横領とは?調査の進め方・費用まで解説

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横領とは?調査の進め方・費用まで解説

会社の経営者や担当者であれば、「横領」という言葉を聞いただけで、思わず背筋が凍るんじゃないでしょうか。企業や金融機関はもちろん、まさかと思うような自治体や大学でさえ、残念ながら社員による横領事件は後を絶ちません。長年信頼を寄せていた社員の裏切りは、単なる金銭的損失に留まらず、社内の士気を大きく損ね、会社の信用までガタ落ちにしかねません。

この記事では、そうした最悪の事態に備え、そもそも横領とは何かという基本から、もし疑わしい動きがあった場合の具体的な対応、そして調査にかかる費用まで、企業や個人事業主が押さえておくべきポイントを、実践的な視点からわかりやすく解説します。

そもそも「横領」とは

「横領」とは、簡単に言えば、誰かから預かっていたり、管理を任されていたりするお金や物を、正当な理由なく自分のものにしてしまう行為を指します。これは刑法上の犯罪であり、「横領罪」として厳しく罰せられます。

似た言葉に「着服」がありますが、「横領」が法律で使われる言葉であるのに対し、「着服」は「不正にごまかして自分のものにする」という、もう少し広い意味合いで使われる一般的な言葉です。とはいえ、着服が横領罪にあたるケースは非常に多く、実務上はあまり区別なく使われることもあります。

横領罪の種類

「横領」と一口に言っても、日本の刑法では主に以下の3種類に分類されます。

  • 単純横領罪(刑法第252条)これが最も基本的な横領罪です。例えば、友人から借りたブランド品を勝手に質屋に入れたり、預かっていた保証金を返さずに使い込んでしまったりするケースが当てはまります。ポイントは、預かったものを「自分の物のように扱おうとした意思(不法領得の意思)」があったかどうかです。
  • 業務上横領罪(刑法第253条)会社のお金や物を管理する立場にある人が、その職務を利用して横領する行為です。会社の経理担当者が預金を自分の口座に送金したり、不動産会社の従業員が顧客の手付金を使い込んだりするケースが代表的です。業務で他人の物を預かるという信頼関係を裏切る行為のため、単純横領罪よりも刑が重くなっています。会社内部の不正で最も多く適用されるのは、この罪状です。
  • 遺失物等横領罪(占有離脱物横領罪)(刑法第254条)これは、落とし物や、誰かの管理を離れてしまった物を拾って、勝手に自分のものにしてしまう罪です。道に落ちていた財布を警察に届けずに持ち帰ったり、ATMに置き忘れられた現金をそのまま持ち去ったりするようなケースがこれにあたります。他の横領罪と異なり、もともと預かっていた物ではない点が特徴です。刑罰が比較的軽いのは、預かっていた人との信頼関係を裏切る行為ではないと見なされているためです。

横領の典型的な手口

横領の手口は年々巧妙化していますが、典型的なパターンを知っておけば、万が一の時に異常に気づきやすくなります。よく耳にする手口は次の通りです。

  • 現金売上の着服: レジの売上の一部をごまかして自分のものにする。
  • 架空経費の申請: 実際には存在しない取引をでっち上げて、会社からお金を騙し取る。
  • 預金口座の私的利用: 会社名義の口座を、個人的な支払いに使う。
  • 取引先との共謀: 仕入れ先などと共謀し、実際には納品されていないのに請求書を通す。

横領が疑われたらどう動く?具体的な調査の進め方

もし会社で横領の疑いが出てきたら、とにかく慎重かつ迅速に動くことが肝心です。証拠を隠されたり、事実が曖昧になったりするのを防ぐためにも、必要であれば専門家の力もためらわず借りましょう

初動対応と証拠の保全

まず最も重要なのは、情報を漏らさずに、証拠をしっかり確保することです。この初動が、その後の展開を大きく左右します。

  • 情報漏洩の防止: 怪しい動きを相手に察知されないよう、細心の注意を払ってください。水面下で進めるくらいの意識が必要です。
  • 物理的な証拠の保全: 帳簿、伝票、領収書、契約書、印鑑、現金など、横領に関係しそうなものは、まずは全て手元に確保しましょう。
  • デジタルデータの保全: パソコン、スマートフォン、USBメモリなどのデジタル機器だけでなく、社内サーバー、クラウドストレージ、メール、チャット履歴、アクセスログなども忘れずに。もし自社で難しい場合は、デジタルフォレンジックの専門業者に依頼するのも有効です。削除されたデータや改ざんされたデータも復元・解析してくれる上、法的な証拠として使える報告書を作成してくれるため、刑事告訴や民事訴訟といった後々の対応に役立ちます。
  • 監視カメラ映像の確認: もしカメラが設置されているなら、関連する期間の映像を必ず確認・保存しましょう。
  • 関係者の聞き取り準備: 誰からどんな情報を聞くべきか、事前に整理しておくことが大切です。「誰が、いつ、どこで、何を、どうしたか」を明確にする準備をしておきましょう。

調査体制の確立

社内で調査チームを立ち上げる際は、限られたメンバーで行うのが鉄則です。情報が広範囲に漏れると、調査自体が難しくなります。

  • 社内調査チームの設置: 法務、経理、総務、人事などから、客観的に調査できるメンバーを選任します。横領が疑われる従業員と親しい人は、残念ながら避けるのが賢明でしょう。
  • 外部専門家の検討: 必要であれば、弁護士や公認会計士といった専門家をチームに加えることで、調査の客観性や専門性を格段に高められます。自分たちだけで抱え込まず、プロの知見を借りるのが成功への近道です。

事実関係の調査と証拠収集

社内調査チームを中心に、証拠を徹底的に集めるのがこのフェーズです。地道な作業ですが、最も重要な段階と言えるでしょう。

  • 会計記録の徹底確認: 預金口座の出入金記録、経費精算書、領収書、請求書、売上伝票、仕入伝票、在庫管理記録など、関係する全ての会計帳簿や伝票を細かくチェックしてください。「この金額はなぜ?」「この取引は記憶にない」といった不自然な点や、金額の不一致、架空計上などがないか、目を皿のようにして洗い出しましょう。
  • 関連資料の確認: 雇用契約書、身元保証書、就業規則(懲戒規定など)も確認が必要です。これらが後の処分や損害賠償請求の根拠となります。
  • 関係者への聞き取り(慎重に!): 横領が疑われる人物以外に、関連部署の従業員、上司、部下、同僚、取引先などから情報収集を行います。聞き取りは複数人で行い、必ず記録を残しましょう(録音も検討してください)。ただし、本人が調査に気づかないよう、細心の注意を払う必要があります。うっかり話が漏れると、証拠隠滅のリスクが高まるからです。

横領が疑われる本人への事情聴取

十分な証拠が集まってから、いよいよ本人への事情聴取です。ここは、非常に緊張する場面となります。

  • 複数名で対応: 証拠を提示し、事実確認や弁明の機会を与えるため、聴取役と記録役の複数名で臨みましょう。感情的にならず、冷静に進めることが何よりも肝心です。
  • 証拠の提示: 集めた具体的な証拠(会計記録、デジタルデータ、関係者の証言など)を突きつけ、事実関係を問いただします。「これについて、どう説明されますか?」と、問い詰めすぎず、相手の反応をしっかり見極めましょう。
  • 自白の確認と書面化: もし本人が横領の事実を認めたら、その内容を詳しく記録し、「支払誓約書」や「事実確認書」などの書面を作成して、署名・捺印を求めましょう。これは後の損害賠償請求の強力な証拠となります。横領金額や返済方法(一括か分割か)、身元保証人の責任範囲なども確認しておくと、後々の手続きがスムーズに進みます。
  • 認めない場合の対応: 否認する場合でも、弁明書を提出させるなど、後々の裁判資料として使えるよう記録を残しておくことが大切です。証拠を突きつけ続けることも必要になるかもしれません。

処分・回収・再発防止策の検討

横領の事実がはっきりしたら、次のステップに移ります。ここからは、会社を守るための具体的な行動です。

  • 懲戒処分: 就業規則に基づき、懲戒解雇や諭旨解雇などの懲戒処分を検討します。解雇する場合は、弁明の機会を与えるなど、適切な手続きを踏むことが重要です。法的な手続きを怠ると、後でトラブルに発展する可能性があります。
  • 損害賠償請求: 横領されたお金や物の損害賠償を請求します。本人や身元保証人に対し、内容証明郵便などで請求し、示談で解決しない場合は、民事訴訟も視野に入れましょう。諦めずに回収を目指す姿勢が大切です。
  • 刑事告訴: 横領の金額や悪質性、返済状況などを考慮し、警察への刑事告訴を検討します。警察に告訴状を受理してもらうには、客観的な証拠が不可欠です。刑事告訴によって、横領した側が刑事罰を避けたいと考え、被害弁償に応じる可能性が高まることもあります。「刑罰」という重みが、相手を動かすこともあり得ます
  • 再発防止策の実施: 内部統制の見直し(多重チェック体制の導入、職務分掌の明確化、定期的な内部監査の実施など)、経理システムの改修、現金管理の厳格化、コンプライアンス教育の強化、内部通報制度の整備と周知など、二度と起こさないための対策を徹底しましょう。ここが最も重要かもしれません。

外部専門家を活用するメリット

状況に応じて、外部の専門家を活用することをおすすめします。餅は餅屋というように、彼らはこの分野のプロフェッショナルです。

  • 弁護士: 法的な観点からのアドバイス、証拠能力の判断、事情聴取への同席、示談交渉、損害賠償請求、刑事告訴の手続き代行など、法律のプロとして幅広いサポートを提供してくれます。
  • 公認会計士・税理士: 会計記録の分析、不正会計の手口の特定、被害額の算定など、お金のプロとして的確な判断をしてくれます。
  • デジタルフォレンジック専門業者: パソコンやスマートフォンなどから削除されたデータや隠蔽されたデータを復元・解析し、デジタル証拠を収集します。デジタルデータに関するエキスパートです。
  • 調査会社: 聞き込みや情報収集、行動調査など、多角的な調査が必要な場合に役立ちます。

横領調査にかかる費用

横領調査にかかる費用は、調査の規模や期間、複雑さ、そして外部の専門家をどこまで活用するかによって大きく変わってきます。ここでは、費用の主な内訳と、費用を抑えるためのポイントを解説します。

費用の主な内訳

横領調査で発生しうる費用は、主に以下のカテゴリに分けられます。

弁護士費用

弁護士は、法的アドバイス、調査の適法性確保、証拠能力の判断、被疑者への対応、損害賠償請求、刑事告訴手続きなど、非常に重要な役割を担います。

  • 法律相談料: 初回相談を無料としている弁護士事務所も多いですが、一般的な相場は30分あたり5,000円〜30,000円程度です。
  • 調査費用(着手金・タイムチャージ):
    • 着手金: 事案の難易度や見込み作業量によって異なりますが、最低でも15万円〜50万円程度からで、大規模な調査や複雑な事案では数百万円に及ぶこともあります。
    • タイムチャージ: 弁護士の時間単価は1時間あたり2万円〜6万円程度が相場です。調査が長期間にわたる場合は、この方式が採用されることが多いでしょう。
  • 示談交渉/損害賠償請求着手金: 横領が発覚し、示談交渉や民事での損害賠償請求を行う場合、別途着手金が発生します。一般的には、経済的利益(請求額)の数%〜十数%が相場です。
  • 刑事告訴/告発手続き費用: 刑事告訴を行う場合、告訴状の作成や警察との連携などに、20万円〜100万円程度が目安となります。
  • 成功報酬: 損害賠償金が回収できた場合などに発生する費用で、回収できた金額の10%〜20%程度が相場です。
  • 実費: 交通費、通信費、印紙代、郵送費、コピー代、裁判所に提出する手数料など、調査や手続きにかかる実費も別途かかります。

調査会社費用

不正調査専門のコンサルタントや、デジタルフォレンジック専門の会社、探偵事務所などが関与することもあります。

  • 不正調査専門コンサルタント(公認会計士等): 会計不正や財務不正の調査に特化しており、タイムチャージ制が一般的で、1時間あたり2万円〜5万円程度。大規模な調査では数百万円〜数千万円になることもあります。
  • デジタルフォレンジック調査会社: パソコンやスマートフォンなどから削除されたデータや隠蔽されたデータを復元・解析し、デジタル証拠を収集します。初期調査費用として数万円〜数十万円。本格的な調査費用は、対象となるデバイスの数やデータの容量、解析の難易度によって大きく変動し、一般的なPC1台のフル解析で数十万円〜300万円以上かかることも珍しくありません。
  • 探偵・興信所: 主に対象者の行動調査や情報収集を行います。費用は時間単価制やパック料金制で、数万円〜数十万円程度が相場です。

費用を「投資」として考える

「結構お金がかかるな」と思われるかもしれません。しかし、横領調査にかかる費用は決して安くありませんが、それは会社の将来的な損失を防ぎ、信頼を取り戻し、二度と同じことを繰り返さないための重要な「投資」だと捉えるべきです。目先の費用だけでなく、横領が会社に与える長期的なダメージや、調査によって得られるメリットを総合的に考慮して、適切な予算を組むことが大切です。

横領調査で特に気をつけるべきリスク

横領調査は、その性質上、さまざまなリスクを伴います。特に人事・労務上の問題、企業イメージ・レピュテーションリスク、そして調査の長期化や費用増加の可能性については、十分な注意が必要です。

人事・労務上の問題

  • 不当解雇のリスク: 横領が確定する前に一方的に解雇すると、「不当解雇だ!」として訴訟を起こされる可能性があります。解雇や処分は、十分な証拠に基づき、就業規則に則った適正な手続きを踏んで行いましょう。
  • 名誉毀損・プライバシー侵害: 調査の過程で、被疑者や関係者の名誉を傷つけたり、プライバシーを侵害したりしないよう、細心の注意を払ってください。不確かな情報を流布したり、一方的に非難したりすることは絶対に避けましょう。
  • 内部告発者保護: もし横領の疑いが内部告発によるものなら、告発者を特定されないよう保護し、報復行為を防ぐことが重要です。安心して情報を提供できる環境を整えることが大切です。
  • 従業員の士気への影響: 横領の事実が社内に広まると、他の従業員の士気が低下したり、不信感が募ったりする可能性があります。情報管理を徹底し、調査の進捗や結果については、適切かつ限定的な情報公開に留め、社内の動揺を最小限に抑える工夫が必要です。

企業イメージ・レピュテーションリスク

  • 報道リスク: 大規模な横領事件や、社会的な関心が高い企業で発生した場合、メディアによる報道リスクがあります。不適切な情報公開や対応は、企業イメージを著しく損ないます。専門家と連携し、広報戦略を慎重に練りましょう。
  • 取引先・顧客からの信頼失墜: 横領の事実が取引先や顧客に知られると、信用不安が生じ、ビジネスチャンスの喪失や既存取引の縮小につながる可能性があります。早めの情報共有と、誠実な対応が求められます。
  • 株主への影響: 上場企業の場合、横領は株価に影響を及ぼし、株主からの追及を受ける可能性があります。説明責任を果たす準備をしておきましょう。

調査の長期化・費用増加のリスク

  • 調査難航による長期化: 証拠が見つからない、被疑者が事実を認めないなど、調査が難航すると、解決までに時間がかかり、それに伴い費用も増加します。初期段階での証拠保全がいかに重要かが、ここでも浮き彫りになります。
  • 外部専門家への過度な依存: 社内での初期調査が不十分なまま、全てを外部の専門家に丸投げすると、費用が膨大になる可能性があります。社内リソースと外部リソースを適切にバランスさせて活用することが重要です。

まとめ

横領は、企業にとって非常に深刻な経済的・社会的リスクをもたらす問題です。しかし、冷静かつ的確な初動、徹底した調査、そして外部専門家の適切な活用によって、ダメージを最小限に抑えることは十分に可能です。

被害を受けた企業が再び立ち上がるために、横領調査は単なる「犯人探しや追及」ではなく、会社の信頼を再構築し、将来の不正を防ぐための「回復と再発防止の第一歩」であることを忘れないでください。この記事が、皆さんの会社が横領問題に直面した際の対応の一助となれば幸いです。