AIでフィッシングメールはどう変わったか―多発するニセ社長詐欺(BEC詐欺)の事例を交えて解説

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生成AIでフィッシングメールはどう変わったか―多発する社長を語る詐欺(BEC詐欺)の事例を交えて解説

不自然な日本語、変換ミス、妙な敬語。これまで多くの人がフィッシングメールを見抜く手がかりにしてきたサインが、静かに機能しなくなりつつあります。生成AIが攻撃者側に取り込まれたことで、文面の精度は上がり、攻撃にかかるコストは下がり、これまで採算が合わなかった標的にまで攻撃が広がっています。当サイトが取材したトレンドマイクロへのインタビューと、国内で相次ぐニセ社長詐欺・BEC(ビジネスメール詐欺)の実例をもとに、フィッシングメールがどのように変わったのかを整理します。

この記事のサマリー

  • トレンドマイクロによると、社長や経営層を騙るCEO詐欺は2025年11月以前はほぼ観測されておらず、2025年12月ごろから急増しています。AIによって攻撃コストが下がったことが背景にあるとみられています。
  • 直近のCEO詐欺は、メールでのやり取りを最小限にとどめ、個人のチャットツールやLINEへ誘導する手口が主流になっており、メールセキュリティ製品の検知範囲を回避できてしまう点が問題視されています。
  • トレンドマイクロは、AIによって攻撃者の能力が「攻撃のスピード」「攻撃のコスト」「攻撃できる範囲」の3点で向上していると指摘しています。自動車のナンバープレート読み取りを起点にした標的型フィッシングの実証実験も行われています。
  • 中国関連の攻撃者はAnthropicのClaude Codeを悪用し30以上の組織へ自動化された標的型攻撃を実行、ロシア関連では生成AIへのプロンプト送信でコマンドを動的に生成する「AI駆動型マルウェア」LAMEHUGも確認されています。
  • 国内でも、社長を装いSNSグループの作成を指示して送金させる「ニセ社長詐欺」の被害が、2026年に入ってから全国で相次いでいます。
  • 誤字脱字という見分け方が機能しなくなった以上、訓練やセキュリティ対策も、文面の不自然さを見抜く発想から、通信経路や送金プロセスそのものを見直す方向へ切り替える必要があります。

整理表

変化 従来 生成AI悪用後
文面の質 不自然な日本語、誤字脱字で見抜けることが多かった 業界用語や社内文脈を踏まえた自然な日本語
主な連絡経路 メールで完結するケースが多かった メールは最小限にとどめ、個人のチャット・LINEへ誘導
攻撃にかかるコスト 標的ごとの調査・文面作成に時間とコストがかかった AIにより調査・文面作成が自動化され低コスト化
攻撃対象の範囲 採算の合う大企業・著名企業が中心 ナンバープレート等の公開情報起点でも標的型攻撃が成立
国内でのCEO詐欺の観測状況 2025年11月以前はほぼ観測されず 2025年12月ごろから急増、2026年も継続

誤字脱字で見抜けた時代の終わり

米国のCISA(サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁)は、生成AIの普及によって文法や綴りの誤りといった従来の見分け方が機能しなくなりつつあると注意喚起しています。トレンドマイクロへの取材でも、同様の実態が語られています。TrendAIのセキュリティエバンジェリスト、佐藤健氏は、AIの悪用がすでにサイバー攻撃の現場に投入されており、標的型攻撃の自動化、ディープフェイクを使ったなりすまし、AI駆動型マルウェアの開発・利用が確認されていると述べています。

もはや「怪しい日本語だから気をつける」という発想そのものが、通用しない場面が増えているということです。

トレンドマイクロが確認した「AI悪用の実態」

佐藤氏によると、社長や経営層を騙るCEO詐欺の手口は、2025年11月以前はほぼ観測されていませんでしたが、2025年12月ごろから観測され始めました。今後も増加するかどうかは予測が難しいとしつつも、攻撃側からすればこの手法がすでに成功しており、AIによって攻撃コストを下げられていることから、企業規模を問わず2026年下期も増加する可能性があると指摘しています。

直近のCEO詐欺で特徴的なのは、メールでのやり取りを最小限にとどめ、個人が利用しているチャットツールやLINEへ誘導する点です。従来はメールのやり取りである程度セキュリティツールで検出できていましたが、チャットツールへ移行されると、メールセキュリティ製品の検知範囲外でやり取りが進むため、企業側が気付きにくくなります。

AIによって攻撃者の能力がどう変わったかについて、佐藤氏は3点を挙げています。攻撃のスピードが上がること、攻撃のコストが下がること、そして攻撃できる範囲が広がることです。とりわけ懸念されているのは範囲の拡大で、これまでは攻撃コストや精度の問題から狙われにくかった対象にも、AIを使うことで攻撃が成立する可能性があります。トレンドマイクロは2025年12月、自動車のナンバープレート読み取りを起点にした標的型フィッシングをサイバー攻撃用AIエージェントで実証しており、公開情報からナンバープレートを取得し標的型のフィッシングを行えることを示しています。これまでは成功率の低さとコストの高さから攻撃者が実施してこなかった手法が、AIの登場によって成立し得るようになったことを示す事例です。

国家が関連する脅威アクターの動向も報告されています。中国関連の攻撃では、30以上の組織に対してAnthropicのClaude Codeを悪用した自動化された標的型攻撃が確認されています。北朝鮮関連では、Void Dokkaebiと呼ばれるグループが架空の企業の採用ページを作成し、採用プロセスを装ってエンジニアに不正プログラムを実行させる手口や、他国での就労面接でディープフェイクを使用する事例が確認されています。ロシア関連では、感染端末でHugging Faceの公開APIを通じてプロンプトを発行し、データ窃取のコマンドを動的に生成・実行する、世界初とされる「AI駆動型マルウェア」LAMEHUG(レイムハグ)も確認されています。

国内で相次ぐニセ社長詐欺、SNSグループ型の手口

トレンドマイクロが指摘するCEO詐欺の傾向は、国内の被害事例にもそのまま表れています。当サイトでは2026年に入り、社長を装ったメールからSNSグループの作成を指示され、グループ内でのやり取りを経て送金させられる、いわゆるニセ社長詐欺の被害を各地で確認してきました。

愛媛県東温市の企業では、社長を装う電子メールでSNSグループの作成を指示され、200万円の送金指示を受けて実際に振り込んでしまう被害が発生しています。詳細は愛媛県東温市の企業がニセ社長詐欺で200万円被害、SNSグループ作成から送金指示で解説しています。同様の手口は佐賀県鳥栖市(500万円)、京都市中京区(約5,880万円)、山口県内の法人(500万円)、鹿児島県内の2社(それぞれ1,000万円・550万円)でも確認されており、いずれも社長を装ったメールを起点に、SNSグループの作成や経理担当者の招待、送金指示という、共通したパターンをたどっています。

警察庁も2026年2月13日、SOS47特殊詐欺対策ページで「法人を対象とした詐欺(ニセ社長詐欺)に注意!」と題した注意喚起を公開しており、実在の社長名や会社名を使ったメールでSNSグループの作成を指示し、口座残高を確認させたうえで送金を促す3段階の手口を紹介しています。トレンドマイクロが指摘する、メールからチャットへの誘導という傾向と、警察庁が注意喚起する手口の型は、構造的に一致しています。

なぜ「誤字脱字を見る」訓練では通用しなくなったのか

英国のNCSC(National Cyber Security Centre)は、フィッシング訓練を含むどの訓練パッケージも、すべてのフィッシングメールを見抜けるようにはならないと明言しています。生成AIによって文面の質が向上し、攻撃経路がメールからチャット・SNSへと広がっている以上、文面の不自然さを見抜くことを主眼に置いた従来型の訓練だけでは、対応しきれない場面が増えています。

重要なのは、文面そのものの見分け方だけでなく、業務プロセスそのものを見直すことです。トレンドマイクロが指摘するように、CEO詐欺は最終的に送金という行為に帰着します。文面がどれだけ自然になっても、送金前に別の手段で本人確認を行うという業務プロセスが徹底されていれば、被害を防げる可能性は残ります。

情報システム部門が確認すべき対策ポイント

  • 経営層・役員からの指示で、SNSグループの作成や、通常と異なる連絡手段への切り替えを求められた場合は、その時点で詐欺を疑う運用ルールを社内に周知してください。
  • 送金に関する社内ルール(承認フロー、複数人での確認、送金先変更時の確認手順)を、メール以外の経路で行われる指示にも適用されるよう見直してください。
  • メールセキュリティ製品だけでなく、業務で利用するチャットツール・SNSでのやり取りについても、不審なやり取りを報告できる体制を整えてください。
  • 緊急の送金依頼や口座残高の確認要求を受けた場合は、電話などあらかじめ確認済みの連絡手段で本人に直接確認する運用を徹底してください。
  • 訓練コンテンツを見直す際は、文面の不自然さを見抜く演習だけでなく、チャットやSNSへ誘導される想定のシナリオも取り入れることを検討してください。

こうした攻撃の変化を踏まえると、訓練ツールそのものの選定基準も見直しが必要です。汎用的なテンプレートを使い回しているサービスと、実際に観測された最新の攻撃傾向をシナリオへ反映できるサービスとでは、AIによる攻撃の変化速度への追随力に差が生まれます。訓練ツール・サービスを比較検討する際に確認すべき具体的な項目は、標的型攻撃メール訓練ツール/サービスの比較と選び方で詳しく解説しています。

また、こうした訓練は単発のイベントではなく、自社のセキュリティ教育全体の中にどう位置づけるかという視点も欠かせません。教育の目的設定や実施手順、教育をEラーニングとして完結させず継続的な取り組みとして運用する考え方については、セキュリティ教育とは?重要性・必要性や実施手順を解説をあわせてご参照ください。

今後注目すべき点

トレンドマイクロは、2026年下期もCEO詐欺が企業規模を問わず増加する可能性があるとしています。今後は以下の点が焦点になると考えられます。

  • CEO詐欺・ニセ社長詐欺の被害件数が2026年後半にどう推移するか
  • チャット・SNSへの誘導を検知するためのセキュリティ製品・サービスの対応状況
  • 国家関連の脅威アクターによるAI悪用が、どの分野にさらに広がるか

 

出典

【インタビュー】AIによりサイバー攻撃はどう変わるのか?トレンドマイクロに聞く企業がとるべき対策——セキュリティ対策Lab

法人を対象とした詐欺(ニセ社長詐欺)に注意!——警察庁・SOS47特殊詐欺対策ページ

愛媛県東温市の企業がニセ社長詐欺で200万円被害、SNSグループ作成から送金指示——セキュリティ対策Lab

Recognize and Report Phishing——CISA