警察庁は2026年7月31日、「北朝鮮IT労働者に関する各国・企業等に対する注意喚起」を公表しました。日本・米国・韓国・英国・豪州・カナダが参加する多国間アドバイザリーで、北朝鮮がIT労働者を海外企業に偽の身分で潜入させ、報酬を核兵器・弾道ミサイル計画の資金源としている実態とその手口を詳細に開示しています。AIを統合した高度な身元偽装・「ラップトップファーム」を通じた所在地隠蔽・暗号資産を経由した送金など、従来の採用審査や本人確認では見抜くことが難しい手口が確認されており、北朝鮮IT労働者との契約・支払いは日本を含む多くの国の国内法に違反し、法的責任や罰金を課されるおそれがあると明記されています。
北朝鮮IT労働者多国間注意喚起(2026年7月31日)のサマリー
- 2026年7月31日、警察庁が「北朝鮮IT労働者に関する各国・企業等に対する注意喚起」を公表(日米韓英豪加が参加する多国間アドバイザリー)
- 北朝鮮はIT労働者を偽の身分で海外企業に浸透させ、報酬を核兵器・弾道ミサイル計画の資金源に充当
- 手口はAI統合による身元偽装・第三者代理人・ラップトップファーム・VPN・暗号資産と多層化・高度化
- 北朝鮮IT労働者との契約・支払いは日本の国内法にも違反するおそれがあり、法的責任・罰金が課されるリスクあり
- 国連安保理決議第2397号に基づき、北朝鮮国民が収入を得ている場合、加盟国は同国民を送還する義務を負う
- FATFは北朝鮮をブラックリスト(高リスク国)に指定。金融機関・企業はマネロン・テロ資金供与リスクとして対処が求められる
- 危険信号として、プラットフォーム運営企業向け9項目・雇用/発注側向け6項目が開示
整理表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発出日 | 2026年7月31日 |
| 発出主体 | 日本(警察庁)・米国・韓国・英国・豪州・カナダが参加する多国間アドバイザリー |
| 前回の共同声明 | 2025年8月:日米韓「北朝鮮IT労働者に関する共同声明」 |
| 前回のMSMT報告書 | 2025年10月:多国間制裁監視チーム(MSMT)第2回報告書 |
| 資金の使途 | 核兵器・弾道ミサイル計画の資金調達 |
| 主な活動国 | 北朝鮮・中国・ロシア・東南アジア・アフリカ諸国に在住しながら遠隔作業 |
| 法的根拠 | UN安保理決議第2397号(送還義務)、各国国内法(契約・支払いの違反) |
| FATFの指定 | 高リスク国(ブラックリスト)として対抗措置の適用を要請 |
何が起きているか——核開発資金源としてのIT労働者スキーム
北朝鮮は、核兵器と弾道ミサイルの開発を支える外貨獲得の手段として、技術を有するIT労働者を国内外に派遣するスキームを組織的に運営しています。これらの労働者は他国の国民になりすまし、Upwork・Fiverr・Freelancerなどのオンラインプラットフォームを通じて民間企業から業務を受注します。受け取った報酬は北朝鮮の親元機関に送金されており、表向きは個人の収入に見えながら実態は国家の資金調達活動です。
アドバイザリーが特に強調しているのは「AI統合を含む一層高度な手法」の活用です。大規模言語モデル(LLM)を使った説得力のあるプロフィール作成、AIで生成したビデオフィードによる顔偽装など、従来の本人確認手続きでは見抜くことが難しくなっている現実が指摘されています。
さらにこれらの労働者は単なる業務受注にとどまらず、企業に対する内部脅威をもたらし、データ流出・暗号資産の窃取・機微情報の入手にも関与しています。契約後に社内システムへのアクセス権を得たIT労働者が、後から情報を搾取するという2段階のリスクが存在します。
日本・米国・韓国は2025年8月に「北朝鮮IT労働者に関する共同声明」を発出しており、今回の注意喚起はその続報と位置づけられます。
北朝鮮IT労働者の7つの手口
アドバイザリーが開示した手口は7点です。
①身分証明書の偽造・第三者なりすましによるアカウント登録——第三国に在住する代理人から提供された身分証の画像を使ってアカウントを作成し、実際の業務は北朝鮮IT労働者本人が行います。身分証の所有者と業務実施者が異なる二重構造が基本です。
②第三者代理人を通じた面接参加・対面接触——第三者の代理人が採用面接に参加し、場合によっては対面での接触まで行って偽の信頼感を醸成し、業務契約を獲得するケースが増えています。
③暗号資産・送金サービスによる報酬受取と多層的資金移動——銀行口座への直接振込を避け、送金サービスや暗号資産での支払いを求めます。第三者の口座を報酬受取先として雇用主に提示し、その第三者に指定の外国口座への送金を依頼する仕組みで、資金の流れを追いにくくしています。第三者には手数料として報酬の一部が支払われます。
④高スキルのIT業務の受注——ウェブページ・モバイルアプリケーション・ソフトウェア・ブロックチェーンアプリケーションの制作等、幅広いIT関連業務を請け負います。技術水準が高く、初期の業務品質が問題となりにくいため、契約後に発覚するケースが多くなっています。
⑤VPN・リモートデスクトップによる所在地の隠蔽——北朝鮮・中国・ロシア・東南アジア・アフリカ諸国に在住しながら、VPNやリモートデスクトップソフトウェアを使って、実際には外国から作業していることを隠しています。
⑥「ラップトップファーム」による企業支給PCの不正利用——米国等の海外に在住する第三者代理人が企業から支給されたノートパソコンを受け取り、北朝鮮IT労働者が遠隔でそのPCにアクセスすることで実際の所在地を隠蔽する仕組みです。企業にとっては「自社が支給したPCで社員が作業している」ように見えます。
⑦不正FX自動売買による外貨獲得——IT関連業務の受注のほか、自ら開発した自動売買システムを使って不正にFX取引を行い、外貨を獲得するケースも確認されています。
見極めるための危険信号——2種類の確認対象
アドバイザリーは、北朝鮮IT労働者を見極めるための危険信号を、プラットフォーム運営企業向けと雇用・発注側向けの2つに分けて列挙しています。複数の特徴が当てはまる場合は、北朝鮮IT労働者が不正に仕事を得ようとしている可能性があるとしています。
プラットフォームを運営する企業が注意すべき9項目
アカウント名・連絡先・報酬受取口座情報などの登録情報を頻繁に変更する、アカウント名義と報酬受取口座の名義が一致しない、同一の身分証明書で複数のアカウントを作成している、本人確認用身分証明書が画像編集ソフトで偽造または改ざんされているように見える、同一のIPアドレスから複数のアカウントにアクセスしている、1つのアカウントに短時間で複数のIPアドレスからアクセスしている、アカウントに異常に長い時間ログインしている、累計作業時間や関連指標が不自然に高い、そして自らに対して虚偽のレビューを投稿しているといったパターンが挙げられています。
雇用または業務を発注する側が注意すべき6項目
不正確な機械翻訳の結果と見られる誤記載や不自然な表現がプロフィールに含まれ、出身地とされている国の言語に堪能でない(ただし、翻訳サービスやLLMを使って説得力のあるプロフィールを作成するケースもある)、ビデオ会議中に写真ID不一致や改ざん・AI生成と見られる映像フィードなどの不整合がある、テレビ会議形式の打合せへの参加を拒否する、一般的な相場より安価な報酬で業務を募集している、複数人でアカウントを運用している兆候がある(時間帯によってやりとりする相手が変わる)、暗号資産での支払いを要求するといった点です。
日本企業への偽装就労——すでに国内で確認された具体的な事例
今回の注意喚起は最初の警告ではありません。当メディアでは、北朝鮮のIT労働者が日本企業で偽装就労か 実態とセキュリティリスクを解説として、日本国内で確認された具体的な侵入事例を解説しています。
脅威インテリジェンス企業Nisos社は、2023年1月から日本企業でリモートのソフトウェアエンジニアやフルスタックデベロッパーとして稼働していたと思われる北朝鮮IT労働者を特定・公表しました。確認されたケースでは、LaborX・ProPursuit・Remote Ok・Remote Hubといった複数のフリーランスプラットフォームで、それぞれ異なる名前と連絡先情報を使用しながら日本への勤務を自称する偽装IT労働者が特定されています。なかには「WeiTao Wang」がOsamu Odaka(小高 修)という日本人名を名乗り、LinkX Inc.(リンクス株式会社)での業務実績としてプロフィールに掲載していた事例が記録されており、日本のコンサルティング会社「Tenpct Inc.(10pct.株式会社)」での勤務を自称する事例も2023年10月以降に確認されています。さらに、日本のアニメ制作会社への北朝鮮労働者の関与を指摘する情報も報告されています。
こうした国内への浸透の実態を受けて、警察庁は2024年3月26日にも注意喚起を発出していました。今回の多国間アドバイザリー(2026年7月31日)はその延長線上にあり、AIによる身元偽装の高度化を踏まえた最新版の警告として位置づけられます。
日本企業が直面する法的リスクと対応
アドバイザリーは法的リスクを明示しています。「北朝鮮IT労働者と契約を交わし、サービス提供の対価を支払う行為は、日本、米国及び韓国等を含む多くの国の国内法に違反し、法的責任を問われる又は罰金を課されるおそれもある」と明確に記載されています。
FATFが北朝鮮をブラックリスト(行動要請の対象となる高リスク国)に指定しているため、北朝鮮IT労働者との取引はマネーロンダリング・テロ資金供与・拡散金融(PF)の文脈でも問題となりえます。金融機関だけでなく、外部のフリーランサーや開発委託先に対してこうした制裁回避のリスクが存在することを意識する必要があります。
情報システム担当者として今すぐ確認すべき点は次のとおりです。まず、外部のフリーランサー・受託開発者・オープンソースへの貢献者など、業務委託しているすべての外部人材の本人確認プロセスを見直してください。ビデオ会議でのリアルタイム本人確認、公的身分証明書の精査、報酬受取口座の名義確認が基本の3点です。次に、企業支給のデバイスがラップトップファームに使われていないか——すなわち社外でデバイスが第三者によって使用されていないかを確認するデバイス管理ポリシーの見直しも推奨されます。暗号資産のみでの報酬受取を要求する外部業者への支払いは、今後特に慎重に扱う必要があります。
北朝鮮系グループOperation Double Barrelが示すように、北朝鮮は外貨獲得・情報収集・サプライチェーン攻撃を複合的に組み合わせています。IT労働者スキームはその資金調達の柱であると同時に、企業の内部ネットワークへの侵入口としても機能しうる構造を持っています。








