ポーランドで、政府機関がイスラエル製のスパイウェア「Pegasus(ペガサス)」を使い、野党関係者らのスマートフォンを秘密裏に監視していた問題が追及されています。Pegasusは、本人に気づかれずにスマートフォンのメッセージや通話、写真、位置情報などを取得できる監視ソフトです。2019年の総選挙では、野党の選挙活動を指揮していた政治家のスマートフォンがPegasusに侵害されていたことが確認されています。
さらに2026年10月12日、ポーランド国家検察庁は、政府機関が収集した監視情報が国外のサーバーを経由し、開発元のイスラエル企業NSO Groupも技術的にアクセスできる状態だったとする調査結果を公表しました。実際に開発元が情報を閲覧したかは確認されていませんが、国内政治家らの通信情報を政府自身が完全に管理できていなかったことが明らかになりました。
ポーランドのPegasus監視問題とは
- 誰が監視したのか: 旧「法と正義」(PiS)政権下の国家機関がPegasusを導入・運用しました。中心となった組織は中央汚職対策局(CBA)です。
- 誰が標的になったのか: 野党の選挙責任者クシシュトフ・ブレイザ氏や、政治家の弁護を担当していたロマン・ギェルティフ氏らが監視対象となりました。
- 何ができるのか: Pegasusはスマートフォン内部のメッセージ、通話内容、連絡先、写真、位置情報などを本人に知らせず取得でき、マイクやカメラを用いた記録も可能です。
- なぜ問題になったのか: 捜査機関による監視が政治的対立相手にも及び、その適法性や監視情報の取り扱いをめぐって刑事捜査が進んでいます。
- 新たに何が判明したのか: 2026年10月12日に公表された専門家の鑑定で、監視データが国外を通過し、NSO Groupが技術的に監視資料へアクセスできる構造が明らかになりました。
- 確認されていないこと: NSO Groupが具体的な監視データを取得した事実や、イスラエルの情報機関へ提供した事実までは立証されていません。
旧政権下で導入されたPegasus、2019年総選挙の野党責任者も標的に
Pegasusはイスラエル企業NSO Groupが開発したスマートフォン向けの監視ソフトです。ポーランドは2017年、当時のPiS政権下でこのシステムを購入しました。政府側は犯罪捜査や国家安全保障のための手段と位置付け、当時の政権関係者は裁判所の許可を得て運用していたと主張しています。
しかし、監視対象に政権の対立勢力が含まれていたことが問題となりました。アムネスティ・インターナショナルは2022年1月、2019年の議会選挙で野党陣営の選挙活動を指揮していたクシシュトフ・ブレイザ氏のスマートフォンがPegasusによって侵害されたことを、独自の調査で確認したと発表しました。
選挙責任者の端末には、党幹部との連絡、選挙活動の予定、支援者とのやり取りなどが保存される可能性があります。こうした通信を政権側が把握できる状況は、選挙の公平性に関わります。ただし、具体的にどの選挙情報が取得・利用され、選挙結果にどう影響したかまで確定したわけではありません。
また、ポーランド検察当局は2025年6月、元ソポト市長ヤツェク・カルノフスキ氏を2018年11月から2019年5月に監視した件をめぐり、法的・事実上の根拠を欠く監視を実施した疑いで元CBA職員らに容疑を通知したと公表しています。捜査では監視の必要性や権限の適正な行使が争点となっています。
トゥスク首相との会話も問題に、弁護士の監視資料が外部に渡った疑い
監視対象には、現首相ドナルド・トゥスク氏の弁護士を務めたロマン・ギェルティフ氏も含まれています。ギェルティフ氏は政治家でもあり、弁護士として依頼人の法的相談を取り扱う立場にありました。
2025年6月、ポーランド国家検察庁は、ギェルティフ氏と当時野党政治家だったトゥスク氏との会話の録音をめぐり、2件の告発を受理したと発表しました。ギェルティフ氏は、2019年にPegasusを使って情報が違法に取得され、権限のない人物に録音が渡された疑いを訴えています。この主張は告発内容であり、録音の取得経路や流出について司法判断が確定したという意味ではありません。
トゥスク首相本人のスマートフォンがPegasusに感染したと確認されたわけではありません。 ただし、弁護士など通信相手が監視されれば、自分の端末が侵害されなくても会話の内容が取得されるおそれがあります。弁護士と依頼人の秘密が危険にさらされる点でも、監視対象が政治家本人に限定されない問題が浮かび上がっています。
2026年の検察庁発表で判明した、外国企業による情報アクセスの危険性
今回の続報で焦点となったのは、取得した監視情報を誰が管理できたのかという問題です。
ポーランド国家検察庁が2026年10月12日に公開した国内治安局(ABW)専門家の鑑定によると、Pegasusを運用していたCBAはシステム全体を掌握できていませんでした。管理者権限を持つ一部のアカウントのパスワードを保有せず、端末への侵入を担うサーバーの機能などは開発元の管理下にありました。
監視データを転送する通信は、世界各地のサーバーを含むネットワークを通じてポーランド国外を経由していました。開発元は遠隔で保守・更新を行う際、システムに広範囲にアクセスでき、監視資料を扱う領域にも技術的にアクセス可能だったとされています。
これは、政府機関が自国民を監視して得た情報について、外国企業のアクセスを完全には制御できない状態だったことを意味します。ただし、鑑定はNSO Groupが特定の録音やメッセージを実際に閲覧・取得したと認定したものではありません。国外サーバーを経由したことと、外国政府や情報機関への情報提供が実際に行われたことも別の事実です。
なぜ国家安全保障や民主主義に関わるのか
Pegasusによって取得できるのは、監視対象者の個人情報だけではありません。政治家、弁護士、政府関係者の端末には、本人が受け取った政策協議、非公開の会議予定、相談相手の情報などが保存されている場合があります。端末内の過去の通信まで取得できれば、監視対象以外の人物も間接的に影響を受けます。
問題は二つに分かれます。一つは、犯罪捜査を目的とする強力な監視権限が政治的な対立相手の情報収集に使われる危険性です。もう一つは、その情報を国外の開発元が扱える仕組みの下で、国内の機密情報や人間関係まで第三者に知られるおそれがあることです。
トゥスク首相は10月12日の発表を受け、旧政権下のPegasus運用を厳しく批判しました。一方、旧PiS政権側は犯罪対策のために正当な手続きを経て用いたとの立場を示しています。個々の監視が違法だったかどうか、関係者の責任がどこまで及ぶかは、刑事手続きなどで判断されることになります。
元情報機関幹部ら7人が捜査対象に
ポーランドは2023年の政権交代後、Pegasusの購入と運用をめぐって調査を進めています。国家検察庁の2026年10月12日付発表では、元CBA長官や元国内治安局長官、元軍防諜局長官、CBAの元・現職関係者ら計7人に容疑を通知したことが説明されています。
容疑には、必要な情報セキュリティ上の認証を受けないまま監視システムを使用した疑いや、監視資料の不適切な提供、根拠を欠く監視の実施などが含まれます。いずれも刑事責任が確定したことを意味するものではなく、捜査は継続しています。
日本の政府機関や企業にとっての論点
今回の問題は、国外製のソフトウェアを使うこと自体が直ちに危険という話ではありません。機密性の高い情報を集める仕組みを導入する際、その情報へのアクセス権限と管理責任を利用者側が把握できるかが問われています。
政治家や政府高官だけでなく、企業経営者、研究者、法律家、重要インフラの担当者も、多数の関係者と秘密情報を日常的にやり取りしています。端末を一台監視されるだけで、周囲との通信内容や関係先まで把握される危険があります。
公的機関が監視・調査システムを導入する場合は、その利用を認める条件、収集範囲、第三者によるアクセス、国外への通信経路を独立して検証できる仕組みが問題になります。企業でも、機密データを扱う外部サービスについて、提供会社の管理権限とデータへのアクセス経路を確認する必要があります。








