きのくに信用金庫で、営業担当だった30代の元職員が顧客の定期預金を無断で解約するなどして、約7827万円を着服していたと報じられました。報道によると、被害を受けたのは40代から90代までの顧客14人、10世帯で、同金庫は元職員を懲戒解雇し、警察に被害届を提出しています。
本件は外部からのサイバー攻撃ではありませんが、金融機関における内部不正、顧客資産の保護、取引ログの監視、支店事務の牽制という観点では、情報システム部門やリスク管理部門が見過ごせない事案です。特に、顧客本人の署名・押印がある書類を使った正規手続きに見える不正は、単純な権限管理だけでは検知しにくいという難しさがあります。
きのくに信用金庫の顧客預金着服問題サマリー
- きのくに信用金庫の湯浅支店に勤務していた営業担当の30代元職員が、令和3年8月から令和8年4月までの約5年間にわたり、顧客の定期預金を無断で解約し、解約金など約7827万円を着服していたと報じられています。
- 被害は40代から90代までの顧客14人、10世帯、27件、34口座に及ぶとされ、同金庫は被害を受けた顧客の預金を解約前の状態に回復したと報じられています。
- 報道では、元職員が「複数の定期預金をまとめる」などと説明して預金証書を預かり、一部を無断解約したとされています。顧客本人の署名・押印がある払戻請求書が使われていたため、支店側が不正を見抜けなかった点が問題です。
- 同金庫は元職員を2026年7月21日付で懲戒解雇し、和歌山県警に被害届を提出したと報じられています。現時点では、捜査や司法判断が確定した段階ではないため、本稿では主に「着服」「不正解約」と表現します。
- セキュリティ対策Labでは、過去にも静清信用金庫で定期預金申込金の着服が発覚や山梨信用金庫元職員による業務上横領、不起訴処分を取り上げており、定期預金や高齢顧客をめぐる内部不正は繰り返し発生しています。
整理表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公表・報道日 | 2026年7月30日 |
| 対象組織 | きのくに信用金庫 |
| 発生店舗 | 湯浅支店 |
| 関与した人物 | 営業担当だった30代の男性元職員 |
| 発生期間 | 令和3年8月から令和8年4月までと報道 |
| 被害者 | 顧客14人、10世帯。年齢層は40代から90代までと報道 |
| 被害額 | 約7827万円。関西テレビ報道では27件、34口座 |
| 主な手口 | 定期預金をまとめるなどと説明して預金証書を預かり、一部を無断解約。定期預金の書き換え時に預金証書を持ち去り、無断解約したとも報じられています |
| 発覚経緯 | 顧客家族から残高に関する相談があり、調査で発覚したと報じられています |
| 処分・対応 | 元職員を2026年7月21日付で懲戒解雇。警察へ被害届を提出。被害顧客の預金は解約前の状態に回復したと報じられています |
| 注意点 | 報道では横領や詐欺容疑という表現が使われていますが、罪名や刑事責任は捜査・司法手続きにより判断されるため、現時点では断定を避ける必要があります |
| 公式リリース確認状況 | 本稿作成時点で、きのくに信用金庫公式サイト上の本件個別リリースURLは確認できていません。公開資料が確認できた場合は差し替えが必要です |
何が起きたか
報道によると、きのくに信用金庫の湯浅支店で営業を担当していた30代の元男性職員は、顧客に対して複数の定期預金をまとめる、あるいは定期預金を書き換えるといった説明を行い、預金証書を預かっていたとされています。そのうえで、預かった証書の一部を使って定期預金を無断で解約し、解約金を着服していたと報じられています。
被害額は約7827万円で、被害を受けた顧客は14人、10世帯とされています。関西テレビの報道では、対象は27件、34口座に及ぶとされており、令和3年8月から令和8年4月まで、5年近く不正が続いていた可能性があります。
今回の問題で目を引くのは、払戻請求書に顧客本人の署名・押印があったため、支店の事務手続き上は正規の取引に見えたという点です。現場で金融機関の業務フローを見てきた人なら分かると思いますが、書類がそろっている取引ほど、日々の処理の中では異常として拾いにくくなります。今回の事案は、まさにその盲点を突いた内部不正といえます。
横領か詐欺か、現時点での表現に注意が必要
ご提示いただいた産経ニュースの見出しでは「横領」と表現されています。一方で、MBSは「詐欺容疑で被害届」と報じており、報道機関によって表現に差があります。
ここは記事化する上で少し慎重に扱う必要があります。着服と横領の違いとは?でも整理しているとおり、着服は一般的な不正取得の説明として使われることが多い一方、横領や詐欺は刑事法上の評価につながる言葉です。今回のように、顧客に説明して署名・押印を得たうえで、実際には別の預金を解約していたとされる場合、警察への被害届の容疑や今後の捜査により、法的な位置づけが整理されることになります。
そのため、本稿では、確定していない刑事責任を断定するのではなく、報道で確認できる範囲では「着服」「不正解約」「被害届提出」と表現します。金融機関や企業が同種事案を公表する場合も、調査中の段階では「疑い」「判明」「確認された範囲」といった表現にとどめ、罪名の断定は避けるのが安全です。
顧客本人の署名・押印があっても内部不正は成立し得る
今回の手口で重要なのは、顧客本人の署名・押印があったと報じられている点です。金融機関の支店事務では、本人確認、届出印、証書、払戻請求書などの書類がそろっていれば、手続きとしては正当なものに見えます。しかし、渉外担当者が顧客との信頼関係を利用し、本来の説明とは異なる処理に必要な書類を作らせていた場合、事務処理側だけで不正を見抜くのは簡単ではありません。
特に高齢顧客や長年の取引先との関係では、担当者への信頼が強く働きます。営業担当者が自宅訪問や支店外で預金証書を預かる場面があると、顧客側も「いつもの担当者だから大丈夫」と考えがちです。これは外部攻撃におけるフィッシングと構造が似ています。相手が信頼できる存在に見えるからこそ、通常なら慎重になるべき手続きを進めてしまうという点です。
類似する信金・金融機関の着服事例
セキュリティ対策Labでは、信用金庫や金融機関における内部不正を継続して取り上げています。今回のきのくに信用金庫の事案は、単独の特殊事例というより、過去の金融機関不祥事と共通する構造があります。
| 事例 | 主な内容 | 今回との共通点 |
| 静清信用金庫で定期預金申込金の着服が発覚 | 営業担当の30代男性職員が、金利が高い定期預金へ切り替えるなどと説明し、定期預金の申込金等を着服。実質事故金額は117百万円、累計事故金額は182百万円とされています | 定期預金をめぐる説明を悪用し、営業担当者への信頼を利用した点 |
| 山梨信用金庫元職員による業務上横領、不起訴処分 | 元職員が高齢顧客に定期預金・定期積金の解約を持ちかけ、約266万円を着服した疑いで書類送検。その後、不起訴処分と報じられています | 高齢顧客、定期預金・定期積金、担当者による説明を起点にした点 |
| 十八親和銀行の32歳行員が9200万円を着服 | 現役行員が顧客資産約9200万円を着服していたと公表。顧客との信頼関係を悪用した内部不正として取り上げています | 長期間にわたり顧客資産が不正に扱われ、発覚が遅れた点 |
| 金融庁がウリ信用組合に一部業務停止命令 | 元常務理事による累計約14億円の顧客預金着服や、組織的な隠蔽、検査妨害が確認されたとして金融庁が行政処分を発表 | 単発の職員不正にとどまらず、内部統制や牽制機能の弱さが被害拡大につながる点 |
これらの事例を見ると、共通しているのは、外部から無理やりシステムを破られたわけではない点です。正規の職員、正規の書類、正規の業務導線の中で不正が起きています。だからこそ、単純なアクセス制御やマニュアル整備だけでは不十分です。
なぜ5年近く発覚しにくかったのか
報道内容を前提にすると、今回の不正が発覚しにくかった理由は大きく三つあります。
一つ目は、元職員が営業担当として顧客との接点を持ち、預金証書や書類に触れる立場にあったことです。金融機関の渉外担当は、顧客にとって相談相手であり、支店にとっても営業の最前線です。信頼関係が強い職種ほど、不正を疑う心理的なハードルも高くなります。
二つ目は、書類上は顧客本人の署名・押印がそろっていたとされることです。手続きの形式が整っていれば、事務処理側は内容の真意まで確認しにくくなります。特に、複数口座の集約や定期預金の書き換えのように、顧客ごとに事情が異なる手続きでは、異常検知のルール化が難しくなります。
三つ目は、顧客側の残高確認や家族からの問い合わせが発覚のきっかけになったと報じられていることです。本来であれば、定期預金の解約、口座の集約、高齢顧客の取引、担当者単位の処理件数や金額といったデータを横断的に見ることで、早い段階で異常を拾える余地があります。内部監査や支店長検印だけでなく、データ分析による継続的なモニタリングが必要です。
組織としての問題点
今回の事案は、個人の不正行為として処分して終わらせるべきものではありません。金融機関の内部統制としては、担当者が顧客から預金証書を預かる場面、支店外で手続き書類を取得する場面、定期預金を解約・集約する場面に対して、どの程度の牽制が働いていたのかが問われます。
特に、営業担当者と事務処理担当者の分離だけでは十分とはいえません。営業担当者が顧客本人の署名・押印済み書類を持ち込める場合、事務処理側は書類の真正性を確認できても、顧客が本当にその処理内容を理解していたかまでは確認できません。高額取引や高齢顧客の定期解約では、コールバック確認、別担当者による取引内容確認、本人宛の即時通知など、多層的な確認が必要です。
過去の静清信用金庫の定期預金申込金着服や山梨信用金庫元職員の業務上横領事案でも、定期預金や定期積金をめぐる説明が不正の入口になっています。定期性預金は顧客が日常的に残高確認しないことも多く、普通預金よりも異常に気付きにくい面があります。
金融機関が見直すべき統制
同種事案を防ぐには、単に職員教育を強化するだけでは限界があります。もちろんコンプライアンス研修は必要ですが、悪意を持った内部者に対しては、教育よりも検知と牽制の仕組みが効きます。
まず、定期預金の解約や集約について、担当者別・顧客属性別・店舗別の異常値を継続的に確認する必要があります。特定担当者の処理件数や金額が平均から外れていないか、高齢顧客の定期解約が短期間に集中していないか、解約後の資金移動先に不自然な傾向がないかを、日次または週次で監視する仕組みが必要です。
次に、支店外で取得した書類や預かった証書について、受付から処理完了までのステータスを記録し、担当者一人で完結しない運用に変えることが重要です。預金証書の預かり、返却、解約処理、顧客への説明記録がばらばらに管理されていると、後から不正の流れを追いにくくなります。
高額な定期預金の解約や複数口座の集約では、顧客本人への別経路確認も有効です。郵送、電話、アプリ通知、ATM・通帳記帳時の明細表示など、顧客が後から確認できる接点を増やすことで、発覚までの期間を短くできます。
情報システム部門への示唆
情報システム部門にとって、今回のような事案はサイバー攻撃ではないから関係が薄い、とは言い切れません。金融機関や顧客資産を扱う企業では、内部者による正規権限の悪用こそ、ログ設計と業務システム設計の重要テーマです。
最初に見直したいのは、取引ログの粒度です。誰が、いつ、どの端末から、どの顧客のどの口座に対して、どの処理を起票し、誰が承認し、どの書類番号や預かり証と紐づいているのかを追跡できなければ、内部不正の早期発見は難しくなります。単に処理履歴を保存するだけでなく、担当者単位の傾向分析に使える形でログを正規化しておく必要があります。
次に、異常検知ルールの実装です。たとえば、一定年齢以上の顧客に対する定期預金解約、同一担当者による短期間の高額解約、複数口座の集約、支店外受付の書類に基づく高額処理などは、アラート対象にできます。これらは不正を断定するものではありませんが、支店長や本部リスク管理部門が確認すべきシグナルにはなります。
アクセス権限の面では、担当者が起票から承認、証書管理、顧客連絡まで一連の流れを事実上支配できないよう、職務分掌をシステムで強制する設計が必要です。システム上は権限が分かれていても、現場運用で代理入力や共有IDに近い使い方が残っていると、統制は簡単に形骸化します。
最後に、顧客通知の仕組みです。通帳や郵送だけに頼ると、発覚が遅れます。定期預金の解約、満期前解約、複数口座の集約、登録住所や連絡先の変更があった場合に、複数チャネルで通知する設計は、不正の抑止にもなります。高齢顧客については、第二連絡先や家族同意に基づく通知設計も検討対象になります。
今回のきのくに信用金庫の事案は、紙の書類や顧客との信頼関係を悪用した内部不正として読むべきです。同時に、正規権限による処理をどう監視し、どの段階で異常を拾うかという、情報システム部門の設計課題でもあります。
出典
- 顧客の預金7800万円横領 きのくに信金 30代男性職員を懲戒解雇 和歌山県警に被害届提出 – 産経ニュース/dメニューニュース
- 顧客の定期預金を無断で解約し…「きのくに信用金庫」元職員が総額7827万円着服 詐欺容疑で被害届 和歌山 – MBSニュース
- 「定期預金をまとめる」などと説明し7827万円着服 30代の元支店職員を懲戒解雇 – 関西テレビ
- 静清信用金庫で定期預金申込金の着服が発覚 – セキュリティ対策Lab
- 山梨信用金庫元職員による業務上横領、不起訴処分 – セキュリティ対策Lab
- 着服と横領の違いとは? – セキュリティ対策Lab
- 十八親和銀行の32歳行員が9200万円を着服 – セキュリティ対策Lab
- 金融庁がウリ信用組合に一部業務停止命令-元役員が20年超にわたり累計14億円の顧客預金を着服刑事告発を検討 – セキュリティ対策Lab








