山形県警は2026年7月21日、損害保険会社が管理する顧客情報を不正に取得したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の疑いで、元保険代理店関係者ら4人を逮捕しました。県警によれば不正に取得された顧客情報は約5,000件にのぼり、情報を管理していた損保会社の代理店は、その後の解約続出により約2億円の被害を申告しています。逮捕された4人は、当時勤務していた代理店から損保会社のコンピューターにアクセスして顧客情報を取得した後、そろって別の保険代理店へ再就職しており、県警は転職先での顧客情報の悪用や、再就職先の関与の有無も視野に捜査を進めています。退職・転職に伴う顧客情報・営業秘密の持ち出しは、当サイトでもこれまで繰り返し取り上げてきたパターンであり、とりわけ保険業界では構造的な問題として相次いで表面化しています。
サマリー
- 山形県警は2026年7月21日、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の疑いで、山形県寒河江市の会社員武田剛容疑者(62)ら4人を逮捕しました
- 逮捕容疑は2024年9月8日から30日にかけて、当時勤務していた山形県内の代理店から損保会社が管理するコンピューターにアクセスし、営業秘密である顧客情報を不正に取得したというものです
- 不正取得された顧客情報は約5,000件で、情報を管理していた損保会社の代理店は、解約による被害を約2億円と申告しています
- 逮捕された4人は2024年10月ごろから県内の別の保険代理店に再就職しており、県警は転職先で顧客情報を使用した可能性を視野に入れて調べています
- 事件は、解約が相次いだ代理店が2025年6月に県警に相談したことを端緒に発覚しました
- 4人はいずれも認否を明らかにしていません
- 保険業界では2026年に入り、損保大手3社によるトヨタからの社員情報無断持ち出しや、メットライフ生命の出向先代理店における顧客情報持ち出しなど、営業秘密・顧客情報の不適切な取り扱いが構造的な問題として相次いで表面化しています
目次
整理表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 逮捕日 | 2026年7月21日 |
| 捜査機関 | 山形県警 |
| 容疑 | 不正競争防止法違反(営業秘密領得) |
| 逮捕者 | 武田剛容疑者(62、寒河江市)、高橋重美容疑者(62、天童市)、佐々木一広容疑者(56、鶴岡市)、堀口千佳子容疑者(56、鶴岡市)の4人 |
| 不正取得の時期 | 2024年9月8日から30日 |
| 不正取得の方法 | 当時勤務していた代理店から損保会社のコンピューターにアクセスし顧客情報を取得 |
| 不正取得された件数 | 約5,000件 |
| 申告された被害額 | 約2億円(解約による) |
| 発覚の端緒 | 解約が相次いだ代理店が2025年6月に県警へ相談 |
| その後の状況 | 4人は2024年10月ごろから県内の別の保険代理店に再就職 |
| 捜査の焦点 | 転職先での顧客情報の使用、再就職先の関与の有無 |
| 認否 | 4人とも明らかにしていない |
事件の概要-在職中のアクセスと転職後の悪用の疑い
山形県警の発表によれば、逮捕された4人の容疑は、2024年9月8日から30日にかけて、当時勤務していた山形県内の保険代理店から、損害保険会社が管理するコンピューターにアクセスし、営業秘密である顧客情報を不正に取得したというものです。逮捕されたのは、寒河江市の会社員武田剛容疑者(62)、天童市の会社員高橋重美容疑者(62)、鶴岡市城南町の会社員佐々木一広容疑者(56)、同市日枝の無職堀口千佳子容疑者(56)の4人で、いずれも認否を明らかにしていません。
不正に取得された顧客情報は約5,000件にのぼるとされ、この情報を管理していた損保会社の代理店は、その後の解約続出により約2億円の被害を申告しています。事件が発覚したきっかけは、解約が相次いだことを不審に思った代理店が、2025年6月に県警へ相談したことでした。
本件で特に注目されるのが、逮捕された4人が2024年10月ごろから、そろって県内の別の保険代理店へ再就職していた点です。顧客情報を不正取得した直後に競合他社へ転職しているという時系列から、県警は取得した顧客情報を転職先で営業活動に使用した可能性を視野に入れて捜査を進めており、あわせて再就職先の代理店が関与していたかどうかについても調べているとされています。持ち出した顧客情報をもとに転職先で契約の切り替え(乗り換え)を働きかけた結果、元の代理店で解約が相次ぎ約2億円の被害につながった、という構図が疑われる事案です。
不正競争防止法上の「営業秘密領得」とは
今回の逮捕容疑となった不正競争防止法違反(営業秘密領得)について、簡単に整理しておきます。不正競争防止法上、ある情報が営業秘密として保護されるためには、秘密として管理されていること(秘密管理性)、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)、公然と知られていないこと(非公知性)という3つの要件をすべて満たす必要があります。損保会社が管理するシステム上の顧客情報は、通常アクセス権限が管理され、営業上の価値を持ち、一般に公開されていない情報であることから、これらの要件を満たす営業秘密に該当すると判断されたものとみられます。
当サイトで既報の富士通Japanの元社員が商談資料等を私用メールに送信して逮捕された事案でも解説したとおり、自分が業務で作成・使用していた情報であっても、それが会社の営業秘密に該当する限り、無断で取得・使用・開示する行為は不正競争防止法違反として刑事責任を問われうるというのが基本原則です。今回のように、在職中に正規のアクセス権限を用いて情報を取得した場合でも、その目的が退職後の競合他社での利用にあったと認められれば、営業秘密の不正な領得として立件の対象となります。
保険業界で相次ぐ営業秘密・顧客情報の持ち出し
今回の山形の事案は、単発の事件ではなく、保険業界で構造的に表面化している一連の問題の一つとして捉える必要があります。
当サイトで既報の2026年4月・5月の情報漏洩事例まとめでも取り上げたとおり、2026年に入り、損保大手3社がトヨタから社員約2万人分の情報を無断で持ち出していた事案(4月)や、メットライフ生命の出向先代理店36社・2,476件に及ぶ情報持ち出し(5月)が相次いで表面化し、金融庁も業界の実態把握に動く事態となっています。また、プルデンシャル生命系のPGF生命における情報持ち出しでは、7代理店で計11名の出向者が379件の情報を持ち出していたことが確認されています。
保険業界でこうした事案が相次ぐ背景には、この業界特有の構造があると考えられます。保険商品は、顧客との継続的な関係性の上に成り立つ契約であり、担当者個人が顧客との信頼関係や契約内容の詳細を握っているケースが多いという特徴があります。そのため、担当者が代理店を移ったり別の保険会社に転職したりする際に、顧客ごと契約を引き連れて移動しようとする誘因が働きやすく、その過程で顧客情報の持ち出しや、転職先での契約の乗り換え勧誘という形の不正が発生しやすい土壌があります。今回の山形の事案で、顧客情報の不正取得と解約続出、そして競合代理店への集団転職が一続きの流れとして疑われているのは、まさにこの構造的リスクが顕在化した典型例だといえます。
退職・転職に伴う情報持ち出しという普遍的な課題
保険業界に限らず、退職者・転職者による顧客情報や営業秘密の持ち出しは、業種を問わず繰り返し発生しているパターンです。当サイトでは、退職直前に顧客情報を同業他社へ漏洩したとして逮捕された半導体関連会社の元営業課長の事案や、リクルートの元従業員による顧客・従業員情報の不正持ち出し、あすか製薬の元従業員が持ち出した従業員リストが転職先PCへの不正アクセスで発覚した事案など、同種の事例を継続的に取り上げてきました。
これらの事案に共通するのは、外部からの高度なサイバー攻撃ではなく、正規のアクセス権限を持つ内部者が、その権限を悪用して情報を持ち出すという内部脅威の構図です。今回の山形の事案も、当時の勤務先である代理店から正規に損保会社のシステムへアクセスできる立場を利用して顧客情報を取得したものであり、外部からの侵入とは異なる、権限を持つ者による不正という性質を持っています。
情報システム部門への示唆
今回の事案は、情報システム部門・経営層にとって、内部者による情報持ち出しへの備えの重要性を改めて示しています。
まず、アクセスログの取得と監視です。今回のように、退職前に正規の権限で大量の顧客情報にアクセスするという行動は、平時の業務パターンから逸脱した兆候として検知できる可能性があります。短期間に通常より大量のレコードを閲覧・ダウンロードする、退職予定者が担当外の顧客情報にアクセスするといった異常な挙動を検知できる仕組みを整えておくことが、早期発見につながります。今回の事案が、不正取得から発覚まで約9か月を要し、その間に解約が積み上がって約2億円の被害に至ったことを踏まえると、異常検知の遅れが被害を拡大させるリスクは無視できません。
次に、退職・転職プロセスにおける統制です。退職予定者のアクセス権限を退職と同時に確実に失効させること、退職前後の情報アクセス・持ち出しのログを保全すること、そして退職時に情報の返却・削除を確認するプロセスを整備することが、基本的かつ効果的な対策です。特に、担当者個人が顧客との関係を握りやすい営業職の多い業界では、こうした統制の徹底が求められます。
さらに、採用する側の視点も重要です。今回、県警は再就職先の代理店の関与の有無も調べているとされています。当サイトで既報のAppleがOpenAIを営業秘密窃取で提訴した事案でも指摘したとおり、競合他社から人材を受け入れる際に、その人物が前職の営業秘密や顧客情報を持ち込むことを黙認・助長すれば、受け入れた企業側も法的責任を問われるリスクがあります。中途採用者に対し、前職の機密情報を持ち込まないよう明確に周知し、誓約書を取得するといった対応は、採用する企業自身を守るためにも重要です。
出典
- 損保の顧客情報5千件不正取得か 2億円被害申告、4人逮捕 – 共同通信
- 2026年5月,4月 情報漏洩の事例まとめ(機密情報・営業秘密) – セキュリティ対策Lab
- プルデンシャル生命系のPGF生命で情報持ち出し-相次ぐ不祥事 – セキュリティ対策Lab
- 退職直前に顧客情報を同業他社へ漏洩か-半導体関連会社の元営業課長を逮捕 – セキュリティ対策Lab
- リクルート、元従業員による顧客・従業員情報の不正持ち出し-顧客の情報が漏洩 – セキュリティ対策Lab
- あすか製薬、元従業員が持ち出した従業員リストが転職先PCへの不正アクセスで発覚 – セキュリティ対策Lab
- AppleがOpenAIを営業秘密窃取で提訴-元幹部が採用面接で「実物部品持参」を指示か – セキュリティ対策Lab








