前回の記事から、新たなテーマとして、役職員による着服や不正受給(通勤手当等)などの「組織資産の悪用・私物化」を取り上げました。そして、この種類の内部不正が起きやすい組織の構造的な歪み(組織の要因)を可視化するため、公開された第三者委員会の報告書に対して、内部不正がまん延する「モノ言えぬ組織」の度合いを測定するチェックシート(「モノ言えぬ組織」チェックシート)を適用し、事例分析を行いました。分析の結果、着服事案では特定の個人への依存(専門的勢力の歪み)が、不正受給事案では歪んだ集団規範への同調圧力と周囲の「見て見ぬふり」(集合的無知・責任の分散・評価懸念)が、組織の「危険サイン」となることが示唆されました。
一方、「危険サイン」が点灯した組織において、着服や不正受給を実行するかどうかを判断するのは、他ならぬ役職員です。ニュースなどで報道された事案を見ると、着服や不正受給を行った役職員は、日頃、組織から「真面目」、「優秀」と評価される「普通の人」である場合が多く見られます。今回の記事では、「普通の人」であったはずの役職員が着服や不正受給という「一線」を越えてしまう心理的な落とし穴(個人の要因)に着目します。
簡単ではない「普通の人」という均衡状態
日本では、役職員の誰しもが、愚直に、自らの知識や技術を活かして、組織に誠実に貢献しようと、高い倫理観・責任感を持ちながら働きます。日本の組織の発展や現場の強さは、まさにこうした真面目で優秀な「普通の人」たちの真摯な努力とその積み重ねによって支えられています。
しかし、心理学の研究知見に基づくと、内部不正の問題に限らず、私たちが働き、生活する中で「普通の人」という均衡状態を保ち続けることは、実は簡単ではありません。私たちの心は、心身の状態、周囲の状況や人間関係などの影響を受け、自分でも気づかないうちに変化することが、多くの先行研究で示されています。
例えば、サチデヴァら(Sachdeva et al., 2009)が行った実験では、「自分は道徳的な人間だ」と感じている人は、「自分は不道徳的な人間だ」と感じている人と比べて、実験者より求められた慈善団体への寄付の金額が減少したことが示されました。サチデヴァら(Sachdeva et al., 2009)は、この現象を「モラル・ライセンシング(moral licensing)」と呼んでいます。つまり、道徳心の高さを自信に思っている人、あるいはそれを実感するような状況に置かれた人は、無意識のうちに自分の道徳心の高さを心理的な免罪符にして、「これくらいの勝手は許してほしい」と道徳的な行動をむしろ控えるようになる可能性があるというわけです。
また、ダーリーとバットソン(Darley & Batson, 1973)は、聖職者を養成する教育機関である神学校で学ぶ学生(神学生)を対象に、別の建物で短い話をしてもらうため、その建物に一人で移動させる実験を行いました。その際、神学生にはそれぞれ異なる条件の移動時間が伝えられるとともに、移動の際に道端でうずくまっている人物(実験者に協力を依頼された人による演技)に遭遇する場面が仕組まれていました。分析の結果、実験者に「移動時間に余裕がない」と伝えられた条件の神学生は、「移動時間に余裕がある」、あるいは「ちょうど良い移動時間」と伝えられた条件の神学生と比べて、道端でうずくまっている人物を助ける人の割合が低いことが示されました。つまり、神学生のように強い責任感や、高い倫理観を持つ人であっても、忙しくて心理的に余裕がない状況では、困っている人を見過ごす可能性があるというわけです。
さらに、ウェイツら(Waytz et al., 2013)が行った一連の実験では、重要な道徳的価値観の1つである忠誠心(特定の他者や集団に対して、誠実でありたいと思う気持ち)を意識する状況に置かれた場合、人は、その忠誠心の対象となる人物や集団が倫理観の欠けた行動をとる場面を目撃したとしても、人間関係が壊れることを恐れて、それを公にしない傾向があることが示されました。つまり、仲間や所属する組織に「誠実でありたい」という純粋な思いが強すぎると、むしろ客観的な判断を鈍らせ、仲間や所属組織が倫理的に問題のある行為をしても、それを公にして是正するのではなく、見過ごしたり放置したりしてしまう可能性があるというわけです。
以上の先行研究から垣間見えるのは、「普通の人」という均衡状態がいかに繊細で、崩れやすいものであるかということです。そして、この均衡状態を崩し、判断を狂わせる心理的な落とし穴は、自信、忙しさ、仲間や所属組織との絆など、私たちの身近なところに潜んでいるということです。着服や不正受給の問題においても、「普通の人」であったはずの役職員が「一線」を超えてしまう心理的な落とし穴が、日々の業務の中に潜んでいるはずです。
そこで、本連載で何度も紹介している「不正のペンタゴン」モデルを軸に、その具体的な心理を紐解いていきます。

Figure 1 不正のペンタゴンモデル
このモデルでは、以下の5つの要素が同時に揃った時、内部不正のリスクが高まると考えられています。
【「不正のペンタゴン」モデルを構成する5つの要素】
・動機:他者に打ち明けられない問題を抱えた時に起こる、「内密に問題を解決したい」という欲求を指します。
・機会:「誰にも見つからずに実行できる」と認識した状態を指します。
・正当化:罪悪感を避けるために行う、自らの行為を「正しいこと」と思い込むための弁明(言い訳)を指します。
・能力:不正を実行し、それを隠ぺいできるだけの専門的知識等を持っていることを指します。
・傲慢さ:「組織内において自分は特別な存在だ」といった過度な自意識等を指します。
真面目であるがゆえに隠される不正の「動機」
まず注目したいのが、「内密に問題を解決したい」という「動機」です。「動機」は、他者に打ち明けられない問題を抱えた時に起こるとされています(甘粕,2010)。
現代は、この他者に打ち明けられない問題に、真面目で優秀な役職員であっても直面する事例が増えています。例えば、報道を見ると、最近の物価高の影響による家計の悪化、SNS等を通じて目にする高級料理、ファッション、旅行、趣味への憧れによる支出の増大、資産形成を狙った不動産・株式・暗号資産等の投資失敗などをきっかけに、一定の給与を得ていても金銭的に困窮してしまう事例が少なくありません。
ここで問題となるのが、本人の真面目さです。デ・パウロとフィッシャー(DePaulo & Fisher, 1980)が行った研究では、課題に熱心に取り組む人ほど、その際に他者に助けを求める頻度が少なくなることが示されました。これは、真面目な人ほど、「任された課題は自分でやり遂げるべきだ」という意識が強く働くためと考えられます。さらに、同研究では、助けを求める頻度が多くなると、相手に気まずさを感じたり、自分を「無能だ」と思われることを懸念する心理傾向が存在することも指摘されています。
こうした真面目さが、金銭的な困窮に直面した際には、心理的な落とし穴になります。真面目な人ほど、周囲や専門機関に助けを求めることに抵抗を感じ、誰にも相談せずに、「自分でこの問題を解決しよう」と考えてしまうというわけです。この考えが、日々の生活の苦しさや借金の返済等で心理的に追い込まれていく中で歪んでいき、着服や不正受給の「動機」が生まれます。
「能力」の高さが引き起こす不正の「機会」
「動機」が生まれると、次は「能力」と「機会」です。この2つの要素は、独立して作用するというよりも、お互いに影響し合いながら作用する関係にあります。
組織の運営や現場の仕事は、役職員の優秀さ、つまり自身の知識や技術を活かし、組織の目標や課題に対して自ら考えて行動する力によって支えられています。しかし、残念ながら、こうした「能力」の高さには、着服や不正受給の「機会」を生む心理的な落とし穴も潜んでいるのです。
ジノとアリエリー(Gino & Ariely, 2012)が行った一連の実験では、問題に対して複数の解決策を考えたり、物事を柔軟に考えることができる人ほど、与えられた課題のルールの抜け穴を見つけ出す可能性が高いことが示されました。さらに、そのルールの抜け穴を利用することを上手に正当化して、実際に不正行為に及ぶ可能性が高いことが示されました。
また、「能力」のある人は、高い実績を上げることで組織から高い評価を獲得し、例えば課長、決裁権者、現場のまとめ役、組織内のご意見番など、相応の地位、権限、実務上の裁量権や社内での発言力を持つようになります。ファストら(Fast et al., 2012)の一連の実験では、こうした権力を手にすることで、「自分は有能で力を持っている」という意識が高まると、過信をし、「物事を完全にコントロールできる」という錯覚に陥る可能性が高まることが示されました。
つまり、「能力」のある人は、それゆえに規程、規則、基準、手順、管理体制やシステムなど、組織のどこに隙があるかを発見してしまうとともに、自分の「能力」の高さによって地位や権限を得た際に、過信をしてしまう可能性があるというわけです。これにより、「自分であれば誰にも見つからずに実行できる」と認識した状態、つまり着服や不正受給の「機会」が生まれるのです。
組織貢献に対する自負が生む「傲慢さ」
「能力」があり、着服や不正受給の「機会」が生じた人の中には、その「能力」によって、高い実績を上げて組織に誠実に貢献する中で、「傲慢さ」という心理的な落とし穴にも陥る可能性があります。
組織に多大な貢献をしているという自負は、時に組織への忠誠心から「自分は組織の中で特別な存在である」という意識へとすり替わっていきます。ピフら(Piff et al., 2012)の一連の研究では、「自分は他者よりも高い地位や立場にいる」と意識させられると、人は特権意識を強め、自分の利益や考え方を優先し、本来は隣の研究室にいる子供たちのために用意されたアメを大量に持ち去る、ゲーム課題において賞品をもらうために嘘の成績を申告する、交渉場面において自分より地位・立場の低い他者を騙すなど、倫理観に欠ける行動を取る可能性が高まることが示されました。
さらに、ラマーズら(Lammers et al., 2010)の一連の研究では、権力を持つ人ほど、他者のルール違反に対しては厳しく非難する一方で、自分のルール違反に対しては甘い対応をとる、いわゆる道徳的偽善(モラル・ヒポクリシー)を示す傾向があることが示されました。
つまり、組織貢献に対する自負は、「自分は組織を支える特別な存在」という特権意識を引き起こし、「多少のルール違反は許されて当然だ」という認識の歪みを生み出す可能性があるというわけです。この「傲慢さ」が、法律や組織のルール、それに違反した時に適用される刑罰や懲戒処分などを客観的に見つめる「心の目」を曇らせ、着服や不正受給という「一線」を越える判断をさせてしまう大きな要因となるのです。
高い倫理観・責任感を傷つけないための「正当化」
最後に、実際に「一線」を超え、着服や不正受給を実行させる要因となるのが、「正当化」です。
いくら「動機」が存在し、「能力」と「機会」があり、「傲慢さ」によって倫理観が多少低下したとしても、真面目で優秀な役職員の心の中には、高い倫理観と責任感、言い換えれば罪悪感が残っているはずです。しかし、着服や不正受給を実行する直前に、この罪悪感を消し去り、自身の行動を肯定してしまうのが「正当化」です。
先に紹介したジノとアリエリー(Gino & Ariely, 2012)の研究では、「能力」が高い人は、ルールの抜け穴を利用することを「正当化」することも上手である可能性が指摘されていました。
また、マザールら(Mazar et al., 2008)は、人はズルや不正がもたらす利益に興味を示す一方で、「自分は道徳的な人間だ」というポジティブな自己像も維持したいという葛藤を抱えることを指摘しています。そして、一連の研究によって、この葛藤を解消するために、人はポジティブな自己像を傷つけない範囲で、利益が得られる程度にズルや不正を行う傾向があることを示しました。
マザールら(Mazar et al., 2008)によれば、ポジティブな自己像を維持しつつ、ズルや不正を行うために、①道徳的規準への不注意(自身が心の中に持つ道徳的な基準に意識を向けない)、②分類可能性(自らの行動を都合よく解釈する)という心理が働きます。これが不正の「正当化」の正体というわけです。つまり、自分が日頃持っている高い倫理観・責任感から目を背け、着服や通勤手当等の不正受給を、「一時的に借りただけ」、「日ごろの組織貢献に対する正当な対価」などと自分に都合良く解釈することで、ポジティブな自己像を傷つけることなく、罪悪感を打ち消すことができます。その影響により、着服や不正受給を実行してしまうというわけです。
さらに、不正受給など、同じ組織の中で複数の役職員が同時期に手を染めてしまうような不正事案においては、周囲の存在が、「正当化」に利用されます。ジノら(Gino, et al., 2009)の一連の実験では、自分と同じ集団に所属する他者が公然と不正を行う姿を目撃すると、人は、「ここではこの程度の行為は許容されるのだ」と社会規範に対する認識が変わり、自らの行動の倫理レベルも下げてしまう傾向が示されました。つまり、「同僚もやっている」ということが罪悪感に対する心理的な免罪符となり、「一線」を越えてしまうこともあるというわけです。
こうした「正当化」が完了した時、「普通の人」であったはずの役職員が、着服や不正受給という「一線」を越えてしまうことになります。
「普通の人」による「組織資産の悪用・私物化」の犯罪心理学モデル
これまで見てきたように、「普通の人」たちであったはずの役職員が、「一線」を越えてしまうのは、単なる個人の悪意によるものではありません。むしろ、本来は組織にとって望ましいはずの個人の真面目さ、優秀さ、組織貢献への自負、高い倫理観・責任感が、「不正のペンタゴン」モデルの5つの構成要素と結びついた結果、現実的にも、心理的にも着服や不正受給の実行条件が整ってしまうことによる可能性が高いと考えられます。
この心理メカニズムを改めて整理して可視化すると、以下の図のように捉えることができます。

Figure 2 「普通の人」による「組織資産の悪用・私物化」の犯罪心理学モデル
おわりに
今回の記事では、役職員による着服や不正受給といった「組織資産の悪用・私物化」について、「真面目」で「優秀」と評価される「普通の人」たちが、いかにして「一線」を越えてしまうのか、その心理メカニズムについて、「不正のペンタゴン」モデルの5つの構成要素を軸に、人の倫理・道徳的な行動など幅広い心理学の研究知見を照らし合わせながら紐解いてきました。
「普通の人」たちが陥る心理的落とし穴は、実は自らの真面目さ、優秀さ、組織貢献に対する自負、そして高い倫理観・責任感に潜んでいることが示唆されました。
こうした「普通の人」たちによる着服や不正受給を防ぐためには、役職員が持つ本来組織にとって望ましいはずの資質がどのような状況下で不正へと反転してしまうのかを、組織側が正しく理解し、その心理的な落とし穴を未然に塞ぐ支援や牽制機能を組織運営や組織設計に取り入れることが不可欠です。
次回の記事では、犯罪心理学の視点から考える、「組織資産の悪用・私物化」に対する組織的な防衛策について解説します。
引用文献
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