小学館「マンガワン」や週刊ポストでの不祥事の調査報告書に見る内部不正と内部統制の問題

コラム・インタビュー

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小学館「マンガワン」や週刊ポストでの不祥事の調査報告書に見る内部不正と内部統制の問題

小学館は2026年8月3日、マンガワン事案および類似事案を踏まえて設置した第三者委員会から調査報告書を受領したと公表しました。報告書は公表版で106ページに及び、マンガワン編集室における原作者起用問題、週刊ポスト編集部に所属していた元従業員による取引先女性への不適切行為、さらに第三者委員会ホットラインに寄せられた申告を踏まえ、人権リスク、編集権、通報窓口、管理部門の牽制、取引先との権力の不均衡といった論点を整理しています。

本稿では、個別の関係者を糾弾する目的ではなく、企業の内部不正・内部統制の観点から調査報告書を読み解きます。出版業界固有の問題に見える部分もありますが、実際には、強い現場裁量、属人的な意思決定、相談窓口の形骸化、記録不備、取引先との力関係の偏りという、多くの企業で起こり得る内部統制上の課題が並んでいます。

小学館第三者委員会報告書から見る内部統制不備のサマリー

  • 小学館の第三者委員会は、マンガワン第1事案、マンガワン第2事案、週刊ポスト事案を調査対象とし、2026年3月19日から8月3日まで調査を実施しました。
  • 調査では、関係資料の確認、電子メール・Slack等に対するデジタルフォレンジック、48名に対する延べ62回のヒアリング、社内外向けホットラインが用いられました。
  • 第三者委員会は、背景に共通する組織的課題として、人権リスクに対する意識不足、編集部門における意思決定とリスク検討の問題、管理部門による関与・牽制の不足、取引先との権力の不均衡を踏まえた管理体制の不足を指摘しています。
  • 本件は、金銭の横領や情報持ち出しとは異なる類型ですが、現場の強い権限、閉鎖的な関係、通報しにくい構造、エスカレーション不全が重なる点では、内部不正リスクと同じ管理課題を含みます。
  • 情報システム部門や内部統制部門にとっては、通報窓口の整備だけでなく、意思決定ログ、例外承認、アクセス権限、取引先とのコミュニケーション記録、リスク案件のワークフロー化まで含めて見直すべき事案です。

整理表

項目 内容
公表日 2026年8月3日
公表主体 株式会社小学館
報告書名 調査報告書(公表版)
調査主体 小学館が設置した第三者委員会
委員 伊丹俊彦弁護士、福原あゆみ弁護士、辺誠祐弁護士
調査期間 2026年3月19日から2026年8月3日
主な調査対象 マンガワン第1事案、マンガワン第2事案、週刊ポスト事案、その他類似事案
調査方法 関係資料確認、デジタルフォレンジック調査、関係者ヒアリング、社内外ホットライン
デジタル調査 電子メール、Slack、電子ファイル等からキーワードで絞り込んだ14,183件を精査
ヒアリング 役職員、退職者、社外関係者など48名に対し延べ62回
ホットライン申告 合計44件。社内向け15件、社外向け29件
第三者委員会が指摘した主な原因 人権リスク意識の不足、編集部門の意思決定・リスク検討の問題、管理部門の牽制不足、取引先との権力の不均衡への対応不足
第三者委員会が指摘したガバナンス上の問題 通報・相談窓口の整備不足、コンプライアンス上の問題を把握した場合の組織体制の不明確さ、問題事象に対する調査・対応記録の不足
主な提言 人権方針の実践、人権デュー・ディリジェンス、重要リスクの組織的検討、管理部門の牽制強化、通報窓口の見直し、調査・対応体制の強化
本稿の切り口 個別事件の詳細ではなく、内部不正・内部統制・リスク管理の観点から整理

背景となった元々の事件の概要

今回の第三者委員会設置の背景には、マンガワン編集室と週刊ポスト編集部に関係する複数の問題がありました。報告書によれば、小学館は2015年2月から2022年10月まで、ウェブコミック配信アプリ「マンガワン」等で『堕天作戦』を連載していました。その後、同作品の作者について、高校教員時代の女子生徒との性的行為や児童ポルノ禁止法違反による罰金刑などを踏まえ、小学館は同作品の連載を休止・終了しました。しかし、その後もマンガワン編集室の判断で、同じ人物を別ペンネームにより『常人仮面』の原作者として起用していたことが判明し、2026年2月28日に小学館が事実関係を認めて謝罪しました。

これが報告書でいう「マンガワン第1事案」です。

同じくマンガワンでは、2025年8月から連載された『星霜の心理士』の原作者について、過去に『アクタージュ act-age』の原作者として活動し、2020年に強制わいせつ罪で有罪判決を受けた人物と同一ではないかとの指摘がSNS上で拡散し、2026年3月に週刊誌でも報道されました。

小学館は2026年3月2日、この人物を同作品の原作者として起用していたことを公表し、その理由を説明しました。報告書では、この件を「マンガワン第2事案」と整理しています。

さらに、2026年3月11日には、週刊ポスト編集部に所属していた元従業員が、2018年に取引先女性に性的行為を求め、2020年に小学館内で当該行為が発覚した後も、別の取引先女性に同様の行為を繰り返していたことなどが週刊誌で報じられました。

小学館は同日、この事案について説明し、当該元従業員については2025年にも同様の行為が発覚し、すでに退職していたことを公表しました。報告書では、これを「週刊ポスト事案」としています。

このように、今回の調査報告書は単一の不祥事を扱ったものではありません。過去に問題を起こした人物を別名義で起用した編集判断、被害者や関係者への配慮、取引先との力関係を背景にした不適切行為、社内で問題を把握した後の調査・再発防止の不十分さが重なっていました。そのため、小学館は2026年3月19日、本事案およびその他の類似事案について、事実関係の解明、原因究明、再発防止に向けた提言を得ることを目的として第三者委員会を設置しました。

何が公表されたか

小学館が公表したのは、同社が2026年3月19日に設置した第三者委員会による調査報告書です。小学館は同日付のリリースで、マンガワン事案および類似事案を踏まえて設置した第三者委員会から調査報告書を受領したと説明し、第三者委員会の事実認定と提言を踏まえた経営責任および再発防止策については2026年8月4日に公表するとしています。

報告書の調査対象は大きく三つです。一つ目は、マンガワン編集室において、過去の行為を把握したうえで連載を休止・終了した作家を、別のペンネームで新連載の原作者として起用していたマンガワン第1事案です。二つ目は、別の有罪判決歴のある人物を別名義で原作者として起用していたマンガワン第2事案です。三つ目は、週刊ポスト編集部に所属していた元従業員が、取引関係上の優位性を背景に取引先女性に不適切な行為を行っていた週刊ポスト事案です。

本稿では、被害者や関係者の二次被害を防ぐ観点から、必要以上に個人情報や性的被害の詳細には踏み込みません。報告書自体も、関係者のプライバシーや守秘義務に配慮し、一部の事実関係について記載範囲を限定しています。企業の内部統制を考えるうえで重要なのは、誰が何をしたかだけではなく、なぜ組織がそれを早期に把握できず、あるいは把握しても再発防止につなげられなかったのかという点です。

本件を内部不正・内部統制の問題として見る理由

内部不正という言葉からは、従業員による横領、着服、情報持ち出し、不正アクセスなどを想像しがちです。実際、セキュリティ対策Labの内部不正のニュースでも、金銭被害や顧客情報の持ち出しを伴う事案を多く扱ってきました。

しかし、内部不正リスクの本質は、資金やデータの窃取だけではありません。

組織内の立場や権限を利用して、相手方が拒否しにくい状況を作ること、問題を知りながら組織的に検討しないこと、通報や相談が届きにくい構造を放置することも、広い意味では内部統制の失敗です。とくに、対外的な信用を基盤とする企業では、内部者の不適切行為そのものに加え、それを見逃した、止められなかった、説明できなかったという点がレピュテーションリスクに直結します。

本件で第三者委員会が繰り返し問題にしているのは、個人の資質だけではありません。

編集権を尊重する企業文化のもとで、重要リスクを編集長限り、あるいは編集部門内で処理する傾向があったこと。

管理部門が相談を受けても、継続的なフォローアップや意思決定への牽制に十分踏み込めなかったこと。取引先やフリーランスとの力関係の偏りを、管理すべきリスクとして体系化できていなかったこと。これらは、まさに内部統制の論点です。

横領や着服の事例では、承認権限の集中、職務分掌の欠如、モニタリング不足が問題になります。本件では、金銭ではなく、編集判断、人権リスク、取引先対応において同じ構図が表れています。なぜ情報持ち出し/横領/着服を行うのか? 犯罪心理学と法的観点で解く、内部不正メカニズムと抑止策でも扱っているように、不正や不適切行為は、個人の動機だけでなく、機会、合理化、組織文化が重なったときに起こりやすくなります。

調査報告書が示した三つの事案

マンガワン第1事案では、過去に重大な人権侵害行為を行った作家について、小学館が連載を休止・終了したにもかかわらず、マンガワン編集室の判断で別名義の原作者として新連載に起用していました。報告書は、この新連載開始対応について、被害女性への人権侵害の助長または加担と評価されてもやむを得ないとしています。単に別名義で起用したことだけでなく、被害者保護、読者や関係者への説明責任、社内のリスク検討プロセスが問われた事案です。

マンガワン第2事案では、過去に有罪判決を受けた人物を別名義で原作者として起用したことが調査対象となりました。

報告書は、起用そのものについては人権侵害への助長または加担とは評価されないとしています。一方で、別名義での起用に関する社内外への説明、社内での情報管理、被害者や関係者のプライバシー、作品関係者への影響、レピュテーションリスクについては、別途問題になり得ると整理しています。ここで重要なのは、過去に問題を起こした人物の社会復帰や創作活動を一律に否定するのではなく、組織としてどのような手続で判断し、どのような情報管理と説明責任を果たすのかという点です。

週刊ポスト事案では、元従業員が取引先との関係上の優位性を背景に不適切行為を行っていたことが問題になりました。報告書は、最初の事案を把握した後の調査や再発防止が不十分であり、同種事案の存在可能性を十分に検討して積極的に調査していれば、後続事案をより早期に把握し、更なる人権侵害を防ぎ得た可能性が高かったとしています。この点は、内部不正対応でいう初動調査のスコープ設定そのものです。ある従業員の不適切行為が発覚したときに、その個別被害だけで閉じるのか、同一人物・同一部署・同一業務プロセスに類似事案がないかを確認するのかで、その後の被害拡大リスクは大きく変わります。

問題1 編集権に集中した意思決定とエスカレーション不全

報告書の中で、内部統制の観点から最も重要なのは、編集権と組織的統制の境界です。出版社において編集権が表現の自由を支える重要な基盤であることは当然です。編集現場の独立性が過度に損なわれれば、出版の自由や創作活動に悪影響を及ぼします。

一方で、報告書は、編集権の名の下に無制約に表現活動を行えるわけではないとしています。出版物の刊行や発信には、法令違反リスク、人権侵害、関係者のプライバシー侵害、読者・取引先への説明責任、会社としてのレピュテーションリスクが伴います。過去に人権侵害行為を行った者との取引開始・継続、被害者保護、公表の要否、別名義起用の妥当性といった問題は、作品内容の評価だけでは判断できません。

ところが報告書によれば、小学館の編集部門には、こうした検討を組織的に行う枠組みが存在していませんでした。連載に伴う各種リスクの検討は編集長が行うものだという認識を持つ役職員が少なくなく、編集長よりも上位の役職者や後任の編集長も、編集権の尊重を理由に判断に干渉すべきではないという考えを持っていたとされています。

これは、IT部門でいうと、システムオーナーの判断だけで高リスクな変更を本番反映し、情報セキュリティ部門や法務、個人情報保護担当のレビューを経ない構造に近いものがあります。現場裁量は必要ですが、一定のリスクを超えた場合には、現場だけで決めてはいけないラインを明確にしなければなりません。

問題2 管理部門の関与と牽制が限定的だった

報告書は、管理部門の関与と牽制についても厳しく見ています。マンガワン第1事案では、担当編集者が当事者間の和解協議に関与したことについて、法務・管理部門側が問題を指摘し、弁護士を関与させるよう助言した場面がありました。この対応自体は適切だったとされています。

しかし、その後の示談交渉の帰結や連載再開・新連載開始の判断について、管理部門が継続的にフォローアップしたとはいえず、マンガワン第1事案・第2事案のいずれでも、法務室その他の管理部門は連載開始の可否に係る判断過程に関与できていませんでした。管理部門が相談を受けるだけで終わり、リスクの残存状況、追加確認の要否、経営層へのエスカレーション、判断記録の作成まで踏み込めなかった点が問題です。

企業の内部統制では、管理部門の役割は単なる助言窓口ではありません。重大なリスクを認識した場合には、現場部門の判断を補完し、必要に応じて止める、差し戻す、経営層に上げる機能が求められます。特に、人権侵害、ハラスメント、個人情報、贈収賄、競争法、情報漏えいのように、発生後の影響が大きいリスクは、現場判断だけに委ねるべきではありません。

ここで重要なのは、管理部門が強権的に現場を支配することではなく、関与すべき場面を事前に定義することです。どの条件を満たしたら法務に共有するのか、どの条件なら人事・コンプライアンス委員会に付議するのか、どの条件なら経営会議や取締役会レベルで扱うのか。これが曖昧なままだと、現場も管理部門も、どこまで踏み込めばよいか分からない状態になります。

問題3 取引先との権力の不均衡を管理リスクとして扱えていなかった

報告書は、出版事業において編集者と作家、原作者、ライター、制作スタッフ、その他取引先との間に構造的な権力の不均衡が生じやすいと指摘しています。編集者は、作品の掲載、連載継続、単行本化、メディア展開などに関与し、場合によっては取引先の業務機会や条件に大きな影響を及ぼします。

これは出版業界に限った話ではありません。

発注元と下請け、広告主と制作会社、元請けとフリーランス、プラットフォーム事業者と出店者、社内の上長と部下など、強い立場と弱い立場が継続的に結びつく場面では、相手方が異議を述べにくい構造が生まれます。この構造を放置すると、ハラスメント、契約条件の不透明化、支払遅延、過度な修正要求、私的連絡の強要、相談不能といった問題に発展します。

報告書では、ホットラインに寄せられた申告として、担当編集者と作家等との関係が原則として1対1で閉鎖的になり、作家等が担当編集者以外の相談先を把握していないため、相談や報告が困難であるとの指摘が複数あったとされています。これは内部統制の言葉でいえば、セカンドラインへの接続不全です。現場担当者が実質的なゲートキーパーとなり、その担当者との関係が悪化すると仕事の継続に影響する場合、取引先は問題を申告しにくくなります。

こうした構造は、セキュリティ分野の内部不正にも通じます。セキュリティ対策Labの犯罪心理学者が診断する「モノ言えぬ組織」〜ニデックが示す,内部不正が蔓延する組織の共通構造でも扱ったように、組織内で意見を言いにくい空気があると、問題は早期に表面化しません。外部の取引先が関係悪化を恐れて黙る構造は、社内の従業員が上司を恐れて黙る構造と本質的に似ています。

問題4 通報・相談窓口が実効的に機能していなかった

報告書では、通報・相談窓口の整備と運用も大きな論点になっています。小学館では、本事案発覚前の時点で、コンプライアンス窓口は社外関係者を利用対象としておらず、ハラスメント窓口も、2024年11月に業務委託契約を締結するフリーランスに拡大されたものの、その他の社外関係者は基本的に利用できない状態でした。

週刊ポスト事案では、社外関係者にとって分かりやすく、安心して相談できる窓口が整備されていれば、より早期に事案を認識できた可能性があったと報告書は指摘しています。これは、窓口が存在するかどうかではなく、実際に対象者が自分も利用できると認識できるか、利用後に不利益を受けないと信じられるか、相談内容が適切な組織に接続されるかという問題です。

社内向けにも課題がありました。報告書によれば、ハラスメントアンケートでは、163名の回答者のうち53名が最近1年間にハラスメントを受けたことがある、またはハラスメントに近い行為を受けたと回答し、71名がハラスメントを目撃したり相談を受けたりしたことがあると回答していました。一方で、コンプライアンス窓口やハラスメント窓口の利用実績は限られ、十分に活用されているとは評価し難いとされています。

この差分が重要です。アンケートでは一定数の問題が見えているのに、窓口利用は少ない。これは、問題がないことを意味しません。むしろ、窓口が信頼されていない、相談しても変わらないと思われている、相談後の流れが見えない、匿名性や不利益取扱いへの不安がある、といった可能性を示します。内部通報制度は、設置しただけでは内部統制になりません。受付件数、相談類型、対応状況、再発防止策への反映状況まで継続的に検証する必要があります。

問題5 調査と意思決定の記録が残らないことの危うさ

報告書は、問題事象への対応に関する記録の不足も指摘しています。緊急対策委員会や特別対策委員会の運営ルール、設置基準、役割分担、判断基準が必ずしも明確に文書化・周知されておらず、どのような事案で委員会を開催するのか、誰がどのような権限と責任を負うのかについて、社内で統一的な理解が形成されていたとは言い難いとされています。

さらに、マンガワン第1事案に係る危機対応では、関係者間の協議内容を記録した正式な議事録その他の記録が十分に作成・保存されていなかったため、後日、どのような事実を前提として、誰がどのような問題意識を持ち、どのような理由から判断したのかを正確かつ客観的に検証することが困難だったとしています。

これは、情報システム部門にも非常に近い話です。システム障害や不正アクセスが発生したとき、誰が、いつ、どのログを見て、どの判断で遮断・復旧・公表を決めたのかが残っていなければ、再発防止も監査もできません。口頭やチャットだけで意思決定を済ませ、正式なチケット、議事録、承認履歴、リスク受容の記録を残さない運用は、後から見たときに極めて弱い統制になります。

記録は、責任追及のためだけに残すものではありません。誤った判断を組織として学習するため、将来の類似事案で同じ迷いを繰り返さないため、外部から説明を求められたときに透明性を確保するために必要です。特に人権・ハラスメント・情報漏えい・個人情報・安全管理のような高リスク領域では、意思決定の過程そのものが統制対象です。

第三者委員会の提言から見える再発防止策

第三者委員会は、再発防止に向けて複数の提言を行っています。大きく整理すると、人権方針の実践、編集事業に伴う重要リスクの管理体制強化、管理部門による関与・牽制の強化、通報・相談窓口の見直し、コンプライアンス上の問題を把握した場合の組織体制整備、問題事象に対する調査・対応体制の強化です。

人権方針の実践については、方針を作って公表するだけでは不十分であり、役職員や関係者への継続的かつ実践的な教育が必要だとしています。特に、本事案や類似事案を題材として、どのような人権リスクが生じ得るのか、どの場面で管理部門や経営層へ共有すべきなのかを実践的に理解させることが重要だとされています。

人権デュー・ディリジェンスについても、作家の起用や取引継続だけでなく、出版活動全般を対象に、人権リスクを特定・評価し、防止・軽減し、有効性を検証する継続的プロセスが必要だとされています。この点は、情報セキュリティでいうリスクアセスメント、是正計画、継続的モニタリングと同じ考え方です。

重要リスクの組織的検討プロセスについては、特定の結論を機械的に導く基準ではなく、検討すべき事項、関与すべき部門・役職者、エスカレーションの要否、意思決定権者、判断過程の記録方法をあらかじめ整理すべきだとしています。これは実務的に非常に重要です。高リスク案件ほど、正解が一つに決まらないことが多いからです。だからこそ、結論の妥当性だけでなく、判断プロセスの妥当性を設計する必要があります。

通報・相談窓口については、対象者、対象事案、利用方法、相談後の流れを分かりやすく継続的に周知すること、受付件数や相談類型、対応状況を記録・管理して制度の実効性を検証することが提言されています。窓口は、メールアドレスを置くことではなく、リスク情報を組織的に受け止め、適切な機関へ接続し、是正と再発防止へつなげる仕組みです。

出版業界以外の企業にも共通する教訓

本件は出版業界の編集権や作家起用の問題として報じられがちですが、他業種にも共通する教訓があります。たとえば、営業部門で大型顧客との関係を担当者が一手に握っている場合、購買部門で特定ベンダーとの関係を一人が長年管理している場合、開発部門で特定エンジニアしか本番環境を理解していない場合、人事部門で相談対応の判断が特定管理職に集中している場合です。

このような状態では、本人に悪意がなくても、組織としての牽制が効きにくくなります。成果を出している人物ほど周囲が注意しにくい。専門性が高い領域ほど管理部門が遠慮しやすい。現場の文化が強いほど、外からのレビューが過剰な干渉と受け取られやすい。ここに内部不正や不適切行為の温床があります。

内部統制の目的は、現場を疑うことではありません。現場の自由度を守るためにも、リスクの高い判断だけは複数の目で確認し、後から説明できるようにすることです。現場裁量と統制は対立概念ではなく、むしろ健全な裁量を維持するための前提です。

企業は、本件を自社に引きつけて、少なくとも次の点を点検する必要があります。

  • 高リスク案件を現場責任者だけで判断していないか
  • 法務、コンプライアンス、人事、情報システム、経営層へ上げる基準が明確か
  • 取引先やフリーランスが担当者以外に相談できる窓口を知っているか
  • 窓口の利用件数が少ないことを、問題がない証拠と誤解していないか
  • 相談や通報を受けた後の受付、調査、判断、是正、再発防止の記録が残っているか
  • 実績のある人物や強い部門に対し、牽制が効きにくい文化がないか
  • 重大事案の初動調査で、同種事案の横展開確認まで行っているか

過去の内部不正記事と入山氏らの視点から見た問題点と対策

本件を内部不正・内部統制の観点で読むうえでは、セキュリティ対策Labで過去に掲載した内部不正記事との接続が重要です。特に、桐生正幸氏・入山茂氏による犯罪心理学者が診断する「モノ言えぬ組織」〜ニデックが示す,内部不正が蔓延する組織の共通構造と、続編の犯罪心理学者が提案する「モノ言えぬ組織」度合いのチェックと処方箋は、本件のように「誰かが違和感を持っていた可能性があるのに、組織として止められない」タイプの問題を考えるうえで参考になります。

この二つの記事が示している中心的な論点は、内部不正や不適切行為は、加害者個人の資質だけで説明できないという点です。上位者や実績のある人物に意見しにくい、現場の暗黙のルールが強い、問題を指摘しても改善されないと受け止められている、相談者が不利益を受けるのではないかと感じている。こうした状態が重なると、組織は「モノ言えぬ組織」に近づきます。

小学館の調査報告書で問題になっているのも、まさにこの構造です。報告書では、人権リスクに関する認識、編集部門における意思決定、管理部門による関与・牽制、通報・相談窓口、取引先との権力の不均衡などが論点になっています。これは、金銭の横領や情報持ち出しとは異なる類型であっても、内部不正対策で扱うべき「機会」「沈黙」「属人化」「牽制不全」の問題と同じです。

過去の内部不正記事と照らすと、本件で企業が点検すべき問題点と対策は次のように整理できます。

観点 本件で見える問題点 過去記事から見た対策
モノ言えぬ組織 編集部門や現場の判断に対して、関係者が疑問や不安を表明しにくい構造があると、リスク情報が上がらなくなります。 管理職向けに、異論や相談を抑え込まないマネジメント研修を実施します。従業員・取引先向けには、相談しても不利益を受けないこと、相談内容がどのように扱われるかを明文化します。
権限の集中 作家起用、取引継続、問題発覚後の対応など、高リスク判断が現場の少数者に偏ると、組織的な牽制が働きません。 高リスク案件について、法務、コンプライアンス、人事、情報システム、経営層の関与基準をワークフロー化します。担当者、承認者、調査者、記録者を分けることが基本です。
通報・相談窓口の形骸化 窓口が存在していても、対象範囲、利用方法、相談後の流れ、守秘範囲が分からなければ使われません。 社内外の相談者が使える窓口を整備し、受付番号、対応期限、通知方針、非報復方針を明確にします。利用件数の少なさを安全の根拠にせず、アンケートや退職者ヒアリングで補完します。
取引先との権力差 フリーランス、作家、業務委託先など、組織外の関係者は、仕事を失う不安から声を上げにくくなります。 契約書や発注書に外部相談窓口を記載し、担当編集者や営業担当を通さず相談できる経路を作ります。取引停止や評価への影響を恐れず相談できる設計が必要です。
記録不備 相談、判断、例外承認、再発防止の記録が弱いと、後から事実関係を確認できず、組織学習も進みません。 Slack、Teams、メール、ワークフロー、文書管理システムの保存ルールを整備し、高リスク案件は案件単位で論点、判断理由、承認者、期限、対応結果を残します。
例外運用の放置 実績のある人物や重要案件ほど、通常ルールの外で処理されやすくなります。 例外承認を禁止するのではなく、例外の理由、承認者、期限、見直し日を記録し、一定期間ごとに内部監査・内部統制部門がレビューします。

過去の関西電力グループの近貨、元従業員が架空外注で約2億円を着服の記事では、架空外注や不適切な経費処理において、支払先の実在性確認、発注・検収・支払の牽制、例外取引の監査が重要だと整理しました。出版・編集領域でも、金銭取引だけでなく、作家起用、契約継続、クレーム対応、問題発覚後の判断に同じ考え方を適用できます。つまり、「誰が判断し、誰が確認し、どこに証跡が残り、誰が後から検証できるのか」を業務プロセスごとに設計する必要があります。

アンドエスティHD子会社、ゼットンの経理責任者が1.7億円を横領の記事で扱ったように、入出金、仕訳、承認、照合、支払指図を同一人物で完結させないことは、経理領域の基本です。この考え方は、編集・制作・人事・法務・システム運用にも置き換えられます。たとえば、取引先からの重大な相談を受けた人物と、その相談の調査責任者、対応方針の承認者を分けるだけでも、隠蔽や過小評価のリスクは下がります。

24時間テレビ寄付金を含む着服事件の記事では、権限の集中と不透明なプロセスが不正の温床になるとして、業務実施者、承認者、監査者を分離する必要性を整理しました。今回のような人権・コンプライアンスリスクでも、同じく「現場が判断し、現場が調査し、現場が結論を出す」構造は避けるべきです。現場が一次情報を持つことは当然ですが、重大リスクの評価は現場だけで完結させず、独立した部門が関与する仕組みが必要です。

さらに、なぜパワハラは内部不正を生むのか―犯罪心理学者が解説する「モノ言えぬ組織」のセキュリティリスクで扱ったように、ハラスメントや過度なプレッシャーは内部不正の遠因になり得ます。従業員が「言っても無駄だ」「指摘すると自分が損をする」と考える環境では、不正の兆候は報告されません。内部統制を強化するというと、承認フローやログの整備に目が向きがちですが、実際には、声を上げても不利益を受けないと信じられる職場環境の整備も同じくらい重要です。

実務上は、次のような対策を優先すべきです。

  • 高リスク案件の判断基準を明文化し、現場単独で判断できない案件を定義する
  • 相談・通報窓口を社内向けと取引先向けに分け、担当者を通さず利用できる導線を設ける
  • 相談後の流れ、守秘範囲、調査担当、通知方針、非報復方針を継続的に周知する
  • 管理職や編集長、部門長に対し、心理的安全性と内部不正リスクに関する研修を実施する
  • 例外承認、取引継続、問題発覚後の再開判断をワークフロー化し、判断理由を残す
  • Slack、Teams、メール、文書管理システムのログ保全と閲覧権限を見直す
  • 窓口件数、相談類型、未了案件、是正状況を定期的に経営会議や監査委員会へ報告する
  • 退職者、休職者、取引先、フリーランスを対象にした匿名アンケートを定期的に行う
  • 実績者、専門職、売上貢献度の高い部門ほど、例外扱いが常態化していないかを監査する

IPAの「組織における内部不正防止ガイドライン」は、内部不正対策を防止だけでなく、早期発見と拡大防止まで含めて整理しています。本件でも同じで、問題を一切起こさない組織を目指すだけでは不十分です。違和感や相談が早く届き、届いた情報が握りつぶされず、必要な部門へつながり、調査と是正の記録が残ることが重要です。内部不正対策は、個人を疑う仕組みではなく、組織が自らのリスクを見落とさないための仕組みとして設計すべきです。

内部不正対策として見るべきポイント

本件から内部不正対策として学ぶべき点は、個人の処分よりも構造の修正です。内部不正対策では、不正を起こした本人の動機や責任を確認することは必要ですが、それだけでは再発を防げません。なぜその人が権限を持ち続けたのか、なぜ周囲が気づけなかったのか、なぜ相談されなかったのか、なぜ一度目の事案が二度目の抑止につながらなかったのかを見なければなりません。

第一に、職務分掌と権限分散です。本件では編集長や担当編集者の裁量が問題になりましたが、他業種では、発注、支払、顧客対応、システム管理、契約締結、個人情報閲覧などで同じ問題が起こります。一人の担当者に判断、実行、記録、報告が集中すると、不正や不適切対応は見えにくくなります。

第二に、例外処理の統制です。通常業務では問題が起きなくても、過去に問題を起こした取引先との再契約、苦情がある相手との取引継続、事故後の再開判断、緊急時の公表判断など、例外的な場面ではリスクが跳ね上がります。例外処理こそ、ワークフロー化し、承認者、確認項目、記録、期限を残す必要があります。

第三に、通報制度の信頼性です。相談しても変わらない、相談した人が不利益を受ける、誰に見られるか分からないという認識が広がると、窓口は機能しません。内部通報制度は、制度設計だけでなく、過去の対応実績によって信頼を得るものです。利用件数の少なさを安心材料にせず、アンケート、面談、退職者ヒアリング、取引先アンケートなど複数の情報源からリスクを拾う必要があります。

第四に、調査スコープの設定です。ある人物の不適切行為が発覚した場合、当該1件だけを処理して終わると、同種事案の見落としにつながります。担当先、取引先、過去の相談履歴、異動履歴、メール・チャット、経費、アクセスログなど、事案の性質に応じて横展開調査を検討する必要があります。

第五に、組織文化です。実績のある人、売上を作る部門、専門性の高いチームに対して周囲が遠慮する構造は、内部不正の抑止を弱めます。セキュリティや内部監査でも、強い現場に遠慮して形式的な確認しかできない場合、実効性は上がりません。セキュリティ対策LabのISMSの内部監査とは?監査の種類や特徴、流れを解説でも扱っているように、監査はチェックリストを埋める作業ではなく、実態とルールのズレを見つけて改善につなげる活動です。

情報システム部門・内部統制部門への示唆

情報システム部門から見ると、本件は一見すると自分たちの所管外に見えるかもしれません。しかし、内部不正や内部統制の実務では、情シスが関与すべき領域は少なくありません。通報窓口、問い合わせフォーム、権限管理、ログ保存、ワークフロー、文書管理、電子メール・チャットの保全、アクセス制御、データ保持ポリシーはいずれも情シスの関与領域です。

最初に確認すべきは、重要な意思決定がチケットやワークフローに残る仕組みになっているかです。高リスク案件の相談や承認がメール、チャット、口頭だけで流れていると、後から事実認定が難しくなります。法務、コンプライアンス、人事、情報システム、経営層が関与する案件については、最低限、案件番号、受付日、担当者、判断者、論点、判断理由、対応期限、完了記録を残すべきです。

次に、通報・相談窓口の技術的な信頼性です。社内外の相談者がアクセスしやすい場所に窓口が掲載されているか、匿名・記名の選択肢があるか、受付後の自動返信や受付番号があるか、担当者以外に相談内容が見えすぎないか、アクセス権限が最小化されているか、ログが改ざんされない形で残るかを確認する必要があります。窓口はコンプライアンス部門の制度ですが、その信頼性を支えるのはシステム設計です。

三つ目は、SlackやTeams、メールなどのコミュニケーション基盤における保全体制です。報告書では、電子メールやSlack等を対象にデジタルフォレンジックが実施されています。インシデント発生時に、必要なログやメッセージを適切な権限で保全できるか、退職者アカウントのデータが保持されるか、法務・監査・外部調査に必要な範囲で検索できるかは、平時に設計しておく必要があります。

四つ目は、取引先情報と担当者情報の見える化です。特定の担当者と取引先の関係が閉鎖化している場合、問題は表に出にくくなります。取引先ごとの担当者、契約状況、支払状況、苦情・相談履歴、例外承認履歴を一元的に確認できる仕組みがあれば、リスクの早期把握につながります。これは営業、購買、編集、制作、開発委託など、あらゆる取引関係に応用できます。

最後に、内部統制部門と情シス部門は、内部不正を金銭やデータの問題だけに限定しないことが重要です。ハラスメント、人権侵害、取引先への不適切対応、隠蔽的な意思決定、記録不備も、組織の信頼を毀損する重大な内部リスクです。セキュリティの現場でログ、権限、検知、エスカレーションを重視するのと同じように、コンプライアンス領域でも、誰が、いつ、何を知り、どう判断したのかを追える仕組みが求められます。

まとめ

小学館の第三者委員会調査報告書は、出版業界における人権リスクと編集権の関係を扱った報告書であると同時に、企業の内部統制がどこで破綻するのかを示す資料でもあります。

現場に強い裁量があること自体は悪いことではありません。むしろ、専門性の高い事業では現場判断が不可欠です。しかし、現場裁量が、重大リスクの単独判断、管理部門の遠慮、通報窓口の形骸化、取引先との閉鎖的関係、記録不備と結びつくと、組織は問題を見つけられず、見つけても学習できなくなります。

内部不正対策や内部統制は、疑うための仕組みではありません。現場の専門性を守りながら、被害者や取引先、従業員、読者、顧客、株主といったステークホルダーへの責任を果たすための仕組みです。今回の報告書は、出版業界だけでなく、強い現場裁量と専門性を持つすべての企業にとって、自社の統制を点検する材料になるはずです。

出典