答の完全な公式逐語録は確認できていません。
  • シーラー氏が「日本をファイブ・アイズへ加入させる」と述べた事実は確認できません。
  • 豪州が日本のセキュリティクリアランス制度を「ファイブ・アイズ基準」で査定しているとの公式発表はありません。
  • シーラー氏の駐日大使指名理由を、AUKUS参加審査や国家情報局支援に限定する政府文書は確認できません。
  • 日本の国家情報局がAUKUSやファイブ・アイズ向けに設置されたとの政府説明もありません。
論点 2026年9月時点で確認できる状況
日豪インテリジェンス協力 シーラー氏本人が強化に関与したと説明。両国防相も情報・インテリジェンス交換拡大を確認
日本の国家情報局 2026年7月31日設置。シーラー氏は改革支援の意向を公式講演で表明
スパイ・外国介入対策 テレビ朝日の質疑報道で法制度・情報機関強化への言及を確認
日豪防衛統合 Mogami、Boobook、極超音速試験、共同訓練、情報共有で具体化
日豪「準同盟」 2026年5月、高市首相自身が「準同盟国とも言えるレベル」と表現
AUKUS 日本は非加盟。Pillar IIの個別協力に参加
Five Eyes 日本は非加盟。豪州は加盟国だが、日本の加入・査定を示す公式情報は確認できず
情報保全 2013年から日豪情報保護協定が発効。2025年には改正協議加速でも一致
発言の対中意図 9月9日の準備稿は中国を名指しせず。7月の別講演では米中競争、サイバー、偽情報、経済的威圧を明示

今回の講演は「エネルギー」と「スパイ」の別々の話ではない

豪州大使館が公開した講演全文では、シーラー氏は冒頭で、日豪関係の歴史を「trustの物語」と表現しました。

戦後の和解から1957年の日豪通商協定、1976年の日豪友好協力基本条約、自由貿易、防衛協力まで、日豪関係が段階的に深まった背景に、長期間の相互信頼があるという説明です。

その具体例として最初に置かれたのがエネルギーです。

オーストラリアは長年、日本へLNG、石炭などを供給してきました。2026年5月に両首脳が公表したエネルギー安全保障に関する共同声明でも、豪州が日本のエネルギー供給の約3分の1を担い、日本が豪州最大のLNG市場であることが確認されています。

9月9日の講演でシーラー氏は、金融危機、パンデミック、国際情勢の不安定化を経験しても、日本向けLNGを届けてきたことを「reliability(信頼性)」の実績として提示しました。

その直後に話題は防衛へ移ります。

豪州海軍が日本設計の能力向上型もがみ型フリゲートを採用したことについて、シーラー氏は日豪戦略パートナーシップの「industrialisation」、つまり安全保障関係が具体的な産業・生産基盤へ組み込まれる段階に入ったとの認識を示しています。

さらに、無人システム、誘導兵器、極超音速兵器、AI、量子、サイバー、研究セキュリティへ話を広げています。

これは「資源を売る豪州」と「買う日本」の関係から、「機微情報と防衛技術を共有するパートナー」へ移る論理です。

エネルギーの供給実績は、その高度な協力を正当化する信頼の証拠として配置されています。

「日本へのLNGを欠かしたことがない」という発言の安全保障上の意味

中東情勢が不安定化するなか、LNG供給の継続性を強調したことには直接的な経済的意味があります。

日本はエネルギー輸入依存度が高く、海上輸送路の混乱や地政学的危機は、発電、産業、生産コストに影響します。

豪州政府は2026年5月の日豪エネルギー安全保障合意で、燃料・ガスを含む必需品の流れを支えることを確認しました。

シーラー氏が9月9日に「エネルギー安全保障は日本にとってexistential」と表現したのは、LNG取引を単なる商取引としてではなく、日本の国家レジリエンスを支える基盤として位置付けているためです。

この論理は防衛にもつながります。

同盟・安全保障協力では、平時の共同声明よりも、有事や危機でも相手国が供給・支援を維持するかが信頼の評価に直結します。

豪州側が「これまで供給を止めなかった」という履歴を繰り返し強調するのは、日豪が防衛装備、情報、重要鉱物、サイバーなど、より高い相互依存を持つ際の信頼性を示す意味があります。

なお、「豪州が日本のエネルギーを握ることで政治的影響力を得ようとしている」とまで断定できる一次資料はありません。

豪州政府の公式説明は、安定供給、供給網の強靱化、エネルギー源の多様化を日豪双方の利益として位置付けています。

シーラー氏は2000年から「経済+安全保障」の対日関係を構想

9月9日の講演で見逃せないのは、シーラー氏が自身の対日政策への関与を25年以上の時系列で説明した点です。

2000年、豪外務貿易省で日本担当を率いていた同氏は、政府向けの政策企画文書で、日本とのFTAと「可能な限り実質的な安全保障関係」を同時に追求するよう提言したと述べています。

当時はまだ日豪EPAもなく、現在のような防衛協力も整備されていませんでした。

その後、日米豪3か国の戦略対話創設に関与し、2002年に高級事務レベルで初会合が行われました。

2005年には、イラク南部で陸上自衛隊の部隊を警護していたオランダ軍の撤収を知り、豪軍が自衛隊を支援する案を日本・米国側と進めたと説明しています。

シーラー氏は、この豪軍派遣によって小泉純一郎首相とジョン・ハワード首相の間に政治的信頼が形成され、日豪の戦略関係が次の段階へ進んだと評価しています。

つまり、同氏の対日観は2026年に突然形成されたものではありません。

「経済的な相互依存を、安全保障・作戦協力へ発展させる」という考え方は、少なくとも本人の説明では2000年から一貫しています。

ONI長官時代から日本とのインテリジェンス協力を明示

2026年の駐日大使就任後にインテリジェンスへ関心を持ち始めたわけでもありません。

2025年10月6日、シーラー氏はDirector-General of National Intelligenceとして豪日経済合同委員会会議で講演しました。

この時点で、インテリジェンス、サイバー防衛、テロ対策、海洋監視、悪意ある影響工作の追跡において日豪の結び付きが強まり、両国がより速く正確に行動できるようになっていると説明しています。

さらに日豪関係について、日本側の同僚がしばしば「quasi-alliance」と呼ぶほどの信頼関係だとも述べました。

2025年12月の豪州での講演でも、ONI長官として東京で日本の政治指導者・政府当局者と情報関係の強化について協議していると発言しています。

9月9日の「ONI長官時代から日本との情報協力を強化してきた」という説明は、過去の発言とも整合します。

なぜ情報機関トップ経験者を駐日大使にしたのか

豪州政府は2025年10月16日、シーラー氏を2026年初頭の駐日大使に指名する意向を公表しました。

公式発表では、同氏がONI長官、Cabinet Secretary、2人の首相の国家安全保障上級顧問を務めた経歴、ワシントン勤務やCSIS、Lowy Instituteでの経験などが紹介されています。

就任後の行動を見ると、同氏の情報・安全保障経験が駐日大使として実際に活用されていることは確認できます。

6月24日には佐藤啓内閣官房副長官を表敬し、5月の日豪首脳会談で発出された経済安全保障・安全保障分野の5つの共同文書を踏まえて、具体的な協力を進めることで一致しました。

7月15日の東京グローバル・ダイアローグでは、インド太平洋の軍事バランス、米中間の技術競争、サイバー、偽情報、エリート層への影響、経済的威圧、AUKUS、Quadなどを体系的に論じています。

9月9日には、国家情報局への協力を公に明言しました。

したがって、「豪州が情報機関トップ経験者を東京へ送った結果、日豪関係でインテリジェンス分野が前面に出ている」という観察は、就任後の行動から裏付けられます。

過去のセキュリティ対策Lab記事と現在の行動を検証

セキュリティ対策Labは2026年1月、シーラー氏の駐日大使指名を受け、以下の記事を公開しました。

当時の記事には、事実に基づく部分と、任命の狙いを先読みした分析が混在していました。

9月時点までに公表された一次情報を使って検証すると、次のように整理できます。

2026年1月の記事の論点 現時点の評価 2026年9月までに確認できた事実
元ONIトップが駐日大使になる 確認済み 豪州政府が2025年10月に指名を公表。シーラー氏は現在駐日大使
日豪の情報共有が深まる 強く裏付けられた シーラー氏本人がONI長官時代から情報協力を強化したと説明。8月の日豪防衛相声明も情報・インテリジェンス交換拡大を明記
防衛・先端技術協力が拡大する 強く裏付けられた Mogami、Boobook、豪州試験場での長射程・極超音速試験、AI・量子・サイバー協力が具体化
日本のインテリジェンス改革と関係する 結果として裏付けが強まった 国家情報局設置後、シーラー氏が「次の段階を支援する」と公式講演で表明
AUKUS Pillar IIと日本の関係が深まる 方向性は確認済み 日本は2025年、海洋無人機のPillar II実験へ正式参加。AUKUSは日本との個別協力を検討・実施
日本の情報保全能力が先端技術協力の条件になる 制度上の根拠あり AUKUS3か国は外部パートナー選定要素として機微情報を適切に保護する能力を明記
日本をFive Eyes基準で「査定」するための派遣 裏付け確認できず 豪州政府の任命文書、日豪共同文書、AUKUS文書にそのような任務は確認できない
シーラー氏がCIA・MI5などの意向を官邸へ直接伝える 裏付け確認できず 米豪・Five Eyesとの深い経歴は確認できるが、そのような伝達任務を示す一次情報はない
シーラー氏は「AUKUSの立役者」 表現には留保が必要 AUKUS期にONIトップで、本人もAUKUSの情報・防諜課題に深く関与。ただし政府公式プロフィールは「AUKUSの立役者」とは位置付けていない
日豪は実質的な軍事・情報同盟へ近づく 方向性は強まったが法的同盟ではない 高市首相が2026年5月に「準同盟国とも言えるレベル」と公言。ただし日豪間に相互防衛条約はない
主要国の駐日大使が過去10年で情報畑へ偏っている 再検証が必要 個別大使の経歴だけでは体系的傾向を立証できず、別途全任命の比較が必要

この比較で最も大きいのは、日豪の情報・防衛統合については、当時の予測よりも明確な政府文書が2026年中に出てきた点です。

反対に、Five Eyesによる「査定」やCIA・MI5の意向伝達など、情報機関の非公開活動を推定した部分は、一次情報で確認できない以上、事実として維持すべきではありません。

「準同盟」は分析用語から日本政府首脳の表現へ

日豪関係の現在地を示す言葉として、「準同盟」があります。

2025年10月、まだONI長官だったシーラー氏は、日本側の同僚が日豪関係を「quasi-alliance」と呼ぶことがあると講演で述べていました。

さらに2026年5月4日、豪州を訪問した高市早苗首相自身が、日豪は同志国連携のフロントランナーとして安全保障協力を進め、「いわば『準同盟国』とも言えるレベル」に達したと公式に発言しました。

これは日豪関係の政治的な位置付けが明確に変わってきたことを示します。

ただし、「準同盟」は法的な条約分類ではありません。

日本と豪州の間には、日米安全保障条約やANZUS条約のように相互防衛義務を定める二国間同盟条約はありません。

現在の日豪関係を構成するのは、2022年の日豪安全保障協力に関する共同宣言、2023年に発効した円滑化協定(RAA)、情報保護協定、サイバー協力、防衛装備・技術協力、共同訓練、日米豪などの多国間枠組みです。

2026年5月、日豪は安全保障を5つの文書で束ねた

シーラー氏の9月発言を理解するうえで、2026年5月4日の日豪首脳会談が大きな節目です。

両政府は同日、少なくとも次の5分野で共同文書を公表しました。

  1. 経済安全保障
  2. エネルギー安全保障
  3. 重要鉱物
  4. 戦略的サイバー
  5. 防衛・安全保障

この並びは、現在の日豪安全保障が軍事だけを意味しないことを示しています。

エネルギー、重要鉱物、デジタル基盤、AI、防衛装備、情報共有が、同じ国家レジリエンスの問題として扱われています。

9月9日のシーラー氏の講演も、ほぼ同じ構造です。

LNGから始まり、Mogami、極超音速兵器、AI、量子、半導体、サイバー、海底ケーブル、データセンター、5G・6G、重要鉱物、研究セキュリティへ展開しています。

このため、今回の「エネルギーで信頼を得た」という発言は、5月以降の日豪戦略全体を説明する政治的メッセージとして読むことができます。

情報・インテリジェンス協力は8月にさらに具体化

2026年8月18日、豪州のリチャード・マールズ国防相と日本の小泉進次郎防衛相は、日豪防衛協力の進捗を5分野で公表しました。

第1に置かれたのが「Increased information and intelligence cooperation」です。

両国は、地域の戦略環境に対する共通の状況認識を高めるため、情報と作戦上の知見の交換を拡大するとしています。

また、共通の脅威に関する評価を共有するため、国家安全保障当局者の交流頻度が増えていることも歓迎しました。

これは「情報共有を強化したい」という将来目標ではなく、既に交換と協議の頻度が増えているという進捗報告です。

シーラー氏が9月9日に国家情報局との協力を表明したことは、この二国間政策の流れと整合します。

Mogamiは「信頼」が防衛産業へ移った象徴

シーラー氏は講演前日の9月8日、三菱重工業の長崎造船所を訪問しました。

豪州は日本のもがみ型護衛艦を基礎とする能力向上型を、豪海軍の次期汎用フリゲートとして採用しています。

日豪防衛相は2026年4月に「Mogami Memorandum」を締結し、最初の艦艇を2029年に豪海軍へ引き渡す方向で作業を進めています。

9月9日の講演でシーラー氏は、この案件を日豪戦略パートナーシップの「industrialisation」と表現しました。

安全保障協力が、首脳会談や共同訓練だけでなく、造船、保守、サプライチェーン、技術管理、長期的な運用に組み込まれる段階を意味します。

軍艦の共同運用や維持には、性能、センサー、通信、武器、脅威評価、運用構想など、多くの機微情報が関係します。

この意味でも、情報保全と防諜能力は防衛産業協力と切り離せません。

Boobook、極超音速試験でも日豪の技術統合が進む

防衛協力はMogamiだけではありません。

豪州国防省は2026年7月、日豪初の防衛産業共同開発案件「Boobook」のレーザー技術について、南オーストラリア州でのフィールド試験を完了しました。

豪州のDefence Science and Technology Group、Mitsubishi Electric Australia、三菱電機が共同で進めています。

8月の日豪防衛相会談では、豪州の広大な試験場を、日本の次世代長射程精密打撃能力、自律システム、極超音速ミサイルプログラムの試験に利用するための枠組みを進めることでも一致しました。

マールズ国防相は豪州が日本へ「strategic depth」を提供できると説明しています。

小泉防衛相も、日本が豪州でスタンド・オフ・ミサイルなどを試験できるようになれば、米国に次ぐ画期的な協力になるとの認識を示しました。

9月9日のシーラー氏も、この「strategic depth」という言葉を使っています。

豪州は、日本にエネルギーや鉱物を供給するだけでなく、国土の広さ、試験場、造船・製造基盤、情報能力を安全保障資産として提供する方向へ進んでいます。

日本の国家情報局は2026年7月31日に発足

今回、シーラー氏が直接言及した日本の国家情報局は、2026年7月31日に発足しました。

国家情報会議設置法は同年6月3日に公布され、7月31日に施行されています。

従来の内閣情報会議を閣僚級の「国家情報会議」へ格上げし、内閣情報官・内閣情報調査室を発展的に解消して、官邸直属の国家情報局を設置する制度です。

内閣官房によると、国家情報局は政府の重要なインテリジェンス活動に関わる情報を集約・分析し、国家情報会議を支える司令塔機能を担います。

高市首相は7月27日の記者会見で、外国情報機関員による先端技術情報の取得、官民の重要情報を狙うサイバー攻撃、自国に有利な方向へ世論を誘導する偽情報の拡散を、日本で現実に生じている脅威として挙げました。

国家情報局と国家情報会議の設置については「インテリジェンス改革の第一歩」と位置付けています。

国家情報局の制度については、以下の記事で詳しく整理しています。

豪州が国家情報局へ提供できる「経験」とは何か

シーラー氏が国家情報局へ何を具体的に共有するのかは、9月9日の公開講演原稿には詳細がありません。

テレビ朝日は、同氏が豪州の「情報やこれまでの教訓」を共有すると述べたと報じています。

ここから先は、豪州の公開制度とシーラー氏自身の経歴から、共有可能な領域を整理できます。

ただし、以下は「豪州が日本に必ずこの制度を導入させる」という意味ではありません。

情報コミュニティの統合・評価

シーラー氏が率いたONIは、単一の情報収集機関というより、豪州政府内の複数情報機関から情報を集約し、戦略評価を政府中枢へ提供する役割を持ちます。

日本の国家情報局も、各省庁の情報を集約・分析し、官邸の意思決定を支える機能を強化する点で共通する課題があります。

組織設計は同一ではありませんが、「情報機関間の縦割りをどう越えるか」「政策部門へどのような評価を届けるか」は、シーラー氏の実務経験と直接重なる分野です。

カウンターインテリジェンス

豪州ではASIOが外国によるスパイ活動や外国干渉への対処を担います。

豪州政府は、外国干渉を、外国政府のために行われる秘密・欺瞞的・威圧的・腐敗的な活動で、政治的権利や国家利益を損なうものとして説明しています。

同時に、公開・透明・合法的な外国からの働き掛けである「foreign influence」と、秘密・欺瞞的な「foreign interference」を明確に区別しています。

この線引きは、日本がスパイ・外国介入対策を議論する際にも参考になります。

経済安全保障

シーラー氏はONI長官時代、インテリジェンス機関が従来の軍事・外交だけでなく、経済安全保障に深く関与する必要性を繰り返し説明していました。

現在の日豪協力も、重要鉱物、AI、量子、半導体、エネルギー、海底ケーブル、研究セキュリティまで対象を広げています。

国家情報局が扱う経済・技術インテリジェンスとの接点があります。

外国による情報操作

豪州は、SNSを使った秘密の影響工作、偽情報、社会の分断工作を国家安全保障上の問題として扱っています。

シーラー氏自身も7月の東京での講演で、サイバー作戦、disinformation、elite capture、経済的威圧を「gray zone」の手段として挙げました。

日本の国家情報改革でも、偽情報や外国による世論工作への対応が課題として公に示されています。

豪州のスパイ対策法制を日本がそのまま導入するわけではない

テレビ朝日の報道では、シーラー氏が「スパイ行為に対処する法律が必要」と述べたとされています。

豪州には、2018年に成立したNational Security Legislation Amendment (Espionage and Foreign Interference) Actがあります。

同法は、外国主体へ国家安全保障に関する情報を提供するスパイ行為、外国政府等と連携した秘密・欺瞞的な政治介入などを刑事犯罪として規定しました。

豪州はForeign Influence Transparency Schemeなど、外国主体の影響活動を透明化する制度も整備しています。

一方、日本では2026年1月、高市首相が「インテリジェンス・スパイ防止関連法」の制定を政策課題として明言していますが、国家情報会議設置法の成立時点では、その他のインテリジェンス施策について具体的内容を公表できる段階ではないと説明しています。

したがって、9月9日のシーラー氏発言を「豪州型スパイ防止法を日本へ導入する方針が決まった」と読むことはできません。

豪州の制度は参考事例になり得ますが、日本の憲法、刑事法、秘密保護制度、報道・表現の自由、プライバシー、国会監督などとの整合性は国内で別途議論されます。

国家情報局強化とプライバシー・監督は同時に見る必要がある

インテリジェンス能力の強化には、情報収集・分析能力だけでなく、権限統制の設計も含まれます。

国家情報会議設置法の国会審議では、個人情報やプライバシーへの懸念も示されました。

衆議院内閣委員会の附帯決議は、「重要情報活動」の解釈を過度に広げないこと、情報収集・提供に際して個人情報保護法などを遵守し、プライバシーを無用に侵害しないことを求めています。

高市首相も5月27日、国家情報会議・国家情報局は行政機関間の関係を律する制度であり、衆参両院の附帯決議を踏まえて運用すると説明しました。

外国干渉やスパイ活動への対応を強める際は、「何を外国干渉と定義するか」「誰が判断するか」「どのような情報収集を許すか」「国会・司法・独立機関がどう監督するか」という統制面を同時に設計する必要があります。

豪州自身も、合法・透明な外国からの影響活動と、秘密・欺瞞的な外国干渉を区別しています。

日本で制度化する場合も、この境界が政策の正当性を左右します。

日豪の情報共有は国家情報局以前から続いている

国家情報局ができたことで、日豪情報協力がゼロから始まるわけではありません。

日本と豪州は2012年に情報保護協定へ署名し、2013年3月に発効させています。

外務省は当時、この協定によって日豪間の安全保障情報共有と情報分野協力の基盤が形成され、さらに共通の同盟国である米国を加えた日米豪3か国協力にもつながると説明しました。

2025年9月の日豪2+2では、この情報保護協定の改正に関する協議を加速させることでも一致しています。

同じ2+2では「情報空間が日豪協力の新たなフロント」と位置付け、外国による情報操作やナラティブへの対抗、サイバー政策協力も確認しました。

つまり、2026年の国家情報局は、既に存在する二国間情報保護・サイバー協力の上に、日本側の司令塔機能を強化する意味を持ちます。

AUKUSとの関係:日本は加盟国ではない

シーラー氏の経歴や日豪安全保障を語る際、AUKUSとの関係は避けられません。

ただし最初に明確にすべきなのは、日本はAUKUS加盟国ではないという点です。

AUKUSは2021年に豪州、英国、米国が設けた安全保障パートナーシップです。

現在は2つの柱があります。

AUKUS 内容 日本との関係
Pillar I 豪州の通常兵器搭載・原子力推進潜水艦能力の取得 日本は参加していない
Pillar II 量子、先進サイバー、電子戦、海中戦、自律・AI、極超音速・対極超音速などの先進能力 日本は個別プロジェクトで協力

2026年5月、AUKUS3か国はPillar IIで初となる「Signature Project」を発表しました。

無人潜水艇(UUV)向けの先進ペイロードと関連システムを開発し、2027年から能力提供を始める計画です。

Pillar IIは3か国の軍事技術統合を加速する枠組みであり、日本が協力する場合も、AUKUS全体へ加入するのではなく、選定された個別分野・プロジェクトへの参加として進みます。

日本はすでにAUKUS Pillar IIの実験へ参加

日本とAUKUS Pillar IIの関係は構想だけではありません。

2025年7月16~17日、防衛省・自衛隊は豪州で、米国、英国、豪州とともに海洋無人機システムの水中音響通信に関する実験へ参加しました。

AUKUS Pillar IIの共同試験プロジェクト「Maritime Big Play」の一部です。

日本がPillar IIの活動へオブザーバー以外の形で参加した最初の事例でした。

海洋無人機システムは、2024年に日本との初期協力分野として示されていました。

日豪が2026年に共同試験を進める自律システムや、豪州が日本へ提供する試験場も、技術分野としてはPillar IIの優先領域と重なります。

ただし、二国間の日豪共同開発案件が自動的にAUKUSプロジェクトになるわけではありません。

AUKUS枠内の活動と、日豪二国間の防衛産業協力は制度上分けて扱う必要があります。

AUKUSが日本との協力条件に「機微情報を守る能力」を明記

国家情報局や情報保全とAUKUSの接点を最も明確に示す一次資料が、2024年4月のAUKUS国防相共同声明です。

豪州、英国、米国は、Pillar IIの個別プロジェクトで追加パートナーと協力する際、次のような要素を考慮するとしています。

  • 技術的イノベーション
  • 資金
  • 産業上の強み
  • 機微なデータと情報を適切に保護する能力
  • インド太平洋の平和・安定への影響

その直後に、日本の技術力とAUKUS3か国それぞれとの緊密な防衛関係を認識し、日本とのPillar II協力を検討すると明記しました。

したがって、「日本の情報保全能力がAUKUS高度技術協力と無関係」という理解は適切ではありません。

先端軍事技術を共有する以上、機密情報を保護できる制度・運用は明示的な評価要素です。

ただし、ここから「シーラー大使がFive Eyes基準で日本を査定している」と結論付けることはできません。

AUKUSの公式文書が示すのは「adequately protect sensitive data and information」という協力判断要素であり、「Five Eyes基準への適合監査」「日本のFive Eyes加盟審査」とは書かれていません。

AUKUSとFive Eyesは同じ枠組みではない

AUKUSとFive Eyesは重なる加盟国が多いため混同されやすいですが、別の枠組みです。

Five Eyesは米国、英国、豪州、カナダ、ニュージーランドによる情報協力の枠組みです。

AUKUSは豪州、英国、米国の3か国による防衛・先端能力パートナーシップです。

日本はどちらにも正式加盟していません。

日本はAUKUS Pillar IIで個別協力を進め、Five Eyes各国とも二国間・多国間の情報協力を持っていますが、それだけでFive Eyesの正式メンバーになるわけではありません。

豪州のASIOは2025年、AUKUSが外国情報機関の優先的な情報収集対象になっており、豪州が友好国とみなす国を含めて能力・運用方法などを狙っていると警告しました。

シーラー氏自身もONI長官時代の2024年11月、AUKUSと先端防衛能力を狙うスパイ活動の脅威は強いままだと議会で説明しています。

この環境では、日本とAUKUSの技術協力が深まるほど、日本側の防諜、サイバー、秘密保護、研究セキュリティが問われるのは自然です。

しかし、それはFive Eyes加盟の証拠ではなく、「共有する機密度が上がれば保護の要求水準も上がる」という安全保障協力一般の問題です。

過去記事の「Five Eyes査定」は修正して読む必要がある

2026年1月の過去記事では、「日本のセキュリティクリアランス制度がFive Eyes基準で運用されているかを現場で厳しくチェックする」ことを豪州側の目的として記述しました。

9月10日時点で確認できる公開一次情報から、この「査定」という具体的任務は確認できません。

むしろ、現在確認できる事実は次のように整理する方が正確です。

  1. AUKUSは外部パートナーとの先端技術協力で、機微情報を適切に保護できる能力を考慮する。
  2. 日本と豪州には2013年から情報保護協定がある。
  3. 2025年の日豪2+2は同協定の改正協議を加速させることで一致した。
  4. 2026年には情報・インテリジェンス交換そのものが拡大した。
  5. 日本は国家情報局を設置し、インテリジェンス改革を進めている。
  6. 元ONI長官のシーラー氏が、その改革支援を公に申し出た。

この6点から「情報保全能力の向上が、より高度な日豪・AUKUS協力を支える」と分析することはできます。

一方で、「豪州が日本を審査し合否を決める」とは一次資料にありません。

「CIA・MI5の意向を直接伝える」との過去記述も確認できない

過去記事には、シーラー氏が東京にいることで「MI5や米国防総省、CIAの意向がタイムラグなく日本の官邸・国家安全保障局へ伝わる体制が整った」とする記述もありました。

シーラー氏が米国の安全保障コミュニティと深い関係を持つことは確認できます。

在米豪州大使館勤務、CSIS勤務、国家安全保障政策の長い経験があり、米国防総省と米インテリジェンス・コミュニティから勲章も授与されています。

豪州はFive Eyesの一員であり、米英との情報協力も極めて深い国です。

しかし、これらの経歴から、CIAやMI5の「意向を日本へ伝える役割」を推定することはできません。

外交官と情報機関の実務上の接点が非公開であるとしても、確認できない活動を事実として書くことは避けるべきです。

今回の9月9日の公式発言だけでも、「豪州自身が日本との情報協力を強化する」「国家情報局の改革を支援する」という十分に大きな政策的意味があります。

「AUKUSの立役者」という評価も帰属を明確にする

シーラー氏は2020~2025年にONI長官を務め、AUKUS発足と実装が進んだ時期に豪州インテリジェンス・コミュニティの中枢にいました。

本人はAUKUSを狙う情報活動、偽情報、先端技術保護について公に発言しています。

一方、豪州政府の駐日大使指名発表や公式経歴は、同氏を「AUKUSのarchitect」「AUKUSの立役者」とは表現していません。

二次報道や関係者がそう評価する場合は、その評価主体を明示して紹介することはできます。

しかし、政府確認済みの肩書として使うのは避けるべきです。

シーラー氏の発言意図① エネルギーの信頼を安全保障の信頼へ転換する

ここからは、公開された発言と政策の流れから読み取れる意図を分析します。

第1は、豪州が日本にとって「危機でも供給を続ける国」であることを、安全保障協力の根拠として示すことです。

シーラー氏の9月9日の講演は、「trust」という言葉から始まり、LNGの信頼性、Mogami、防衛産業、極超音速試験、先端技術へ順番に進みます。

構成上、エネルギーは安全保障と別の商業テーマではなく、長期間の信頼を実証する材料になっています。

豪州から見れば、日本に高度な防衛装備や情報を共有しても長期的に協力できるという政治的信頼を強める効果があります。

日本から見れば、地政学的危機でエネルギー供給を維持できる国との安全保障関係を深める合理性があります。

発言意図② 国家情報局を「二国間協力の新しい窓口」にする

第2は、日本の新しい国家情報局との早期の関係構築です。

国家情報局は7月31日に発足したばかりです。

その約40日後に、元ONI長官である豪州大使が公開の場で支援を表明したことは、象徴的な意味を持ちます。

シーラー氏は日本のインテリジェンス改革を外から論評しているだけではありません。

本人の説明では、ONI長官時代に既に日本側と情報協力を強化していました。

その人物が駐日大使として、国家情報局という新しい司令塔との協力を続けることになります。

制度面では日本側の窓口が強化され、豪州側にはその統合型インテリジェンス運営を経験した大使がいるという組み合わせです。

これは、日豪の情報協力を個別省庁間の連絡から、より政府中枢の戦略評価へ広げる条件を整えます。

ただし、実際にどの機密レベルの情報を、どの頻度・方式で共有するかは公開されていません。

発言意図③ スパイ対策を「安全保障協力のインフラ」として扱う

第3は、スパイ・外国介入対策を国内治安だけでなく、同盟・パートナー協力のインフラとして位置付けることです。

防衛技術やインテリジェンスは、「相手から受け取った情報を守れる」ことが前提です。

AUKUSが外部パートナーとの協力条件に情報保護能力を明記しているのは、そのためです。

日豪のMogami、レーザー、自律システム、極超音速兵器、AI、量子、サイバーが進めば、外国情報機関にとって収集価値のある情報も増えます。

豪州ではAUKUSそのものが優先的なスパイ対象になっているとASIOが警告しています。

その経験を持つ国が、日本の防諜制度、情報セキュリティ、研究セキュリティへ関心を持つのは、二国間協力の構造から説明できます。

発言意図④ 中国を名指しせず、地域のグレーゾーン競争を示す

9月9日の豪州大使館の準備講演原稿では、中国を名指しして「スパイ活動の主体」とする記述はありません。

テレビ朝日の質疑報道でも「いくつかの国」とされています。

したがって、今回の会見を「中国への名指し批判」と表現するのは正確ではありません。

一方、シーラー氏が地域情勢をどう認識しているかは、2026年7月15日の東京グローバル・ダイアローグで明確です。

同氏は、インド太平洋の軍事力バランスの急速で不利な変化、米中間の技術競争、サイバー作戦、偽情報、elite capture、海上民兵、経済的威圧などを挙げました。

そして、これらへの対応として各国が国内レジリエンスを高め、Quad、AUKUSを含む重層的な安全保障ネットワークを形成していると説明しました。

このため9月9日のスパイ・政治介入発言は、同氏が以前から示している「軍事衝突未満のグレーゾーンで国家間競争が進んでいる」という認識と整合します。

ただし、個別の9月9日発言について、特定国を暗示していたと断定することはできません。

発言意図⑤ 日本をAUKUSへ「加盟」させるより、機能別に統合する

AUKUSとの関連で見れば、豪州の対日政策は、日本を直ちにAUKUS4番目の加盟国にすることより、必要な能力を個別に接続していく形が現実に進んでいます。

日本はPillar IIの海洋無人機実験へ参加しました。

日豪二国間では、Mogami、Boobook、極超音速試験、情報交換、サイバー協力を進めています。

日米豪の3か国枠組みもあります。

つまり、日本の安全保障統合は「AUKUS参加か不参加か」の二択ではありません。

二国間、日米豪、Quad、AUKUS Pillar IIなどを重ね、技術・情報・運用ごとに接続を深める方式です。

シーラー氏自身も7月の講演で、AUKUSやQuadを「overlapping security alliances and networks」の一部として説明しました。

この考え方から見ると、駐日大使としての役割は「日本を1つの枠組みに入れる」より、「複数の安全保障ネットワークを相互運用可能にする」方向に近いと分析できます。

AUKUSのためだけに国家情報局ができたわけではない

ここも因果関係を逆転させないよう注意が必要です。

日本政府は国家情報局設置の理由として、国際環境の複雑化に対応し、外交、防衛、経済、技術などの政策判断に必要な情報を政府中枢へ集約することを挙げています。

高市首相は、先端技術を狙う外国情報活動、サイバー攻撃、偽情報などを具体的脅威として示しています。

AUKUS参加要件を満たすために国家情報局を設けた、という政府説明はありません。

ただし、日本の情報機能と情報保全能力が上がれば、結果としてAUKUS Pillar IIを含む高度な情報・技術協力を進めやすくなる可能性はあります。

「設置目的」と「協力上の効果」を分けて考える必要があります。

豪州にとってAUKUSは実際にスパイ対象になっている

豪州が情報保全を強く意識する背景には、自国での現実の脅威があります。

ASIOの2025年Annual Threat Assessmentでは、AUKUSが外国情報機関の優先的な情報収集対象であり続けると警告しました。

ASIOによると、外国の情報機関はAUKUSの能力、豪州がそれをどのように使おうとしているか、同盟国の信頼を損なう方法などを探っています。

さらに、2030年に向けて潜水艦計画が成熟するにつれ、情報収集だけでなく、世論を揺さぶる外国干渉や、地域情勢が悪化した場合の破壊工作へ関心が移る可能性も評価しています。

シーラー氏も2024年11月、ONI長官として議会に対し、AUKUSと先進防衛能力へのスパイ脅威は強いままだと説明しました。

この豪州側の経験から見れば、日豪が先端技術を統合するほど、製品セキュリティだけではなく、人的情報、研究協力、サプライチェーン、政治的影響工作まで含むカウンターインテリジェンスが必要になるという認識につながります。

「外国の政治介入」はサイバー攻撃だけではない

インテリジェンス分野で企業が見落としやすいのが、foreign interferenceの範囲です。

豪州政府は、外国干渉が政府だけでなく、企業・産業、大学・学校、メディア、コミュニティを対象にすると説明しています。

手段も、サイバー攻撃だけではありません。

  • 人的接触による情報収集
  • 秘密の資金提供
  • ビジネス関係を使った影響
  • 研究者・技術者への接近
  • SNSを使った偽情報・分断
  • 政治家や政策関係者への秘密の働き掛け
  • コミュニティへの威圧
  • サプライチェーンや取引関係を通じた圧力

豪州政府が強調するのは、「外国からの影響」自体を問題にするのではない点です。

公開され、透明で、合法的な外交、ロビー活動、文化交流などは通常のforeign influenceです。

外国政府のために秘密・欺瞞・威圧的な方法を使い、国家の意思決定や権利を歪める行為がforeign interferenceとして扱われます。

日本で今後法制度を議論する場合も、この区別は中心的な論点になります。

情報保全の対象は官庁だけでなく企業・大学へ広がる

9月9日の講演でシーラー氏は、AI、量子、先端半導体、自律システム、バイオ技術を、地政学的優位を左右する分野として挙げました。

さらに、日本の大学関係者と研究協力・研究セキュリティについて協議していることも明かしています。

これは、日豪のインテリジェンス協力が政府機密の交換だけでは終わらないことを示します。

国家間競争で価値を持つ情報は、民間企業や大学にも大量に存在します。

  • 防衛装備の設計情報
  • AIモデル・学習技術
  • 量子技術
  • 半導体製造・材料
  • 衛星・宇宙技術
  • 自律制御
  • 通信・暗号
  • 海底ケーブル
  • 5G・6G
  • 重要鉱物の権益・精製技術
  • LNG・エネルギーインフラ
  • バイオ・デュアルユース研究

豪州ASIOも、外国情報機関が防衛だけでなく企業の契約、投資、知財、研究、顧客データまで狙っていると警告しています。

日本の国家情報改革が企業に関係する理由はここにあります。

日豪戦略的サイバー・パートナーシップも情報共有を前提にする

2026年5月の日豪戦略的サイバー・パートナーシップでは、両国がサイバー防御とレジリエンスを共同で強化し、サイバー脅威、重要技術、サイバー対応ガバナンスに関する共通認識と協力を高めるとしています。

対象には政府だけでなく民間部門も含まれます。

重要インフラ、ランサムウェア、サイバー犯罪、AIなどの重要技術で官民協力を進めます。

さらに、両国の主権や地域の安全保障利益へ影響するサイバー事態について相互に協議し、対応措置を検討することも盛り込まれました。

この仕組みが機能するには、両国が脅威情報を迅速に共有し、受け取った情報を適切に取り扱える必要があります。

国家情報局、日豪情報保護協定、サイバー・パートナーシップは、それぞれ別制度ですが、実務上は同じ「信頼された情報共有環境」を構成します。

企業が見るべき「インテリジェンス安全保障」の変化

日豪関係が「準同盟」と表現される水準へ深まると、影響は政府・自衛隊・防衛企業だけにとどまりません。

特に次の企業・組織は、国家安全保障上の情報管理と接点を持つ可能性が高まります。

  • 防衛産業とそのサプライヤー
  • 造船、機械、電子部品
  • 半導体・材料
  • AI・量子・ロボティクス
  • 通信・クラウド・データセンター
  • エネルギー・LNG
  • 重要鉱物
  • 海底ケーブル
  • 宇宙・衛星
  • 大学・研究機関
  • OT・重要インフラ事業者

従業員600~3,000人規模の企業でも、Tier 2・Tier 3サプライヤーとして高度なプロジェクトへ入ると、保有情報の価値が急に変わることがあります。

「自社は防衛プライムではないからスパイの対象にならない」という前提は置かない方が安全です。

情報システム部門・CSIRTが確認したい項目

インテリジェンス協力の深化を企業実務へ落とす場合、確認対象は単なるウイルス対策ではありません。

重要情報の所在

  • 自社が保有する防衛・先端技術・重要インフラ関連情報を分類できているか
  • 取引先から受領した機密情報の保護条件を把握しているか
  • 研究データ、設計データ、評価データ、会議資料を一元的に把握できるか
  • 個人のクラウドストレージや生成AIへ機密情報が流れていないか

ID・アクセス

  • 機微プロジェクトをneed-to-knowで分離しているか
  • 特権IDや外部委託者へMFAを適用しているか
  • 退職・異動・契約終了時にアクセス権を即時失効できるか
  • 海外拠点・共同研究先のIDを同じレベルで管理しているか

内部脅威・人的セキュリティ

  • 技術者や研究者への不審な接触を報告する窓口があるか
  • SNSや転職サイト経由の接触をソーシャルエンジニアリングの対象として教育しているか
  • 高額報酬を提示する非公開の技術相談、講演、共同研究依頼などを確認する手順があるか
  • 機密プロジェクト従事者のアクセス異常を監査できるか

研究セキュリティ

  • 大学・研究機関との共同研究でデータ持ち出し条件を定めているか
  • 共同研究者・委託先に必要以上のデータを渡していないか
  • 外国研究機関・投資主体との関係を適切に開示できるか
  • デュアルユース技術の輸出管理を確認しているか

サイバー・サプライチェーン

  • EDR、SIEM、ネットワーク監視で長期潜伏を検知できるか
  • サプライヤーの侵害を自社インシデントとして扱う手順があるか
  • ソフトウェア更新、リモート保守、VPN、委託アカウントを把握しているか
  • 重要取引先へ侵害通知条件を契約で求めているか

情報共有

  • 政府・業界ISAC・JPCERT/CCなどから受け取る制限付き情報を適切に管理できるか
  • 情報共有時のTLPや秘密区分を守れるか
  • インシデント時に警察、NISC/NCO、JPCERT/CC、所管省庁などへ連絡する社内判断基準があるか
  • 海外パートナーから受け取った情報を国内サプライヤーへ再共有できる条件を確認しているか

「安全保障」と「情報セキュリティ」が同じ経営課題になりつつある

シーラー氏の9月9日の講演は、日豪関係を外交・防衛だけで説明していません。

LNG、重要鉱物、AI、量子、半導体、研究、サイバー、防衛装備、インテリジェンスを同じ戦略の中に置いています。

これは企業にとって、経済安全保障と情報セキュリティが分離しにくくなっていることを意味します。

例えば、重要鉱物企業へのサイバー侵入が、単なる情報漏えいではなく資源交渉上の優位獲得を目的とする場合があります。

AI企業のモデルや研究データ窃取は、知財侵害であると同時に国家技術競争の一部になる可能性があります。

大学への人的接触も、研究者個人の問題ではなく先端技術流出へつながります。

このため、CISOや情報システム部門だけではなく、経営企画、法務、輸出管理、人事、研究開発、渉外、調達まで含めた横断管理が必要になります。

今後確認したい日豪インテリジェンス協力の具体化

シーラー氏が「次の段階」を支援すると述べたことで、今後は発言より具体的な制度・運用が確認対象になります。

国家情報局と豪州機関の関係

国家情報局とONI、ASIO、ASDなどの間で、どのような公開協力枠組みが設けられるかが焦点です。

すでに日豪情報協力は存在しますが、新組織発足後の政府中枢レベルの対話がどの程度制度化されるかは今後の確認事項です。

日豪情報保護協定の改正

2025年2+2で改正協議加速に合意した日豪情報保護協定について、改正内容や署名時期が公表されるかを確認する必要があります。

先端技術・防衛産業協力が2013年当時より大幅に拡大しているため、情報区分、産業セキュリティ、デジタル情報の扱いなどが論点になり得ます。

ただし、具体的交渉内容は現時点で公表されていません。

スパイ防止関連法制

高市政権はスパイ防止関連法を政策課題として掲げています。

今後法案が具体化した場合は、対象行為、外国主体との関係、秘密情報の定義、故意・過失の要件、捜査権限、司法審査、報道・研究活動への例外、国会監督などを確認する必要があります。

AUKUS Pillar IIへの日本参加

日本が海洋無人機以外のPillar IIプロジェクトへ参加するか、どの技術分野で参加するかは大きな指標です。

量子、先進サイバー、自律・AI、極超音速などは、日本が日豪二国間でも協力を深めている領域と重なります。

Mogami・極超音速・共同開発

Mogamiの2029年引き渡し、Boobookの商用化・量産、豪州試験場での日本の長射程・極超音速兵器試験が進めば、日豪防衛産業間で扱う機微情報の量も増えます。

それに伴う産業セキュリティやサプライチェーン管理も確認対象です。

結論:元情報トップの駐日は「予測」から「実務」へ入り始めた

2026年1月にシーラー氏の駐日大使指名を分析した時点では、元ONI長官という異例の経歴から、日豪の情報・防衛協力が一段深まる可能性を読み取る部分が多くありました。

9月時点では、その一部が推測ではなく公開政策として確認できる段階へ進んでいます。

シーラー氏自身が、日本との情報協力をONI長官時代から強化してきたと明かし、新設された国家情報局の改革支援を公に表明しました。

両政府も、情報・インテリジェンス交換の拡大、Mogami、共同レーザー開発、極超音速兵器の豪州試験、戦略的サイバー協力を進めています。

高市首相は日豪関係を「準同盟国とも言えるレベル」と表現しました。

AUKUSとの接点も現実にあります。日本はPillar IIの海洋無人機実験へ参加し、AUKUS3か国は日本を含む外部パートナーとの協力で、機微情報を守る能力を考慮すると明記しています。

一方で、Five Eyesへの日本加盟、豪州によるFive Eyes基準の査定、CIA・MI5の意向伝達といった過去記事の具体的な推測は、現在の一次情報では確認できません。

今回の9月9日講演から読み取れる日豪関係の本質は、より単純です。

オーストラリアは、長年のLNG供給で積み上げた「危機でも約束を守るパートナー」という信頼を、防衛、情報、サイバー、先端技術へ広げようとしています。

日本側も国家情報局の新設、防衛能力強化、豪州との情報共有・共同開発によって、その受け皿を整え始めています。

日豪関係は、正式な相互防衛同盟ではありません。しかし、エネルギーを供給し、機密情報を共有し、軍艦を調達し、先端兵器を共同開発・試験し、サイバー脅威や外国介入への認識を共有する関係へ進んでいます。

シーラー氏の駐日は、その変化を象徴する人事というだけでなく、本人が25年以上取り組んできた「日豪の経済的信頼を安全保障協力へ転換する」という構想を、東京で実装する段階に入ったと見ることができます。

出典