
2025年5月29日、金融庁は福島県いわき市に本店を構えるいわき信用組合(以下、いわき信金)に対して、業務改善命令を発出しました。この行政処分の背景には、経営陣による長期的かつ意図的な不正行為と、それを組織全体で隠蔽してきた体質があります。本稿では、金融庁の発表およびいわき信金が提出した調査報告書を基に、証拠隠滅の実態と組織ぐるみの意識、そしてガバナンスの崩壊について詳しく解説します。
長年にわたる不正融資とその隠蔽
いわき信金では、旧経営陣が業績悪化に陥った大口融資先に対して、大口信用供与の規制を逃れるために、実態のない企業を仲介して迂回融資を行っていました。これらの融資は、顧客の名義を無断で使用して複数の口座を開設し、そこを経由して資金を流す手法が取られていました。驚くべきは、これらの行為が一過性のものではなく、役員間で代々引き継がれ、長期にわたり隠蔽されていたことです。
調査報告書では、2008年から2025年まで不正融資実行件数が1293 件、金額累計 247 億 7178 万円を不正融資として認定しています。
また、自己査定に抵触しないように不正融資の金額が調整されるなど、形式上の整合性を装う細工が施されており、組織内での周到な準備と協力があったことがうかがえます。これは明らかに、組織的な証拠隠滅の一環であり、単なる内部統制の不備では済まされない深刻な問題です。
不祥事の発覚と隠蔽行為の連鎖
報告書によれば、旧経営陣は不祥事が発覚するたびに、その事実を公にするのではなく、役員内で引き継いで秘密裏に管理し続けていました。さらに、現職員の中にもこの流れを知りつつ黙認していた者がいたとされ、問題は経営陣だけにとどまらないことが分かります。
また、旧会長を中心とした経営陣は、不正行為が外部に漏れるのを防ぐため、当局への報告さえも意図的に改ざん。実際には行っていない余罪調査を実施したと虚偽の報告を行い、さらなる隠蔽を図っていました。
報告書には、
- 実際に実施されていない「余罪調査」の報告書をでっち上げ、監督官庁に提出したこと
- そして複数の融資について帳票類を廃棄または別ファイルに隔離することで、検査や内部監査から逃れていたこと
- 不正行為の隠蔽の為、自宅でノートパソコンをハンマーでたたき壊した事
が明記されています。
また、支店長から本部に現金横領の報告が上がっていたにも関わらず、旧会長はその事実を把握しながら放置し、結果的にさらなる横領を招いた事例もあります。これらの事実は、単に不祥事を見逃したのではなく、明確な意思をもって証拠を隠滅し続けた証左です。
ガバナンスの機能不全
今回の不正融資や隠蔽行為を許した最大の要因は、いわき信金のガバナンスが機能していなかったことです。前会長は理事の人事権をほぼ独占し、理事会は彼の意向に逆らうことができない空気に支配されていました。また、監事においても業務に対する警鐘を鳴らすことなく、経営の監視・牽制機能は実質的に停止していたのです。
このような状況では、不正行為に対する内部通報が機能する余地もなく、組織としての健全性は保たれません。実際、報告書でも「ガバナンスが全く機能していなかった」と明言されています。
内部監査・コンプライアンス体制の崩壊
内部監査部門においても重大な問題が露呈しています。不正融資の端緒となった融資業務を監査対象から除外していたこと、そして同一店舗を毎年同時期に監査するという形式的かつ予告的な運用が行われていたことから、内部監査は完全に形骸化していたといえます。
さらに、コンプライアンス委員会もまた、事務的な報告が中心であり、法令遵守や不祥事の未然防止といった本来の役割を果たしていませんでした。経営陣自身が法令軽視の姿勢を持っていたことで、現場の職員への指導や啓蒙もなされず、結果として組織全体の遵法精神が欠如していたのです。
再発防止への道筋
今回の業務改善命令において、金融庁はいわき信金に対し、ガバナンスの再構築とコンプライアンス意識の徹底を求めました。特に、第三者による調査体制の構築、全職員への法令遵守教育、そして取締役会・監事による実効性ある経営監視の確立が喫緊の課題とされています。
同時に、過去の隠蔽行為に対する真相究明を第三者委員会と連携して徹底することも明記されており、「組織の再出発」には徹底した内部浄化が不可欠です。
まとめ
いわき信用組合における一連の不祥事は、単なる不正融資の問題にとどまらず、長期にわたる証拠隠滅と組織ぐるみの隠蔽体質が引き起こした、金融機関としての根幹を揺るがす事態です。再発防止のためには、単なる制度改正や書面上のルール整備にとどまらず、職員一人ひとりの倫理観と、健全な異議申し立て文化を根付かせる必要があります。
不正を許さない風土の醸成こそが、真の信頼回復への第一歩となるのです。
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