これまでの連載では、不正会計、着服や通勤費等の不正受給といった「金銭」に関わる内部不正へと結びつく心理メカニズムを紐解き、パワハラや「モノ言えぬ組織」といった組織環境や職場状況と、「真面目さ」や「優秀さ」といった本来組織にとって望ましいはずの資質がどのような相互作用を起こし、「不正のペンタゴン」モデル(Figure 1)を形成するかを見てきました。
Figure 1 不正のペンタゴンモデル

【補足:「不正のペンタゴン」モデルとは】
以下の5つの要素が同時に揃った時、内部不正のリスクが高まるとするモデルです。
・動機:他者に打ち明けられない問題を抱えた時に起こる、「内密に問題を解決したい」という欲求を指します。
・機会:「誰にも見つからずに実行できる」と認識した状態を指します。
・正当化:罪悪感を避けるために行う、自らの行為を「正しいこと」と思い込むための弁明(言い訳)を指します。
・能力:不正を実行し、それを隠ぺいできるだけの専門的知識等を持っていることを指します。
・傲慢さ:「組織内において自分は特別な存在だ」といった過度な自意識等を指します。
しかし、現代において、現金や物品といった有形資産と同等、あるいはそれ以上に組織運営の根幹を脅かすのが、「営業秘密の侵害」(不正競争防止法違反)と呼ばれる情報資産の不正取得・漏えい・使用です。不正競争防止法第2条第6項では、「営業秘密」は、①秘密として管理され(秘密管理性)、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であり(有用性)、③公然と知られていないもの(非公然性)、という3つの要件を満たす情報と定義されています(経済産業省,2025)。具体的には、製造方法、設計図面、金型、顧客名簿・情報、接客マニュアルなどがこれに該当します(経済産業省,2024)。
今回は、これまでの連載で言及できなかった点を補足することを目的とし、社会安全研究財団(2010)や大上(2017)が行った調査、入山(2026)の論考などの知見を参考に、犯罪心理学の視点から「営業秘密の侵害」の心理メカニズムを紐解いたうえで、内部不正から情報資産を守るための組織的防衛策を提案します。
「営業秘密の侵害」の実態
警察庁(2026a)の発表によれば、2025年における警察への「営業秘密の侵害」事案の相談件数は74件であり、前年と比べて5件(6.3%)減少してはいるものの、高止まりの傾向にあり、日本の組織にとって深刻な課題となっています。実際、2025年における「営業秘密の侵害」事案の検挙件数は38件であり、前年と比べて16件(72.7%)増加しています。特に転職や独立の機会に乗じて行われる事案が多く見られます。
また、情報処理推進機構(2025)は、大小様々な製造業・非製造業の情報システム関連部門、リスクマネジメント関連部門、サイバーセキュリティ関連部門や経営企画部門等に所属する1,200名を対象に、企業における営業秘密管理に関する実態調査を行いました。この調査結果によれば、「営業秘密」の漏えいルートは、外部からのサイバー攻撃(36.6%)を除き、その大半を現職の従業員等による「ルール不徹底による漏えい」(32.6%)、「金銭目的等の具体的な動機を持った漏えい」(31.5%)、中途退職者による「持ち出し」(17.8%)が占めていました。つまり、昨今大きく報道される外部からのサイバー攻撃への対策はもちろん重要ですが、それ以上に組織内部の人間に起因する不正によって発生する「営業秘密の侵害」に対して、より実効性のある防衛策を組織が講じることが求められているといえます。
情報・システムを悪用した内部不正・犯罪行動の4類型と「不正のペンタゴン」モデル
それでは、組織内部の人間はどのような心理メカニズムによって「営業秘密の侵害」を行うのでしょうか。それを紐解くうえで、社会安全研究財団(2010)が実施した調査が参考になります。
この調査では、2007年から2009年6月までに検挙されたサイバー犯罪(情報技術を悪用した犯罪)のうち、組織内部の人間によるコンピュータの利用権限の悪用事案30件(派遣社員・アルバイト、元従業員、元社員等による犯行)のデータを対象に、犯罪行動の目的(金銭か心理的満足か)、犯行時の立場(現職者か退職者か)などの複数の変数について、高度な統計手法を用いた分析が行われました。分析の結果、情報・システムを悪用した内部不正・犯罪行動は、以下の4つのタイプに分類されました。なお、複数の変数について分析しているため、これら4つのタイプの特徴については、越智(2019)の論考を参考に動機、目的、IT技術等の専門性、手口をまとめるとともに、社会安全研究財団(2010)の分析に基づき各タイプにおける組織風土を記述しました。
1.システム悪用タイプ
現職者が、借金や遊興費の捻出などの金銭問題、および経営者・上司への不満を動機とし、金銭を目的に、「正当に評価されていない分の補償だ」と経理や決済などの業務権限を悪用・正当化して、不正送金を行うタイプです。このタイプの内部不正・犯罪行動が起こる組織の特徴として、少人数体制やワンマン経営により業務が特定の担当に任せられ、第三者のチェック体制(監視性)が機能していない風土があります。
2.システム破壊タイプ
退職者が、解雇や職場トラブルに対する強い恨みや鬱憤晴らしを動機とし、心理的満足を目的に、在職時に共有していたID・パスワードや管理者権限等を悪用してアクセスし、データの消去やシステム停止を行うタイプです。このタイプの内部不正・犯罪行動が起こる組織の特徴として、本人の期待と実際の評価のギャップや解雇時の説明不足・不誠実な対応により、強い不満や恨みを抱かせやすい風土があります。
3.情報流出Ⅰタイプ
退職者または現職者が、離職後の不安定な生活や経済的困窮を動機とし、金銭を目的に、自ら作成・管理していたシステムへの執着や在職時の知識を悪用してアクセスし、情報を盗み出して換金するタイプです。このタイプの内部不正・犯罪行動が起こる組織の特徴として、特定の担当者にIT業務を独占させ、無断での外部接続環境の設定やアクセス権限の放置が行われがちな風土があります。
4.情報流出Ⅱタイプ
退職者が、過大な自己評価を背景とする自身への経営者や上司の評価に対する強い不満を動機とし、相手の信用失墜や嫌がらせを通じた鬱憤晴らしを目的に、在職中に入手した管理者情報等を悪用して不法侵入し、インターネット上の掲示板に晒す等の情報の外部流出を行うタイプです。このタイプの内部不正・犯罪行動が起こる組織の特徴として、表面的には何ら問題ないかのように見えて、実際には双方の納得がないまま、退職者が雇用条件や報酬を巡り不満を募らせて自主的に退職する風土があります。
入山(2026)は、金銭・物品に直接関わる内部不正のみならず、こうした組織内部の人間による「営業秘密の侵害」の心理分析にも、「不正のペンタゴン」モデルを適用しようと試みています。
そこで、入山(2026)を参考に、先述した情報・システムを悪用した内部不正・犯罪行動の4つのタイプの特徴(社会安全研究財団,2010)について、「不正のペンタゴン」モデル(Figure 1)の視点から改めて概観すると、
・動機:【例】個人の経済的問題に対する不安、自身の評価の低さに対する不満
・機会:【例】システム等へのアクセス権限管理や業務のチェック体制の不備
・正当化:【例】他者の業務対する無関心、職員に対する不誠実さ
・能力:【例】不正・犯罪を行うための経理やITに関する専門的な知識・技術
・傲慢さ:【例】過大な自己評価、業務の独占
5つの要素が揃っており、これら要素の内容とその組み合わせに応じて、4つのタイプに変化していることがうかがえます。
なお、組織内部の人間による「営業秘密の侵害」については、「不正のペンタゴン」モデルの5つの要素の他にも注目するべき要因があります。それが、組織内部の人間の経済的不安や組織・上司への不満などの「心の隙」を突いた、外部組織による働きかけです。
外部組織による働きかけと職業・立場別の情報提供者のタイプ
例えば、大上(2017)は、日本国内で起きたロシア(旧ソ連)の専門組織による諜報(スパイ)事案を対象に調査を行い、情報を提供した者(日本人)の職業、提供した情報内容、経緯や動機などを分析しました。その結果、こうした組織は、対象者の「職業」や「立場」ごとに生じる経済的不安、自尊心・自負心、信念、弱みや不満を極めて巧みに見抜き、それに応じた方法を使って接触し、情報提供を誘う実態が示されました。
大上(2017)は、情報提供者のパターンを、大きく以下の4つに整理しています。
1.自衛官タイプ
自衛官や防衛省職員が、自衛隊の運用や作戦計画などの防衛情報を軍系の諜報組織へ提供するタイプです。諜報組織は、上位階級の自衛官や防衛省職員から依頼された場合、組織特有の「強い指揮命令関係・主従関係」を背景に、現場が立場上断れない状況を悪用します。そのため、上位階級の自衛官や防衛省職員に接触し、「部隊運用の師」と持ち上げて自尊心や自負心を刺激したり、独自の信念に付け込んで信頼関係を築いて籠絡します。
2.自営業タイプ
個人貿易商、修理・販売業者、翻訳家などが、軍事技術情報を軍系の諜報組織へ提供するタイプです。他のタイプとは異なり、自身の商業的な利益(金銭目的)のために、自ら進んで協力を申し出る傾向が見られます。自身が直接機密を持たない場合でも、自衛隊等に出入りする立場を利用し、アクセス権を持つ知人に依頼して情報を入手・仲介します。
3.メーカー社員タイプ
大手総合電機や光学機器メーカーなどの技術系社員が、社内で研究開発中の先端科学技術情報を対外国系の諜報組織へ提供するタイプです。主な動機は「社内で自らの業績や研究成果が正当に評価されていない」という自身の評価への不満と渇望です。諜報組織はこうした心理的隙に巧みにつけ込み、承認欲求を満たしながら接近します。
5.国家公務員タイプ
外務省職員などが、所属先で扱う政治・外交情報を対外国系の諜報組織へ提供するタイプです。海外赴任中などにおいて個人的な弱みを握られ、脅迫・強要されることにより、立場上従わざるを得なくなる点が特徴です。また、海外勤務経験や外国文化への親近感を利用し、接近する場合もあります。
以上のように、組織内部の人間による「営業秘密の侵害」は、これまでの連載で何度も指摘した「不正のペンタゴン」モデルの5つの要素だけでなく、外部組織からの意図的な働きかけや誘導といった要因も加わり、より複雑な心理メカニズムが働いていることが理解できます。
営業秘密の侵害を防ぐ組織的防衛策
組織が情報資産を守るためには、パソコン等の端末の貸与・返却、アクセス権限の付与・削除やID・パスワードの管理等の技術的・物理的なセキュリティ対策はもちろんのこと、「不正のペンタゴン」の5つの要素(動機・機会・正当化・能力・傲慢さ)を職場内に揃わせない「人」と「組織環境・職場状況」へのアプローチ、ならびに外部からの不審なアプローチを早期に察知し、対処する視点が極めて重要となります。ここでは、前回の記事で提案した組織的防衛策(入山・桐生,2026)を踏まえながら、以下の3つの点について組織的な点検・整備を進めることを提案します。
1.孤立と不満の過度な蓄積を防ぐ環境づくり(「動機」と「正当化」の抑制)
業務上の悩みや自身の経済的問題から役職員が孤立し、他者に相談できない問題を一人で抱え込むことが「動機」の起点となります。特に「真面目」な人は、周囲が「何か困ったことがあったら相談してください」という声かけをしても、「迷惑をかけないように、困らないように努力しよう」、「相談をしたら、無能な人間と思われる」という意識が働くとされてしまいます(DePaulo & Fisher, 1980)。
そこで、「周囲に相談して良い」と感じさせる組織の「空気」づくりが必要です。例えば、日ごろから職場において、相手の発言に温かく共感的な反応(例:話してくれてありがとう)を示すように心がけることは、自己開示(自身の個人的な情報を他者に伝える行動)を促すとされています(Truax & Carkhuff, 1965)。
また、「優秀」な人ほど、組織・上司と意見が対立した際、「正当に評価されていない」という不満を抱き、「自分の能力や功績を踏まえれば、この程度のことは認められて当然だ」という「正当化」の理由を思いつきます。心理学の先行研究でも、こうした「正当化」(心理的な免罪符)によって、「優秀」な人ほど、自分にとって都合の良い解釈をし、行動する傾向があることが示めされています(Sachdeva et al., 2009)。
そこで、意見が対立した際であっても、評価や判断に対する組織の公正さと一貫性を保つことが必要です。つまり、「なぜそのような評価・判断を下したのか」を役職員の立場や個人的な関係性を問わず公正に、かつ一貫して丁寧に話すように心がけます。こうした組織的な対応は、仮に自分の意見が通らなかったとしても、その結果に対して納得しやすくなることが示されています(Lind & Tyler, 1988)。
なお、大上(2017)が指摘するように、外部組織による接触・誘惑は、役職員が抱える孤立や不満といった「心理的な隙」に巧妙につけ込んできます。そのため、先述したように、日頃から相談し、意見が言い合える「空気」づくりを心がけるとともに、役職員が実際に不審なアプローチを受けた際には、躊躇なく組織が役職員を保護し、関係機関への相談・通報を行い、役職員と組織を守る体制をあらかじめ整えておくことが重要となります。こうした体制づくりをするうえで、警察庁(2026b)では技術情報の流出防止を啓蒙するパンフレット「技術流出の防止に向けて」を配布していますので、参考にしていただくことが有効です。
2.管理体制の形骸化を防ぐ目配りと相互牽制(「機会」の抑制)
アクセス権限やID・パスワードの管理体制が形骸化し、その業務の担当を外れた役職員や退職者が簡単に情報にアクセスできる状況は、「この組織であれば、誰にも見つからずに情報を盗み出すことができる」という主観的な「隙」(機会)を感じさせます。
特に、「優秀」な人ほど、ルールの「抜け穴」を簡単に見つけ出し、その抜け穴を利用することを巧みに「正当化」してしまう傾向が指摘されています(Gino & Ariely, 2012)。ただし、航空業界で17年間働いた執筆者の経験では、こうした「優秀」な人の多くが、管理体制が形骸化している問題について組織に相談や意見をしてくれます。こうした「優秀」な人たちの相談や意見を組織がどのような姿勢で受け止め、扱うか組織的防衛策のポイントになります。先述した「周囲に相談して良い」と感じさせる組織の「空気」づくりや、評価や判断に対する組織の公正さと一貫性が保たれていなければ、「優秀」な人たちは、むしろ組織にとって脅威となる可能性があることを組織の経営層、マネジメント層やコンプライアンス担当は忘れないでおく必要があります。
3.能力の正しい使い方と慢心を抑える学び(「能力」と「傲慢さ」のコントロール)
高度な専門知識や技術、特定の権限(能力)を持つ役職員ほど、その人に業務、評価や判断が集中し、「自分がこの組織(や業務)を回している」といった慢心が生じやすくなります(Fast et al., 2012)。また、自身が行う業務、評価や判断を把握し、その内容を検証しようとする組織に対しては、強い心理的抵抗感を抱きやすく(Brehm, 1966)、業務、評価や判断の独占が生じる可能性もあります。
入山(2026)は、入社や昇格のタイミングではもちろんのこと、日々の上司・部下、先輩・後輩の関係性の中で、高度な知識・技術や権限(能力)の正しい使い方、その組織の役職員としてのあり方を説き、学ぶ環境を整えることの必要性を指摘しています。実際、心理学の先行研究では、与えられた能力や権限を単なる自身の「特権(機会)」ではなく「果たすべき責務」として捉え直させる働きかけをした場合、その責任の重さを自覚し、重要な判断場面においてより慎重に物事を判断するようになることが示されています(Scholl et al., 2018)。また、自身の権限の高さを認識した際、自身の道徳的な認識が高い人ほど、利己的な行動が抑制されることが示されています(DeCelles et al., 2012)。
よって、組織として、役職員に高度な知識・技術や権限(能力)を使うことの責任やその際の道徳心について説き続けることは、心理学的に見ても有効というわけです。
おわりに
今回の記事では、「営業秘密の侵害」の心理メカニズムを紐解き、組織内部の人間が抱える不安や不満と組織環境・職場状況が相互作用し、「不正のペンタゴン」モデルの5つの要素と結びついたとき、あるいは外部組織からの巧妙な働きかけを受けたときに、こうした事案が起きる可能性があることを指摘しました。
また、「営業秘密の侵害」に対する組織的防衛策を提案しましたが、これは単に組織の利益や社会的信用を守るだけでなく、そこで働く役職員を情報の不正取得・漏えい・使用へと誘惑するあらゆるリスクから守ることに繋がります。今回の記事で提案した組織的防衛策が、役職員と組織の情報資産の両方を守り、健全な組織運営を行うための一助となれば幸いです。
引用文献
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